美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

宮里立士氏・私の日本国憲法試論 (イザ!ブログ 2013・6・21 掲載)

2013年12月16日 07時52分17秒 | 宮里立士
はじめに

小浜逸郎さんのブログ「ことばの闘い」のなかの「私の憲法草案」(その1、その2)

http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/f923629999fb811556b5f43b44cdd155(その1)
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/2aff34e653f463326a618d7e7376983f(その2)

を拝見して、かねがね自分が抱いていた、憲法改正論議に対するモヤモヤしたわだかまりを文章にしようと思い立ちました。

まず、これを小浜さんのブログのコメント欄に寄せました。しかし、字数に制限があり、コメント欄には自分の原文を半分以下に省略しました。

今回、この原文を基に、その後に考えたことも含めて、美津島明さんのブログにお送りいたしました。

                        *

小浜逸郎さんのブログを拝見し、また、今回、議論のきっかけとなった産経「国民の憲法」要綱や、私宛の小浜さんのメールに貼り付けていただいたチャンネル桜「【討論!】どうする!?自主憲法制定」を視聴して、日ごろ漠然と思っていた、憲法改正論議に関する自分の考えを述べてみたいと思いました。

実を言えば、小浜さんと同じく私も現憲法の大上段からの改正に、最近(といっても5、6年前から)、消極的になっています。

というのも、もう十数年来「改憲」の必要が唱えられ、世論調査でも改憲派が多数を占めている筈だったのに、今回、その入り口に過ぎない改正事項緩和の96条の改正ですら、「橋本発言」などという、改憲問題とまったく関係ない、いわゆる「従軍慰安婦」問題絡みで、世論はナーバスとなり、改憲支持が少数となるのが現状だからです。このような状況を見るにつけ、いったいいつになったら、現憲法の全面改正ができるのやらと、百年河清を俟つ思いがします。

たしか7、8年前でしたが、50歳代の改憲派の公法学者と改正問題を話して、「憲法改正の気運はだいぶ高まってきている。しかし、それでも本当の改正までは、まだ十年は議論が必要だろう」と云われ、「憲法改正の気運が盛り上がった90年代以来、すでに十年たっている。それでもあと十年議論が必要だと、いったいほんとうの改正まで何十年かかるのだろう」と、内心思いました。

国民の多くは現憲法がいい加減なものであることは知っていると思います(護憲派でも、よっぽど「良心」的な人か、幼児体験的刷り込みに無自覚な人以外は内心では、いい加減だと知っていると思います)。それでいて70年近く改正できなかったのは、ひとえに現憲法下でも、何となくうまくやってきたと大多数の国民が思っているからではないでしょうか。  

現憲法が改正されるときとは、日本社会が大混乱し、到底、こんな憲法ではやっていけないと、国民の大多数が考えたときだけではないのか。そしてその一歩手前までは、何だかんだ云っても、解釈改憲で凌いでいくというのが、実際のところではないのか、という気がします。

現憲法下でも最大限、何と戦術核兵器の保有まで、憲法違反にならないというのが、政府の憲法解釈です(戦略核の大陸間弾道ミサイルは、さすがに今の解釈では認められていないようですが)。

しかも、もともと根本法(というか体制)を変えたがらないというのが、日本国の伝統的あり方です。明治憲法も「不磨の大典」と云われ、その「弾力的運用(=解釈)」によって、議会制民主主義の道を開きました。そしてそれ以前、明治維新までの日本は、形骸化していたとはいえ、千年来、律令が根本法でした。

それならば、もっと簡便な「改憲」を考えたほうがよいのではと思えてきます。

たとえば、つぎのようにしたらどうでしょうか。すなわち、国会議決などで、現憲法は日本国が主権を喪失している占領下に制定されたものであることを確認する。しかし、その条項の多くは国民の権利として、判例を通して定着しているのは事実です。とはいえ、十七条憲法以来の日本国の憲法典の伝統にそぐわない日本国憲法前文には積極的意味を見いだしえないので、それもあわせて確認する。また、非常事態に国家主権を縛る条項は有効性を持たないと宣言し(このことに関連して、わざわざ9条2項を明示する必要があるかどうか、これだけ挙げたら、他の条文で縛られる可能性があるような気がしますので、特に明示しないほうが良いような気がします)、代わりに十七条憲法以来、明治天皇の憲法発布の詔勅などなどを日本国憲法典の理念として掲げ、非常事態に備える戒厳法令を制定し、自衛隊法に代わる自衛軍法、あるいは国防軍法を制定する方式が良いのではと、最近は考えております。

