NHK放映「トマ・ピケティ講義」第1回《21世紀の資本論~格差はこうして生まれる~》(美津島明)
いま読書人の間で話題沸騰のトマ・ピケティ『21世紀の資本』。経済学の専門書としては、異例のベスト・セラー本となり、アメリカでは五十万部売れたとの由。先進国のなかで、格差の拡大が最も進んでいるアメリカならではの現象である、とも言えますが、格差の拡大は一九八〇年代以降の世界同時多発現象でもあるので、アメリカのみならず世界の読書子が、多かれ少なかれ本書に注目しているものと思われます。先日の経済関係の勉強会でも、参加者の間から「ピケティ」の名が発せられたのは一度や二度ではありませんでした。世界二〇カ国で訳されているそうですからね。無理もありません。日本でも、大手の書店に行くと、必ずといっていいほど大量に平積みされているのを見かけます。
では、本書には、どういうことが書かれているのか。著者の言葉に耳を傾けてみましょう。
富の分配は、今日最も広く議論されて意見の分かれる問題のひとつだ。でもそれが長期にわたり、どう推移してきたかについて、本当にわかっているのは何だろう?19世紀にマルクスが信じていたように、私的な資本蓄積の力学により、富はますます少数者の手に集中してしまうのが必然なのだろうか?それともサイモン・クズネッツが20世紀に考えたように、成長と競争、技術進歩という均衡力のおかげで、発展の後期段階では階級間の格差が縮まり、もっと調和が高まるのだろうか?18世紀以来、富と所得がどう推移してきたかについて、本当にわかっていることは何だろうか、そうしてその知識からどんな教訓を引き出せるだろうか?本書で答えようとするのはこうした問題だ。
《アベノミクスで株価が上がっても、暮らし向きが良くなったとはまったく実感できない。むしろ3%の消費増税のせいで、物価高を身にしみて感じ、これから暮らしはどうなるのやらと不安になっている》という一般国民の素朴な思いを気にかけている方は、この書き出しにとても魅力を感じるのではないでしょうか。
しかし、です。600ページ以上もあるのですね、分量が。これじゃ、気安く読み始めるわけにはいきません。それに税抜きで5500円もしますし。さらには、なんと言っても専門書ですから、中途挫折のリスクも少なくありません。
そこで、《ピケティに関心はあるが、『21世紀の資本』を買って読むのはちょっとためらいがある。だから、もっと気安くしかも分かりやすい形でその内容に接する手はないのか。しかし、うさんくさい解説者のもっともらしい話はできたら聞きたくない》というニーズにお応えするために、NHKで放映された「トマ・ピケティ講義」を順次アップしますね。ご本人の講義を直に聴けるわけです。
話を聴いていれば、ピケティの言いたいことはおおむね伝わってくるようになってはいますが、さすがにいくつか登場する数式はいささかの注釈が必要であると思います(本人は「簡単だ」と言ってはいますけれど)。
まずは、番組をアップしますので関心がおありの方は気楽にご覧ください。数式についての若干のコメントはその後に列挙しておきます。むろん私の独創などまったくなくて、すべて本書から引いています。わずらわしければ、無視していただいてけっこうです。
<トマ・ピケティ講義>第1回「21世紀の資本論」~格差はこうして生まれる~
*《資本収益比率(β)=総資産/毎年の総所得》について
まず、分子の《資本》(=《資産》)の定義から。ピケティによれば、《資本》とは、労働力・技能・訓練・能力などの「人的資本」を除く、すべての資産として、「所有できて何らかの市場で取引できるものの総和」です。いいかえれば、企業や個人や政府が使う、各種の不動産・金融資産・専門資産(工場、インフラ、機械、特許など)を指します。だから、「『資本』と『富』もしくは『財産』という言葉は入れ替え可能で、完全に同義なものとして扱」います。さらには、《国富》=《国民資本》は、「ある国でその時に政府や住民が所有しているものすべての総市場価値」となります。
