ケ時々ハレ・2

楽しむために、「晴れ」のために「褻」を生きてます。左脚も人工股関節にしました。右人工股関節はライト、左はエルといいます。

10月3日(金) 術後3日~大腸に翻弄される

2008-10-22 21:45:32 | 股関節
一度は覚悟をしていたアレ

骨切り術をあきらめて、
人工股関節を選択した時から、
もう経験せずにすむと思っていたアレ

マイミクのnonさんも、
お向かいのベッド、同じ手術のchiyoさんも、
とっとと車椅子に移ったので、
私もそうだと思っていたのだが。

chiyoさんは、術後2日でドレーンが取れたが、
私は術後3日で取れなかった。

朝食後、それはやって来た。

一度は動きを止められていた大腸が、
ヤマタのオロチが目覚めたように、うねうねと活動し始めたのだ。

今にもアジカタ先生が診察に来て、ドレーンを抜いてくれるかもしれない。

しかし我慢の限界で、脂汗が流れ始めた。

観念してナースコールする。

40代にして、ついに初体験しました。

ベッド上での寝たままトイレ。

体験させてくれたのは、ナース・ゴールドです。

これでもう明日まで大丈夫だろう。
アジカタ先生、ゆっくりでいいですよ~。

……と思ったが甘かった。

昼食後どんどんお腹が痛くなってきたのだ。

結局、初体験の日に合計9回も!
驚異
何人の看護師さんに世話になったかわからない。

リハビリの番頭先生をお待たせしてしまう始末。

アジカタ先生は、先にクリムゾンちゃんの消毒をすませ、
「管、抜いちゃいましょう!」
と言う。

「ヤッター!」と叫ぶクリムゾンちゃんの声と、
「いいなあ!」という私のため息まじりの声が重なった。

アジカタ先生、私の方へ来て、
「隣の聞いて期待してるだろうから、最初にキッパリ言っときます。
今日は無理!」

ドレーンからの1日の総出血量が、100ccを切れば抜けるらしい。
私は130ccだった。

今、何よりしたいのは、
トイレに好きなだけ座っていること。

そのかわり、
せーの! の消毒体勢は、だいぶすんなりできるようになっていた。

母、夫、息子、娘の順に顔を出した。
母に必要な物を取ってもらうと、いちいち
「なんで、こんな物が要るのよ!」とか、
「散らかし過ぎ!」とか怒られるのでつらい。

マジックハンドで物を動かしたり、手の届く所に物を置いていたら、
そりゃ散らかるって!

トイレに翻弄された1日だった。
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ジェイのジョニーデップの夢

2008-10-22 21:39:07 | 夢メモ

こういうタイトルだと、
まるでジョニー・デップがそうとう上等なように聞こえるが、
私は、ジョニー・デップより、もっとずっとずっとヨダさんの方が好きなのです。

手術が終わってから、たくさんおもしろい夢を見る。

今、ヨダさんの夢見て起きた~。

ヨダさんが、ものすごく斬新な造りの大邸宅に住んでいた。

白木の家。
いきなり大きな螺旋階段が地下へ続いていたり、
唐突にロフト式のベッドがあったり、
空中にいくつも、鳥の巣が枝分かれしたように、
(ああ、絵が描けたらいいのに!)
客用ベッドが浮いている。

「ベッドどんだけあるんですか」
と聞くと、
「22ありますね。雑魚寝でよければ100人は泊まれます」
と言う。

宴会するために作った家だ!

その後、ジェイライブの帰り道になって、
ヨダさんが駅まで送ってくれた。
(現実の駅とは違う造り)

上りのエスカレーターの下に、手を振るヨダさん
私は、まめたろうさんなをちゃんとライブを観に行ったらしい。

ヨダさんと別れ難くて、
にわかにエスカレーターを逆走する私。
それを見て駆け上がってきたヨダさんと、
上りエスカレーターの途中で衝突し、エスカレーターの終点に投げ出される。

「今の逆走は心に響きましたぁっ!」
ヨダさんが言う。

わーい、映画のラブシーンみたい!

そこへ現実が割り込む。

ハッ、手術前夜にシャンプーしたっきりだ!

