「神の声は、一日中私に語りかけてくれています」
昨日は満月のおかげか、この事実を知覚できたような気がします。
私が出来たということは皆も出来たんだと思います。
やはり、耳で聞こえる声ではなく、安堵、守られている、喜び、という知覚。
かすかなものですが。なるほど、喜びはこの喜び以外にないな、という気が
します。
まだまだ努力・警戒しなければこの感覚は得られません。また明日から
元に戻る可能性の方が高いです。おそらくこれは一生続きます。
自分の思惑とは全く関係なく、恐怖と安堵とを行ったり来たり。
人は皆、想念という神が作った意識でつながっている。
目で見える世界は、その意識が誤って作った幻想。夢。実在していない。
そう思うとほっとする。皆いろんな方法でそれを達成しようとしてる。
全ての案件、人間関係はそれの材料に過ぎない。集中しないと。