次に、分母の《毎年の総所得》=《国民所得》=資本所得+労働所得となります。別な言い方をすれば、《国民所得》=GDPの約90%+外国からの純収入、です。GDPの約10%とは、減価償却費です。
それらをふまえたうえで、《資本収益比率(β)》の意味合いを、具体的数値例を挙げて説明しましょう。いま、β=6とすると、それは、ある国の総資本ストックが国民所得の約6年分に相当するということを意味しています。そうして、今日の先進国では、資本収益比率(β)はだいたい5から6くらいです。ちがった言い方をすると、富裕国の市民はそれぞれ2010年に3万ユーロ稼ぎ(国民所得)、3万×6=18万ユーロの資本を保有しているが、そのうちの半分の9万ユーロを住宅で、残りの9万は、株式・債券・貯蓄などで保有しているのです。むろんこれはすべてでこぼこをならしたうえでのお話しです。
*《資本主義の第一基本法則 α=r×β》
αは、国民所得における資本所得の割合です。rは、資本収益率です。またβは、先ほど登場した資本/所得比率です。これは、資本ストックを、資本所得というフローと結びつける式です。
数値例を挙げます。たとえば、β=600%、r=5%なら、α=600×0.05=30%となります。つまり、国富が国民所得6年分あり、資本収益率が年5%なら、国民所得における資本のシェアは30%になる、ということをこの式は意味しています。
2010年頃の富裕国は、資本所得(利潤・金利・配当・賃料など)は国民所得のおおむね30%(α)で、資本/所得比率(β)が600%だったので、資本収益率(r)は、上記の関係式よりおのずと5%くらいとなります。そういうことがいえるわけです。
ところで資本収益率(r)は、多くの経済理論で中心的な概念となっています。これは、一年にわたる資本からの収益を、その法的な形態(利潤・賃料・配当・利子・ロイヤリティ・キャピタルゲインなど)にかかわらず、その投資された資本の価値に対する比率として表すものです。それゆえこれは、利潤率やさらには利子率よりも広い概念といえます。
いろいろと疑問が湧いてくるでしょうが、さしあたり、αとrとβという3つの変数が完全には独立していない、とおさえておけば問題はなさそうです。
*《資本主義の第二基本法則 β=s/g》
βはたびたび登場した資本/所得比率、sは貯蓄率(貯蓄/国民所得)、gは国民所得の成長率です。この式は、右辺の分子Sすなわち貯蓄率が高いほど、また、分母gすなわち成長率が低いほど、左辺のβすなわち資本/所得比率が高くなることを意味しています。
数値例を挙げましょう。いまs=12%、g=2%なら、第二法則よりβ=12/2=600%となります。これは、たくさん蓄えて、ゆっくり成長する国は、長期的には(所得にくらべて)莫大な資本ストックを蓄積し、それが社会構造と富の分配に大きな影響をあたえることを意味しています。いいかえれば、ほとんど成長しない停滞した社会では、過去に蓄積された富が、異様なほどの重要性を持つようになるのは確実である、ということです。だから、(いささか先走りますけれど)これから順次講義で説かれるように、21世紀の資本/所得比率が18、19世紀の水準にならぶほどに構造的に高い水準になってしまうのは、低成長時代に復帰したせいだということができます。
*《不平等をもたらす根本的な要因 r>g》
本編にあるとおり、この式は、経済的不平等を規定する要因は、資本の収益率(r)と経済成長率(g)の差である、という意味を表しています。だから、この式をめぐって当講義が展開されることになるものと思われるので、ここで私がしゃしゃり出ていろいろと申し上げることは控えます。さしあたり、次の文言を引用しておくにとどめましょう。
体系的に資本収益率が成長率よりも高くなる大きな理由はあるのか?はっきり言っておくが、私はこれを論理的必然ではなく、歴史的事実と考えている。たしかに長いことrがgよりも大きかったというのは、論争の余地のない歴史的事実だ。多くの人は最初にこの主張に直面した時、そんなはずはないと言って、驚きと戸惑いを露わにする。
(第2回へ続く)
いま読書人の間で話題沸騰のトマ・ピケティ『21世紀の資本』。経済学の専門書としては、異例のベスト・セラー本となり、アメリカでは五十万部売れたとの由。先進国のなかで、格差の拡大が最も進んでいるアメリカならではの現象である、とも言えますが、格差の拡大は一九八〇年代以降の世界同時多発現象でもあるので、アメリカのみならず世界の読書子が、多かれ少なかれ本書に注目しているものと思われます。先日の経済関係の勉強会でも、参加者の間から「ピケティ」の名が発せられたのは一度や二度ではありませんでした。世界二〇カ国で訳されているそうですからね。無理もありません。日本でも、大手の書店に行くと、必ずといっていいほど大量に平積みされているのを見かけます。
では、本書には、どういうことが書かれているのか。著者の言葉に耳を傾けてみましょう。
富の分配は、今日最も広く議論されて意見の分かれる問題のひとつだ。でもそれが長期にわたり、どう推移してきたかについて、本当にわかっているのは何だろう?19世紀にマルクスが信じていたように、私的な資本蓄積の力学により、富はますます少数者の手に集中してしまうのが必然なのだろうか?それともサイモン・クズネッツが20世紀に考えたように、成長と競争、技術進歩という均衡力のおかげで、発展の後期段階では階級間の格差が縮まり、もっと調和が高まるのだろうか?18世紀以来、富と所得がどう推移してきたかについて、本当にわかっていることは何だろうか、そうしてその知識からどんな教訓を引き出せるだろうか?本書で答えようとするのはこうした問題だ。
《アベノミクスで株価が上がっても、暮らし向きが良くなったとはまったく実感できない。むしろ3%の消費増税のせいで、物価高を身にしみて感じ、これから暮らしはどうなるのやらと不安になっている》という一般国民の素朴な思いを気にかけている方は、この書き出しにとても魅力を感じるのではないでしょうか。
しかし、です。600ページ以上もあるのですね、分量が。これじゃ、気安く読み始めるわけにはいきません。それに税抜きで5500円もしますし。さらには、なんと言っても専門書ですから、中途挫折のリスクも少なくありません。
そこで、《ピケティに関心はあるが、『21世紀の資本』を買って読むのはちょっとためらいがある。だから、もっと気安くしかも分かりやすい形でその内容に接する手はないのか。しかし、うさんくさい解説者のもっともらしい話はできたら聞きたくない》というニーズにお応えするために、NHKで放映された「トマ・ピケティ講義」を順次アップしますね。ご本人の講義を直に聴けるわけです。
話を聴いていれば、ピケティの言いたいことはおおむね伝わってくるようになってはいますが、さすがにいくつか登場する数式はいささかの注釈が必要であると思います(本人は「簡単だ」と言ってはいますけれど)。
まずは、番組をアップしますので関心がおありの方は気楽にご覧ください。数式についての若干のコメントはその後に列挙しておきます。むろん私の独創などまったくなくて、すべて本書から引いています。わずらわしければ、無視していただいてけっこうです。
<トマ・ピケティ講義>第1回「21世紀の資本論」~格差はこうして生まれる~
*《資本収益比率(β)=総資産/毎年の総所得》について
まず、分子の《資本》(=《資産》)の定義から。ピケティによれば、《資本》とは、労働力・技能・訓練・能力などの「人的資本」を除く、すべての資産として、「所有できて何らかの市場で取引できるものの総和」です。いいかえれば、企業や個人や政府が使う、各種の不動産・金融資産・専門資産(工場、インフラ、機械、特許など)を指します。だから、「『資本』と『富』もしくは『財産』という言葉は入れ替え可能で、完全に同義なものとして扱」います。さらには、《国富》=《国民資本》は、「ある国でその時に政府や住民が所有しているものすべての総市場価値」となります。
