仏を遠いところに求めるなら神と同じである。自分の中にあってこそ仏。
仏だけでなく、魔王、鬼がいるのが人間。
聖と邪、正気と狂気は一つのものなのだ。
「自分の中に鬼が住んでいることに気付け」と三鬼さんは言う。
三鬼さんとは厳島の三人の姫(三姫さん)に他ならないのだ。
【不動明王の怒り】
不動明王は何故怒っているのか?
仏敵に対して怒っている。
仏敵は他の宗教というわけではない。
仏の教えをねじ曲げたり、勝手な解釈をすることが仏敵なのだ。
弘法大師が中国からの帰りに嵐に遇い、船が難破しそうになったときに、不動明王が現れて波を切ってくれた。真言密教では不動明王をとても大切にしているのだ。
自分の中にいる魔王や鬼に気付く。自分の邪の部分に気付く。自分の悪に気付く。自分が作った罪に苦しむ。だからこそ、念仏に救われ、題目に救われ、マントラ(真言)に救われるのだ。
コーヒーに砂糖やクリームを溶かすように、光の世界(阿弥陀仏)や大日如来の宇宙に煩悩や自分の作った罪を溶かしこんでいく。それが念仏やマントラ(真言)
仏だけでなく、魔王、鬼がいるのが人間。
聖と邪、正気と狂気は一つのものなのだ。
「自分の中に鬼が住んでいることに気付け」と三鬼さんは言う。
三鬼さんとは厳島の三人の姫(三姫さん)に他ならないのだ。
【不動明王の怒り】
不動明王は何故怒っているのか?
仏敵に対して怒っている。
仏敵は他の宗教というわけではない。
仏の教えをねじ曲げたり、勝手な解釈をすることが仏敵なのだ。
弘法大師が中国からの帰りに嵐に遇い、船が難破しそうになったときに、不動明王が現れて波を切ってくれた。真言密教では不動明王をとても大切にしているのだ。
自分の中にいる魔王や鬼に気付く。自分の邪の部分に気付く。自分の悪に気付く。自分が作った罪に苦しむ。だからこそ、念仏に救われ、題目に救われ、マントラ(真言)に救われるのだ。
コーヒーに砂糖やクリームを溶かすように、光の世界(阿弥陀仏)や大日如来の宇宙に煩悩や自分の作った罪を溶かしこんでいく。それが念仏やマントラ(真言)