【元慰安婦】10/16(水)の産経が、いわゆる「従軍慰安婦強制連行」事件についての「河野談話」(1998/8/5)の基礎資料となったとされる、日本政府が韓国政府に依頼して行われた16人の元慰安婦の「聞き取り調査報告書」A4,版13枚のコピーを入手・解析したとして、全4面で一大スクープを行った。不思議なことに10/17の他紙はこれに触れていない。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131016/plc13101608380010-n1.html
16人の聴き取り内容の要約も掲載されているが、5/16で生年月日の記載がなく、13/16で住所の記載がなく、1920年8月生まれのものが、「14歳の時、船で運ばれ、サイパン・パラオで11年間慰安所生活をしていた」と矛盾したことを語ったものもある。
証言一覧を見ると素人が見てもおかしい点が多々ある。
つまり当時の宮沢内閣は韓国政府から送られてきた「調査報告書」を十分に吟味しないで「河野談話」を発表したことになる。執筆した当時の石原官房副長官は「証言内容をチェックする時間はなかった。…担当官の報告を聞いての心証で河野談話をまとめた」とインタビューに答えている。
「信頼関係」を維持しようと相手の文書を丸呑みしたところから、ついに「性奴隷」のモニュメントが世界のあちこちに作られるところまで発展したのだ、という経緯がよくわかる記事だ。
元「朝日」主筆若宮啓文が「新聞記者」(ちくまプリマー新書)で「朝日新聞もこれ(慰安婦問題)を熱心に報じた時期があった。中には力づくの<慰安婦狩りを>実際に行ったという日本の軍人の話を信じて、確認のとれぬまま記事にするような勇み足もあった」と書いていると「産経」は指摘している。
手元にこの本があったが、索引がなく、後から頁を繰っていったら、ちゃんとp.194に該当箇所があった。
若宮は1948年生まれの団塊の世代で、2013/1まで朝日に43年間いた。政治部出身だから「勇み足もあった」ではすまないし、社説を書くようになったら、間違った記事への反省や訂正を載せるべきだったと思う。
私はこの本を出るとすぐに買ったが、「日本の自殺」についての以下の記述に違和感を覚えて放り投げていた。
<僕が朝日新聞で「日本の自殺」を取り上げると、かつてこの論文を掲載した「文藝春秋」誌が我が意を得たりとばかり論文を抄録したうえ、一冊の本にもしたので驚いた。>(p.228)と書いている。取り上げたのは「朝日新聞を辞める一年ほど前」(p.226)とあるから、2012年のことだろう。確かに文春新書で2012/5に再版されている。
http://www.amazon.co.jp/日本の自殺-文春新書-863-グループ一九八四年/dp/4166608630/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1382009809&sr=1-1&keywords=日本の自殺%E3%80%80文藝春秋
しかし「グループ1984」による「日本の自殺」は、
1)「日本の自殺」=「文藝春秋」昭和50年2月号、
2)「腐敗の研究」=「文藝春秋」昭和51年7月号、
3)「再生への胎動」=書き下ろし原稿
の3論文をまとめて、「日本の自殺」(PHP出版, 1976/11)として刊行された。
1984/5には「PHP文庫」に収められている。
これは「グループ」となっているが、実際の執筆者は元全学連委員長で後に学習院大学教授になった香山健一(故人)だということは、いろいろな証言から明らかになっている。およそ知識人なら、経団連の土光敏夫が「文春」掲載論文を絶賛しコピーを配ったエピソードも知っているはずだし、本もハードカバーか文庫で読んでいるはずだ。
それを上記のような経緯も述べず、いきなり「自分の手柄」だとして吹聴する無神経さが耐えられない。
「日本の自殺」については2012/4にメルマガで触れているので、未読の方は以下のブログをご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/motosuke_t/e/5f58b29c8c0e2dd8be3f8d53f9121f3e
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131016/plc13101608380010-n1.html
16人の聴き取り内容の要約も掲載されているが、5/16で生年月日の記載がなく、13/16で住所の記載がなく、1920年8月生まれのものが、「14歳の時、船で運ばれ、サイパン・パラオで11年間慰安所生活をしていた」と矛盾したことを語ったものもある。
証言一覧を見ると素人が見てもおかしい点が多々ある。
つまり当時の宮沢内閣は韓国政府から送られてきた「調査報告書」を十分に吟味しないで「河野談話」を発表したことになる。執筆した当時の石原官房副長官は「証言内容をチェックする時間はなかった。…担当官の報告を聞いての心証で河野談話をまとめた」とインタビューに答えている。
「信頼関係」を維持しようと相手の文書を丸呑みしたところから、ついに「性奴隷」のモニュメントが世界のあちこちに作られるところまで発展したのだ、という経緯がよくわかる記事だ。
元「朝日」主筆若宮啓文が「新聞記者」(ちくまプリマー新書)で「朝日新聞もこれ(慰安婦問題)を熱心に報じた時期があった。中には力づくの<慰安婦狩りを>実際に行ったという日本の軍人の話を信じて、確認のとれぬまま記事にするような勇み足もあった」と書いていると「産経」は指摘している。
手元にこの本があったが、索引がなく、後から頁を繰っていったら、ちゃんとp.194に該当箇所があった。
若宮は1948年生まれの団塊の世代で、2013/1まで朝日に43年間いた。政治部出身だから「勇み足もあった」ではすまないし、社説を書くようになったら、間違った記事への反省や訂正を載せるべきだったと思う。
私はこの本を出るとすぐに買ったが、「日本の自殺」についての以下の記述に違和感を覚えて放り投げていた。
<僕が朝日新聞で「日本の自殺」を取り上げると、かつてこの論文を掲載した「文藝春秋」誌が我が意を得たりとばかり論文を抄録したうえ、一冊の本にもしたので驚いた。>(p.228)と書いている。取り上げたのは「朝日新聞を辞める一年ほど前」(p.226)とあるから、2012年のことだろう。確かに文春新書で2012/5に再版されている。
http://www.amazon.co.jp/日本の自殺-文春新書-863-グループ一九八四年/dp/4166608630/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1382009809&sr=1-1&keywords=日本の自殺%E3%80%80文藝春秋
しかし「グループ1984」による「日本の自殺」は、
1)「日本の自殺」=「文藝春秋」昭和50年2月号、
2)「腐敗の研究」=「文藝春秋」昭和51年7月号、
3)「再生への胎動」=書き下ろし原稿
の3論文をまとめて、「日本の自殺」(PHP出版, 1976/11)として刊行された。
1984/5には「PHP文庫」に収められている。
これは「グループ」となっているが、実際の執筆者は元全学連委員長で後に学習院大学教授になった香山健一(故人)だということは、いろいろな証言から明らかになっている。およそ知識人なら、経団連の土光敏夫が「文春」掲載論文を絶賛しコピーを配ったエピソードも知っているはずだし、本もハードカバーか文庫で読んでいるはずだ。
それを上記のような経緯も述べず、いきなり「自分の手柄」だとして吹聴する無神経さが耐えられない。
「日本の自殺」については2012/4にメルマガで触れているので、未読の方は以下のブログをご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/motosuke_t/e/5f58b29c8c0e2dd8be3f8d53f9121f3e
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます