負けてらんにぇ ! みんなでなんとかすっぺ !!

南相馬市から新潟県三条市へ集団避難→同市内の雇用促進宅に→2015.2~同市内の戸建に転居 妻と二人暮らし。

受け継いだもの

2015-10-23 20:23:36 | 原発震災避難者


遠足



私は 父親や母親から

大事にしていた記念の懐中時計とか

形見の万年筆とか

そういう物も ・・・ もらった覚えがありません。



しかし

どこへ行っても どの時代にも

絶対に失われることのない大事なものを

・・・ 引き継ぎました。


それは このことばづかいであると思い

自分自身のことばの訛(なま)りとか

癖のある喋り方というものを

非常に愛着をもって大事にしていこう

・・・ と考えるようになりました。










歳を重ねて

2015-10-21 11:24:46 | 原発震災避難者


遠足



ああ 自分も歳を取ったもんだなあ

と ・・・ つくづく思うことは

本当に毎日のことです。



人間が歳を重ねて老いていき

さらに生き続けていくということは

心もとなく ・・・ じつに辛いことでもあります。



そういう辛い日々のなかで

積み重なって 次第に大きくなっていく

生きていく悩み 悲しみ

そういうものから目を逸らさないことは

・・・ なかなか難しいことですね。







希望 その2

2015-10-21 08:06:05 | 原発震災避難者


遠足



朝顔は

夜の闇の底に咲くのです。



人間も

希望という大輪の花を咲かせるのは

かならずしも光の真っただなかでも

暖かい温度のなかでもないでしょう。


冷たい夜と 濃い闇のなかに

私たちは朝

大輪の花という希望を咲かせます。



夜の闇こそ

花が咲くための大事な時間なのだ

と ・・・ 私は そう考えました。







人間の値打ち

2015-10-20 21:02:56 | 原発震災避難者



今日まで 生まれて ・・・ 生きてきました。

今も ・・・ 生きています。

これから当分の間も ・・・ 生きていくでしょう。


・・・ このことに

人間の値打ちの大半はあるのではないでしょう。



人間は存在において ・・・ そのことを

評価されなければならないのではないでしょうか。

・・・ こう思うようになりました。







どっちとも

2015-10-19 10:50:14 | 原発震災避難者


身辺



みんな同じである ・・・ ということが大事。

みんな違っている ・・・ ということが大事。


こういう矛盾のはざまにあるのが

・・・ 現実というものであって

このふたつの車の両輪を大事にしながら

過去と未来 ・・・ というふたつの車

個人と集団 ・・・ というふたつの車

現実と理想 ・・・ というそのはざま

・・・ そのなかで生きています。



「 どっちが大事なんだ? 」

というふうに問うのではなくて

どっちとも大事なんだ ・・・ と


こういう考えのなかで生きていきたいなあ

・・・ と思います。







感情

2015-10-18 19:10:30 | 原発震災避難者


身辺



あらためて

泣く時には ・・・ ちゃんと泣こう。

喜ぶ時には ・・・ ちゃんと喜ぼう。

笑う時には ・・・ ちゃんと笑おう。



そんなふうに 人間の感情というものを

最大限に発揮して そして

生き生きと 一日一日を過ごしていきたい

・・・ そう思います。







命の時計

2015-10-18 13:53:08 | 原発震災避難者


遠足



日々 ため息をつき

この時代の闇のなかに生きています。


その自分の行く先を模索しながら

なんともいえない時間を過ごしています。



しかし この時間こそ ・・・

ひょっとしたら 本当の意味での希望というものが

どこからか訪れてくるのを

深い所で 人間の命の時計は

・・・ 感じているのではないでしょうか。








希望と絶望 その2

2015-10-17 12:37:37 | 原発震災避難者


遠足



絶望するということは

・・・ 諦めるということです。



諦めるということは

ただ物事を投げ出すということではなく

見たくない現実を ・・・ きちんと見る

あきらかに究める

・・・ ということばの意味が入っていますから

影(絶望)の部分をちゃんと見て

・・・ 影(絶望)を大切にする

暗いものを見る勇気というものを

失わないようにすべきでしょうね。







希望と絶望 その1

2015-10-17 09:36:08 | 原発震災避難者


遠足



希望と絶望とに分けて

絶望は 良くない

希望は 素晴らしい

・・・ と一面的に考え

希望だけを追い求めるということではなく

私たちは ・・・ ちゃんと絶望するということが

まず大事なことのような気がするのです。


絶望するということは

・・・ 諦めるということです。


( その2につづく )







気功の力

2015-10-15 20:50:26 | 原発震災避難者


遠足



人間には

本人が自覚するしないにかかわらず

気というものが流れています。


気のタイプによって お互い

反発しあう場合もあれば

おのずと引き合うばあいもあります。



気が枯れるということもあります。

ケガレといって 道教では死を意味します。

その反対に

生命の源である気が生き生きと流れ

循環して 体内をくまなく回っている状態と

・・・ 考えられているわけです。



気の滞りをなくし 老廃物を取り除くのが

・・・ 気功の力といえるのではないでしょうか。







善意の忠告

2015-10-13 18:48:44 | 原発震災避難者


遠足



人間の眼は

いつか ・・・ 老眼になってきます。

それは ・・・

「 もうあんた 本は読まなくていいよ 」ということを

体が教えてくれているのではないでしょうか。


老いによるシミやシワを直視しなくてもいいように

・・・ ということだと思うのです。



足腰が衰えてくるのも

社会で そんなに走り回らなくてもいいよ

・・・ という知らせではないでしょうか。







いい加減

2015-10-13 15:23:04 | 原発震災避難者


遠足



風呂などで 「 いい湯加減だ 」

・・・ と言います。

プラスとマイナスがちょうどよく折り合ったところ

つまり “ 良い加減 ”です。


「 もういい加減に生きる 」 ・・・ と言うと

あの人は ルーズに生きていると思われますが

“ 良い加減 ”なのです。



その加減を ・・・ 

いつも 体で探りながら暮らしています。







ジタバタせず

2015-10-12 17:42:33 | 原発震災避難者


遠足



今日で自分の一生が終わる

・・・ それでいいのかということを

五分でも十分でも ・・・ 実感をもって考えることは

自分が死ぬということを ・・・ 夢にも考えないより

爪の先くらいは あわてなくてもすむのではないか

・・・ と思っていますが

そのときにならなければ ・・・ わかりません。


死が目前に迫って

ジタバタするなら ・・・ それでいいですし

ジタバタしなかったら ・・・ いいなという気もしています。