引き続き、レッスン54(復習)
「私は観ることを決意しています(レッスン20)」
私は、神の子として観ることを決意しています。
それが本来の「みる」という意味です。本来の心は、自我を感知しません。
よって恐怖を感知しません。感知するのは親しみだけです。
安堵だけです。喜びだけです。それだけが神の子の知覚です。
それを知覚しようがしまいが、真実です。
神の子に苦しみはありえません。苦しみを感じているのは自我だけです。
自我は存在していないのが事実です。
こりゃ平行線だ。こちらを信じます、と決意しなければ到底イ・ミ・フ
幸せになりたい、不幸はいや、という割りにはいつもそれを選らんでる。