次に、分母の《毎年の総所得》=《国民所得》=資本所得+労働所得となります。別な言い方をすれば、《国民所得》=GDPの約90%+外国からの純収入、です。GDPの約10%とは、減価償却費です。
それらをふまえたうえで、《資本収益比率(β)》の意味合いを、具体的数値例を挙げて説明しましょう。いま、β=6とすると、それは、ある国の総資本ストックが国民所得の約6年分に相当するということを意味しています。そうして、今日の先進国では、資本収益比率(β)はだいたい5から6くらいです。ちがった言い方をすると、富裕国の市民はそれぞれ2010年に3万ユーロ稼ぎ(国民所得)、3万×6=18万ユーロの資本を保有しているが、そのうちの半分の9万ユーロを住宅で、残りの9万は、株式・債券・貯蓄などで保有しているのです。むろんこれはすべてでこぼこをならしたうえでのお話しです。
*《資本主義の第一基本法則 α=r×β》
αは、国民所得における資本所得の割合です。rは、資本収益率です。またβは、先ほど登場した資本/所得比率です。これは、資本ストックを、資本所得というフローと結びつける式です。
数値例を挙げます。たとえば、β=600%、r=5%なら、α=600×0.05=30%となります。つまり、国富が国民所得6年分あり、資本収益率が年5%なら、国民所得における資本のシェアは30%になる、ということをこの式は意味しています。
2010年頃の富裕国は、資本所得(利潤・金利・配当・賃料など)は国民所得のおおむね30%(α)で、資本/所得比率(β)が600%だったので、資本収益率(r)は、上記の関係式よりおのずと5%くらいとなります。そういうことがいえるわけです。
ところで資本収益率(r)は、多くの経済理論で中心的な概念となっています。これは、一年にわたる資本からの収益を、その法的な形態(利潤・賃料・配当・利子・ロイヤリティ・キャピタルゲインなど)にかかわらず、その投資された資本の価値に対する比率として表すものです。それゆえこれは、利潤率やさらには利子率よりも広い概念といえます。
いろいろと疑問が湧いてくるでしょうが、さしあたり、αとrとβという3つの変数が完全には独立していない、とおさえておけば問題はなさそうです。
*《資本主義の第二基本法則 β=s/g》
βはたびたび登場した資本/所得比率、sは貯蓄率(貯蓄/国民所得)、gは国民所得の成長率です。この式は、右辺の分子Sすなわち貯蓄率が高いほど、また、分母gすなわち成長率が低いほど、左辺のβすなわち資本/所得比率が高くなることを意味しています。
数値例を挙げましょう。いまs=12%、g=2%なら、第二法則よりβ=12/2=600%となります。これは、たくさん蓄えて、ゆっくり成長する国は、長期的には(所得にくらべて)莫大な資本ストックを蓄積し、それが社会構造と富の分配に大きな影響をあたえることを意味しています。いいかえれば、ほとんど成長しない停滞した社会では、過去に蓄積された富が、異様なほどの重要性を持つようになるのは確実である、ということです。だから、(いささか先走りますけれど)これから順次講義で説かれるように、21世紀の資本/所得比率が18、19世紀の水準にならぶほどに構造的に高い水準になってしまうのは、低成長時代に復帰したせいだということができます。
*《不平等をもたらす根本的な要因 r>g》
本編にあるとおり、この式は、経済的不平等を規定する要因は、資本の収益率(r)と経済成長率(g)の差である、という意味を表しています。だから、この式をめぐって当講義が展開されることになるものと思われるので、ここで私がしゃしゃり出ていろいろと申し上げることは控えます。さしあたり、次の文言を引用しておくにとどめましょう。
体系的に資本収益率が成長率よりも高くなる大きな理由はあるのか?はっきり言っておくが、私はこれを論理的必然ではなく、歴史的事実と考えている。たしかに長いことrがgよりも大きかったというのは、論争の余地のない歴史的事実だ。多くの人は最初にこの主張に直面した時、そんなはずはないと言って、驚きと戸惑いを露わにする。
(第2回へ続く)