この方式でも、政治的労力がかなり必要で実現困難なのでは、というご意見があると思います。それならば、まず、集団的自衛権の行使を政府解釈で可能にする点に政治エネルギーを集中するというのも一考かと思います。

「集団的自衛権は、わが国は主権国家なので国際法上、当然、保持しているが、現憲法下では行使できない」という、奇怪な政府解釈こそが、わが国を主権国家たらしめるうえでの足枷となっているからです。

現憲法第98条2項には、主権国家として条約及び確立された国際法規を誠実に遵守する義務が謳われています。そして、サンフランシスコ平和条約以降の、戦後処理の過程で締結した諸条約には、個別的、集団的自衛の固有の権利が確認されています。条約の相互主義の建前からいっても、自国のみ「保持はしているが行使できない」という訳の解らない解釈をしていると、日本は主権国家ではなく条約の主体にもなれない欠陥国家と自己主張しているようにしか聞こえません。素人ながらこんなヘンな話は、それこそ国際社会に通じるものかと危惧します。

つまり、現在の政府の集団的自衛権に対する憲法解釈は、国際法上および国際慣習上、非常識だということです。これでは護憲派の大好きな日本国憲法前文の「国際社会に名誉ある地位を占めたい」といっても相手にされませんね、と皮肉のひとつも云いたくなります。

素人なので、法技術的なことは解りませんが、日本国憲法自体の制定過程や、あるいはワイマール体制も憲法改正がされた訳でもないのに授権法でナチス体制に変わったりしたことや(しかも、第二次大戦後は憲法に代わる基本法を現在でも根本法にしています)、イギリスの不文法の伝統といったものを少し調べると、何が何でも現憲法の手続きに従って憲法を改正するというのは、戦後の70年近い体験から鑑みて、「労多くして功少なし」ではと最近、とみに感じております。

このことと関連し、チャンネル桜の討論会で、佐瀬昌盛さんが冒頭に強調していた「国民の憲法」という発想に、私はあまり積極的意味を感じません。というのは、佐瀬さんの日ごろの見識については、いろいろ教わるところがあり、彼をとても尊敬しているのですが(集団的自衛権に関する議論に関しても、佐瀬さんの『集団的自衛権 論争のために』PHP新書、は、とても勉強になりました)、この場合、「国民」という存在はどうしても、現に存在する「民意」の多数派という俗論に結託するだけだと思うからです。

歴史の古い国は、一時的な「民意」では動かされない根本の精神があると考えます。これは佐瀬さんの本意ではないでしょうが、憲法に関して「国民」を強調すると、それこそフランス革命に由来する人民主権を私は連想します(もちろん、人民主権も単に多数派の意思というのではなく、「一般意思」が主権の主体となるのでしょうが)。

とはいえ、今の憲法下では国家の体をなさないのは事実なので、これを変えてゆく工夫は必要だと思いますし、さまざまな憲法論議から今の日本の問題点を浮き彫りにしていくことは意義あることだと感じております。

そういう視点から、ここで述べた自分の感想は、我ながら少し消極的過ぎるかな、という反省も湧きますが……。

                      *

ところで、これは余談になりますが、先の「慰安婦問題」に絡む「橋本発言」が、第96条の改正にも影響を与えたということは、端的に云って、橋本徹氏の発言にアメリカがかなり感情的に猛反発したことに、世論が動揺した結果だと思います。橋本氏の「ホンネ主義」は、所詮、国内でしか通じないものであることが今回明らかになりました。政治家として、中国、韓国相手だと、「失言」でも致命傷にまでは至らないのに対して、アメリカ相手だと、致命傷に至るという、戦後政治の構造は変わっていないことが、橋本氏の「失言」で改めてよく解りました。

これはある種の論者がしたり顔で云う「対米従属」とは違い、日本社会が未だに「戦後」のなかでもがいている一例だとも痛感しました。

私は橋本氏の政治手法には批判的です。しかし、そのことと別に、今回、わざわざ「虎の尾」を踏んでくれた橋本氏からいろいろと教えられた、とは思っています(反面教師的ですが)。

わが国の憲法改正とは、国内問題であると同時に、戦後の国際社会をも大きく変えるものであるとの認識を新たにしました。この点に改憲派こそ敏感でなければならないと思います。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 哲学と政治 ―――プラトン『ゴ... | トップ | 小浜逸郎氏・政治家のみなさ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

宮里立士」カテゴリの最新記事