変態な夢です。

昨日はヨダさんが、娘の彼氏なんだけど別れたがっている夢を見たし、
一昨日はヒサミチさんと一緒に、歌っている夢を見た。

ジェイライブ恋しさに、まだまだ夢に出て来そうです。

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10月2日(木) 術後2日~まだまだマグロ

2008-10-22 21:32:40 | 股関節
入院してから初めて見た、雲のない夜明け。


朝イチでナース・ゴールドが身体を拭いてくれた。

木曜日は関節外来の日。

慎吾先生改めウンパルンパ先生
(やっとピッタリなニックネームを見つけたわけさ)が、
やけに早い時間に消毒に来る。
外来の前にいらしたのだ。

消毒といえば、マグロの解体ショー。
すごく痛いと学習してしまった。

ウンパルンパ先生と、ウォーターシュート先生と、ナース・ゴールドが、
「せーの!」で私を横向きにする。

「痛い、痛い、痛い」と(実際に泣くわけじゃないが)泣きわめく。
ウンパルンパ先生は、てきぱき進める。
合いの手を入れてくれるタイプじゃないのだ。

消毒の後、しばらくズキンズキン痛んで、すっかり消耗する。

食欲あまりない。

ナース・ゴールドが、自力で上半身を起こしてみろと言う。

両手と左脚を使って、これもせーの! だ。
まだ左手の甲に点滴の針がついているので、難しい。

お尻に体重を乗せるのが怖い。

どうにか自力で起きて、しばらくそのまま。

自己血は800cc全部返ってきたけれど、
まぶたの裏は真っ白。
まだじわじわドレーンからの出血があり、
今日はまだ車椅子に行けなかった。

たった1~2日で、こんなにつらい。
骨切りをやっていたら、これが2週間続くのだ。
つくづく偉かったな、のんちゃんは。

クリムゾンちゃんは車椅子になった。
今、この部屋で、トイレに行けないのは私だけ。

午後、番頭先生(仮名)が来てリハビリ。

誰であれ、自分の所に訪ねて来てくれる人がいるのは嬉しい。

夫も母も来なくて不自由していたら、息子が来てくれたので、必要な物を全部取ってもらった。

握手した手が冷たい。
「今日クソ寒い」のだそうだ。

重松清「その日のまえに」読了。

P.S.
今日アジカタ先生の顔を一度も見てない。
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10月1日(水) 術後1日~マグロになった私

2008-10-22 21:28:23 | 股関節

1時間おきに、夜勤のナース・ストーン(仮名)が来て、
血圧をはかったり、検温したり。

熱は38度まで出た。

あれこれと腰の痛みと戦いながら、うとうとする。

起床時間になり、電気がつくとやっと少し気が楽になる。

ベッドを45度ほど上げると、腰が楽になる。

朝食、少し食べる。

今日は隣のベッドのクリムゾンちゃんが、膝の靭帯の手術。
8時半に出棟した。

ナース・ブルー(仮名)が身体を拭いてくれた。
下に敷いた物を取り換えるのが一苦労。
人間の脚って、こんなに重いんだ。

アジカタ先生(仮名)が傷の消毒に来る。

アジカタ先生と、見たことのない童顔の先生と、ナース・ ブルーと、
3人がかりで、私の両足と間に挟んだ三角枕とを、ベルトでくくって、
せーの! で身体を横向きにする。

私はベッドの左側の柵を引き寄せるようにして協力する。

大間のマグロの解体ショーのようだ。

動かすと、泣き叫びたいほど痛い。

アジカタ先生は、
「おっ、どうした、どうした」
とか
「力抜いて、力抜いて」
とか、
やさしい言葉をかけてくれるので、
「痛い、痛い、痛い」と騒ぐ甲斐があるというものだ。
(↑変態)

消毒そのものは痛くないが、
くすぐったくて力が入ると、傷に激痛が走る。

「左脚はどんどん動かしていいから。
怖がって動かさないでいると固まっちゃうからね」
だそうです。

お昼過ぎに、手術を終えたクリムゾンちゃんが帰って来る。
青い顔を見ていたら、なんだか涙が出てきた。

3時に、夫と母が来る。

(るこも来てくれていた。
記憶が錯綜している)

まだ身動きとれないので、誰か来ると助かる。

さっそくリハビリの番頭先生(仮名)がいらして、リハビリ開始。

9時頃うとうとしていたら、
「KENさん」
と呼ばれて目が覚めた。

見覚えのないハンサムな先生が微笑んでいる。

はてな、新しい先生かしらと3秒ぐらい見つめた後で、誰だか気づく。

「N(♂)先生!」

かなり嬉しそうな声が出たと思う。

母の主治医、5年前に母の手術をしてくれたN(♂)先生だった。

今回の入院中、婦人科の漢方薬はN(♂)先生のグループが面倒見てくれているのだ。

5年ぶりに見慣れた先生に会えて嬉しかったのだ。
髭をたくわえていらしたので、すぐにはわからなかった。

「大変な手術でしたね。また来ます」
と言って帰って行った。

なんだか長い長い一日。
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9月30日(火) 手術当日~覚醒以後

2008-10-22 20:12:59 | 股関節
手術直後。


右股関節が痛い~。
大きく上げて、グリンと回したいと思ったが上がらない。

そこで名前を呼ばれて、目を開けた。
どういう状況なのか、まったくわからない。

「手術終わりましたよ~」
と言われたが、一瞬なんのことやら。
気管に管が入っていて不愉快。
言われた通り、思いっきり深呼吸をしたら、管を抜いてもらえた。

アジカタ先生(仮名)が、
「きれいに終わりましたからね」
と声をかけてくれたが、返事できずに頷くだけ。
目も開けていられない。

いつ酸素マスクをつけたのか、
どうやって手術室を出たのか、
いつ病棟からの迎えのベッドに移ったのか、
まるで覚えてない。

エレベーターに乗って、14階へ上がり、部屋に戻ったのは覚えている。

夫と母と娘が順に手を握る。
いつの間にか父も来ている。

とにかく痛くて痛くて、
「痛い、痛い」と、言っても詮ないことを言わずにはいられない。

気持ち悪くて少しだけ水を吐く。

痛み止めの筋肉注射をしてもらう。

暑くて扇子がほしかったが、何を言っても誰にも通じないのでイライラした。

父が同室の人にスワローズのシャツを配っていたのは覚えている。

誰かがずっとそばにいたが、たぶん交代していたのだと思う。

息子が来て、夫が帰り、
nonさんが来てくれたのは、この日だったかな?

ナース・フラットに、痛み止めの座薬を入れてもらう。

寝たきりで寝返りが打てないことが、こんなにつらいとは知らなかった。

傷の痛みだけではなく、腰の痛みがひどい。

痛い、痛いとうめきながら夜が明けた。
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