春は出会いと別れの季節。
歓送迎会で賑わう時期だが、コロナの影響か
町は比較的静かのようだ。
都会の賑わっている様子が放映されているが・・・・・
新しく来る人には顔見せや親睦を深める意味で
また職場を去る人には、今までの労をねぎらい、激励して
送り出すという意味が含まれていると思う。
宴会は縮小されても、気持ちや心を伝えることは出来る。
思い起こせば私も多くの方々に見送られ、
20年のお勤めが終わったあの日。
頂いた数々のランは今も時期が来るたびに
当時を懐かしく思い起こし、いつも感謝をしている。
お花屋さんがまたお宅ですよ
今日も届きましたよ等 毎日にのように届けられたラン。
泣いてくれた後輩・抱きしめてくれた同僚。
多くの人達に助けられ、見守られ幸せだったお勤め時代。
主人はじめ家族に助けられたことは言うまでもない。
息子たちを犠牲にしたこともあった。
あら いやだわ 涙が流れ始めたわ。
ハガキが曲がった撮影
下手で失礼😭
旅立ちを読み しばし自分の事を思い
あれこれと脳裏に蘇り 感慨に耽って仕舞いました
素晴らしい現役時代を過ごされた事が良くわかります
有難うございました
素晴らしい人生を歩んで来られましたこと!!
そうですか? ランが次々と届いたりするのですね❣
私の身近では聞いたことがありませんで、知りませんでした。
今日の絵手紙、とっても素敵です💖
皆さんから慕われていた事からおばさまのお人柄がよく伝わってきます。
ランの花が次々と・・良いですね。
絵手紙もとっても温かみを感じて良いなぁ~♪
ありますがそれも遠い昔の話になりました。
絵手紙素敵ですね!!
苦労して、やっと、、たどり着きました。
よろしくお願いします。
3月、4月は、別れと出会いの時ですね。
当方も、何回も経験しました。
不思議に、涙で別れたことは、無かったように思います。
現役時代は とてもいい同僚たちに囲まれてたのですね
ランを見ると 当時のことが 思い出されるのでしょう
絵手紙 とっても素敵です(^^♪
息子も異動がなかったようです。
仕事をしているころは、4月はどんな上司がくるのか
ドキドキしたものです。
何人の上司が来たのか、数えられません。
爺さん!の3月の思い出は、兎にも角にも、木っ端ずかしい思い出です。😂
(3月末)の「定年退職」の日の送別会です。
(17年)前と言えば 賑やかにやってくれる時代でした。
まあ!それはエエとして、
最後に お別れの記念品に「ネクタイ」をくれました。
これも まあ!エエとしても、
そのあと(花束贈呈)で、デッカい花束をくれました~!。(笑)
「ネクタイ」は かばんに入るが、花束は入ら~ん!。泣!🤣
名古屋の地下鉄で(10分)、近鉄で(30分) 花束もって 電車に乗って帰って来た~!。
ま~! 恥ずかしいの何のって、名古屋駅でゴミ箱に捨てようかと思ったね。www(笑)
今思うと、幹事の嫌がらせだったのか~!。www(笑)
電車通勤してるのに、爺さん!に でっかい花束を持たせるか~?。怒!www(笑)
家に帰ったら 婆さん!は 大喜びしていたがね。^^笑!
それ以来、花束を見ると 冷や汗が出て来ますね~!。^^笑!
3月4月は、人生の節目にもなる 月なんですね~!。 17年前の思い出。
残念ながら、そんなにランのお花をいただいた経験はありません。
それこそ、お人柄ですね。
羨ましいです。
絵手紙がいいですねえ。
やっぱり、一年生とは違います。
こんなにきれいに書けないけど、
私も明日は頑張って書いてみようかな。
先ずは継続ですね(^▽^)
3月はなんとなく感傷的になります。
退職して何年も経過しているのに。
まだ、働けるって思った日もありましたが
定年制は良い仕組みだと思います。
本当に、上司や同僚そして後輩に恵まれ
素晴らしい時間を過ごすことができました。
退職後も栄養学の講義のお話があり、
有難いことでした。
私の時代には、退職時の記念品はランが
とどけられるのが一般的でしたよ。
3月は思い出が走馬灯のように駆け巡ります。
絵手紙・・・ありがとうございます。🧡
本当に素晴らしい時を過ごすことができ
心から感謝しています。
多くの人たちに助けられ、支えていただきました。
双子の息子を育てながら頑張りましたよ(笑い)
家族の温かい励ましや援助のおかげで、退職まで
成し遂げられたの。
最近は「蛍の光」や「仰げば尊し」は
すっかり過去ですね。
絵手紙・・・・ありがとうございます。
描いたものを月に1度UPすることに、決めたの。
ようこそ。
外国でのお仕事もあったので、お別れが
辛かったのでは・・・・と思いましたが。
後輩に引き継いだのでしたね。
女はいいえ私は泣き虫なんです。
打たれ強くなった部分もありますが・・・
出会いがあれば別れもいつかあるとは、
分かりつつも、寂しいものです。
今の私を育ててくれた皆さんに
心から感謝しています。
ランを見るたびに思い出しています。
絵手紙・・・ありがとうございます。
現役時代は本当に良かったわ。
私は幸せ者だと感謝しています。
両親はまだ元気で子供たちも健やかに育ち、
職場に行けば、それなりの立場を与えられ
思い通りの仕事や研究ができました。
ココア様は
いろいろの上司と巡り合ったのですね。
思い出は大切にしたいわね。
退職時の様子
手に取るようにわかりますよ。
男性にはネクタイ、女性にはスカーフが
主流だったように思います。
でっかい花束は翁殿のお人柄ですよ。
嫌な上司にはちちゃい花を。
幹事の方はしっかりした物差しを
持っていたんですよ。
婆様からの退職祝いは何だったのかしら??
