行雲流水の如くに

萩生田大臣「身の丈」発言に見る教育問題の深刻さ

萩生田文科相の「身の丈」発言は、経済格差や地域格差を是認するような意味にとられて炎上してしまった。

今の日本が抱えている教育の現状を「本音ベース」で語ったがためなのだが、結局「英語民間試験」は5年先送りになった。

 

確かにグローバル化が進み、産業構造が大きく変わる中で、世界中の人々と交流する機会は増える。

そのためには世界の共通言語になってきている英語教育は大事だ。

読む、書く、だけでなく聞く、話す能力も求められるだろう。

しかしだからと言って生煮えの制度を導入する弊害は大きい。

 

大事なことが欠落している。

今日の北海道新聞に載っていた一文を紹介したい。(卓上四季)

中谷宇吉郎氏の随筆からの引用だが、

戦後間もないころの初冬、米国人の物理学者ケリー氏が、石狩川の河口を視察した。札幌への帰途、ひどい吹雪で遭難しそうになる。馬そりで原野をさまよっていると、かすかな明かりを見つけた。たどり着いたのは貧しい農家。

おばあさんが一人いて、見知らぬ外国人を親切に招き入れ、一晩中まきを燃やしてもてなした。二人は対座して夜を明かす。もちろん言葉は全く通じない。

だが「(おばあさんの)言いたかったことは、全部分かった」「日本人の言うことが、あれほどよくわかったことは、今までになかった」とケリー氏は述懐したという。

 

北海道は昨日から暴風雪が続いている。

こんな時にこの一文が心によくしみとおる。

 

教育というのは教える方も教えを受ける方も、その底辺に全人格的なぶつかり合いが必要なのではないか?

それを忘れて、すべて民間に丸投げの「教育改革」が、いかに危険なものか再認識すべきだろう。


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