昨日のブログにツイッター上で質問を頂き、そこから、だだだだと返答を書いたので、そちらをまとめてみました。
「勉強になりました。
ただ、病院では、専門看護師と診療看護師が大学院修了された方で多いと認識しています。
このブログの内容が正しいとすると、専門や診療看護師は研究指導できる立場では無いので、看護研究を指導できる人材は病院にいません。
それなのに、現場で研究が課されるのは何故でしょう」
私の返答
病院での看護研究について書いたこちらも呼んでくださいませ。
研究家としてしっかり指導できる人間がいない場所で行う看護研究には労力がかかる割には意味がない、が私個人の意見です。
もう一つAPNに研究能力がない、とは言い切っていませんよ。アドバイザーへのアクセスがあれば、そのサポートでキチンと研究をして論文まで持っていける人はいくらでも北米にいますから。現に私もそれを狙って次の3年計画ぐらいで取り組む事にしています。3年、、、それぐらい時間をかけるつもりです (私がしようとしているのは自分の活動の長期評価なので研究というより評価的なプロジェクトで研究とはなりませんが、やるからにはなんらかのパブリックに記録が残る形。つまり投稿や学会での発表を目指します)。
日本の方と話していると、どうも何もかもがごっちゃになっていて、看護の本質的な事がとても曖昧になっているので世界に遅れをとっているのではないか?と常々思っているので、海外で教育を受け実践している者の立場で私の意見を書きました。
「丁寧に回答して頂き、ありがとうございます。ブログも読ませて頂きました。自分の中で疑問だったものが、解消されました。
少し論点がズレるかもしれませんが、1つお聞きしたいです。
日本看護協会は専門看護師の6つの役割の1つに「研究」をあげています。
これは日本看護協会が、CNSに多くを求め過ぎているという認識でよろしいでしょうか?
CNSにこの役割があるため、院内研究が病院で実施されていると私は今まで思っていました。」
私の返答
世界で研究家はしのぎを削ってジャーナルへの投稿を行います。超高レベルのもので、私達のような海外にいるものは研究と言うとそのようなものを指すと考えます。残念ながらそれらのジャーナルへの日本人投稿数はとても低いのが現実。なので日本の方々はなかなかピント来ないと思います。
その背景には大学院の乱立、英語力の低さ、そして看護研究の本質が不明確なまま時が経ってしまった事があると思います(そして研究者が研究できる環境が大学にない)。カナダのCNSとNPについて違いを以前書きました。そこにあるリンクは英語ですがCNSの活動が理解できると思います。
で、カナダではCNSは処方権がないのでNP程は臨床科目に時間をかけません。その分セオリーに時間をかけることが出来るのでNPに比べれば研究や論文書きが得意と言えます。しかし自称研究家の足元には及びません。もう一度書きますが研究家の力を借りて研究を行う人もいれば、臨床家から研究家になる人もいますし、
絶対無理とも言いません。研究を臨床に取り入れるのはAPNの重要な活動で、それとは別に実際研究するかどうかは学んだ大学院や現在の環境によりかなり変わると思います。1番言いたいのは自分の能力の限界を見極めず、言われるがままに組織も個人も動いている事です。
こちらも是非読んでください。
看護協会のページも見ました。たった6行で終わりですか?!他国の協会の文書ではもっと細かくそして大義に書かれています。6行にまとまるような簡素な仕事ではありません。読み手によって解釈が異なる陳腐なものだと思います。
で、ようやく質問にお答えすると、無理なことを押し付けているのではなくて、協会そのものがよくわかっていない。昨年のシンポでも言いましたが、協会には看護先進国へ視察へ行くなり、文書を熟読し何が足りていないのか、自国の状況の考察から初めて欲しいと思っています。
もう一つ付け足し。研究と一言で言っても幅はありますから。プロジェクト的なものから新しい知識を生み出すものまで。身の丈、環境、などなど色々な要素が加わりますから一概に言えないのも事実。しかし猫も杓子も「研究」「エビデンス」と口のしているのを聞くと????と思いその辺の説明でブログを書いたわけです。
はー長!続く
バンクーバー美術館の中
「勉強になりました。
ただ、病院では、専門看護師と診療看護師が大学院修了された方で多いと認識しています。
このブログの内容が正しいとすると、専門や診療看護師は研究指導できる立場では無いので、看護研究を指導できる人材は病院にいません。
それなのに、現場で研究が課されるのは何故でしょう」
私の返答
病院での看護研究について書いたこちらも呼んでくださいませ。
研究家としてしっかり指導できる人間がいない場所で行う看護研究には労力がかかる割には意味がない、が私個人の意見です。
もう一つAPNに研究能力がない、とは言い切っていませんよ。アドバイザーへのアクセスがあれば、そのサポートでキチンと研究をして論文まで持っていける人はいくらでも北米にいますから。現に私もそれを狙って次の3年計画ぐらいで取り組む事にしています。3年、、、それぐらい時間をかけるつもりです (私がしようとしているのは自分の活動の長期評価なので研究というより評価的なプロジェクトで研究とはなりませんが、やるからにはなんらかのパブリックに記録が残る形。つまり投稿や学会での発表を目指します)。
日本の方と話していると、どうも何もかもがごっちゃになっていて、看護の本質的な事がとても曖昧になっているので世界に遅れをとっているのではないか?と常々思っているので、海外で教育を受け実践している者の立場で私の意見を書きました。
「丁寧に回答して頂き、ありがとうございます。ブログも読ませて頂きました。自分の中で疑問だったものが、解消されました。
少し論点がズレるかもしれませんが、1つお聞きしたいです。
日本看護協会は専門看護師の6つの役割の1つに「研究」をあげています。
これは日本看護協会が、CNSに多くを求め過ぎているという認識でよろしいでしょうか?
CNSにこの役割があるため、院内研究が病院で実施されていると私は今まで思っていました。」
私の返答
世界で研究家はしのぎを削ってジャーナルへの投稿を行います。超高レベルのもので、私達のような海外にいるものは研究と言うとそのようなものを指すと考えます。残念ながらそれらのジャーナルへの日本人投稿数はとても低いのが現実。なので日本の方々はなかなかピント来ないと思います。
その背景には大学院の乱立、英語力の低さ、そして看護研究の本質が不明確なまま時が経ってしまった事があると思います(そして研究者が研究できる環境が大学にない)。カナダのCNSとNPについて違いを以前書きました。そこにあるリンクは英語ですがCNSの活動が理解できると思います。
で、カナダではCNSは処方権がないのでNP程は臨床科目に時間をかけません。その分セオリーに時間をかけることが出来るのでNPに比べれば研究や論文書きが得意と言えます。しかし自称研究家の足元には及びません。もう一度書きますが研究家の力を借りて研究を行う人もいれば、臨床家から研究家になる人もいますし、
絶対無理とも言いません。研究を臨床に取り入れるのはAPNの重要な活動で、それとは別に実際研究するかどうかは学んだ大学院や現在の環境によりかなり変わると思います。1番言いたいのは自分の能力の限界を見極めず、言われるがままに組織も個人も動いている事です。
こちらも是非読んでください。
看護協会のページも見ました。たった6行で終わりですか?!他国の協会の文書ではもっと細かくそして大義に書かれています。6行にまとまるような簡素な仕事ではありません。読み手によって解釈が異なる陳腐なものだと思います。
で、ようやく質問にお答えすると、無理なことを押し付けているのではなくて、協会そのものがよくわかっていない。昨年のシンポでも言いましたが、協会には看護先進国へ視察へ行くなり、文書を熟読し何が足りていないのか、自国の状況の考察から初めて欲しいと思っています。
もう一つ付け足し。研究と一言で言っても幅はありますから。プロジェクト的なものから新しい知識を生み出すものまで。身の丈、環境、などなど色々な要素が加わりますから一概に言えないのも事実。しかし猫も杓子も「研究」「エビデンス」と口のしているのを聞くと????と思いその辺の説明でブログを書いたわけです。
はー長!続く
バンクーバー美術館の中