お互いに歳を重ねましたね~
人に恵まれ楽しい思い出がいっぱい。
ランを見るたびに、当時を思い起こし
感謝の気持ちがふつふつと湧いてきます。
今の私を作ってくれた人たちに、有難く
感謝だわ。人は人が育ててくれるものですね。
絵手紙・・・ありがとうございます。
初めてです。
とても人気のある先生でいらしたのですね。
なんとなくわかりますよ。
上から目線でなく親身になって指導、いえいえ導かれる方だったのでしょう・・・
私も教えてもらいたかったな
方々に必要とされていたかが分かりますね。
このご時世、多くの行事が取りやめになり、町内会の
役員さんの恒例の引継ぎの会も今年も無しで、お顔も
住所も分からないままの状態です。仕事も終えて、これからはご町内の方々とも広く付き合っていこうと思っていたのに…。
ハーフになったとはいえ同じ職場に出ているので まだ退職っていう実感を抱いたことがありません・・・
今の時代は 働けるだけ働くという世相に変わってきているようです
私はいつ退職することになるのかなあ・・・・
たくさんの方に惜しまれて おばさんは職場になくてはならないかただったのですね
う ふ ふ
買いかぶりで~す。
煩い婆が退職で喜んだかもしれませんよ。
人に恵まれた公務員生活でした。
私という人間を育ててくれた方々に感謝。
本当に人は人によって育てられるって
いつも有難く感じています。
私が退職した時代は、お餞別にランを
贈るのが当たり前でしたよ。
特別 私が秀でていたのではありませんよ。
でも有難いことでした。
たまたま、県の仕事もしていたので
多くの方と知り合えたのです。
いつも感謝です。
有難いことです。
今は人とのつながりが希薄になり
寂しくなった思いです。
コロナが憎いわ。
今もお勤めを続けているとは、素晴らしいわね。
健康であれば、できる限り世に貢献したほうが
良いと思います。
退職後の私は地域の
特に福祉関係のボランティアに
励んでいます。これも嬉しい社会貢献だと
自負しています。
そんな季節になりましたね。
おばさんの様に、長いご勤務を離れられるのは、
本当に寂しかったでしょうね。
私は、結婚後は家庭の事情もあり、正社員で働くことが出来ず
10年単位くらいで、会社を代わってきました。
その都度、ささやかな送別会を開いて頂いた思い出があります。
多くの人たちに助けられて、仕事を繋ぐことができました。
今でも交流のある友人達も・・・
今では、何よりの財産と思っています。
3月は別れの季節ですね。
就職していらい、ずっと同じ仕事が
続けられたのは、多くの方々の温かな
励ましや応援があればこそだと、感謝しています。
退職後も、まだ講義ができたもの、私を認めて
下さった恩師のおかげでした。
毎日に感謝し、心静かに穏やかに過ごしたいと
常に感じています。
ねこママ様
体調はいかがかしら?
ご無理なさいませんように。
おばさんのように毎日花が届くことはありませんでしたが、あの時のあたらしい人生の船出が❓が始まるといったふわふわした思いが懐かしいような、すっぱいような、何とも言えない思いでです。
あれからの日々がこれでよかったのかなという思いもありますが、もう取り戻せないのでこれからは1日1日を悔いのないようにす穏やかにすごしたいと思っています。
毎日届くランの花。いったい何鉢届いたのでしょう。
おばさんさまのお人柄を表していますね。
大勢の方がおばさんさまのご退職を惜しんだんでしょうね。よくわかります。
いっぱい涙流して思い出にひたってくださいな。
保育士だったヒサ子様は可愛らしい園児に
見送られての退職だったんですね。
お歌を歌って、お絵描きを沢山プレゼント
されたのでしょうね。
遠い昔のことでもあり、
つい最近のことのようでもあり
心中複雑よね。
歳を取りました私。
多くの方々に支えていただき、応援していただき
無事定年を迎えらえたあの日のこと。
忘れられない思い出ばかり。
職場が変わったこともなく、上司に恵まれ同僚や
後輩も 本当に人に恵まれ私は幸せでした。
息子たちには、可哀そうなこともしました。
でも親の仕事を理解してくれたことは
有難いことでした。