【語源】1)「イカとスルメ」のたとえについて、「スルメイカ」の刺身もあるというご指摘を頂いた。
私は中国山地の山奥育ちなので、子供の頃スルメは食ったが、イカの刺身など食べた記憶がない。
プラムとプルーンの関係と、生と干物の名称の違いとして説明した時に、ついそう書いた。
が、これは解剖学者養老孟司の「バカの壁」だったかにあった、「スルメを見てイカがわかるか」という生理学や臨床からの解剖学に対する批判を意識して書いたものだ。
三省堂「新明解語源辞典」ではスルメの語源は「不明」としているが、「鯣(するめ)」を「スルメイカを開いて内臓を除き、乾かした食品」と説明し、「和名抄」に「須流米」という表現で出てくるが、「小蛸魚」と同義語になっており、イイダコのことではないか、ともいう。「岩波古語辞典」に載っていないのは、スルメが今も生きている言葉だからであろう。
軟体動物頭足類のタコとイカはよく混同され、関東の「凧揚げ」を関西では「イカ揚げ」という。平べったい胴と長い足があるから、どちらかというと「イカ揚げ」だろう。
イカ(烏賊)は古語辞典にあり、「和名抄」に「播磨風土記」からの引用があり、烏賊間川の地名由来として、「川に烏賊がいるので烏賊間川といい、伊加麻と読む」と説明しているという。(現存「播磨風土記」には、この部分が欠損。)
「和名抄」は931~937に源順が編纂した百科事典だから、平安中期に「烏賊」という言葉があったことは間違いない。
「するめ」の方は、「言継卿記」(1569)に「礼にするめ一連持ち来たる」とあるのが、初出だそうだ。
古典落語にも、生魚と干し魚で名前が変わることを利用して、奉行に一杯食わせる男の話がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/てれすこ
要するに、イカも語源不明だが「烏賊」という漢字は「和名抄」にいうごとく「南越志」の「水面に浮いて死んだふりをし、烏(カラス)をおびき寄せてこれを巻き取って食べる」というところから、来たものであろう。「鯣」の方は和製当て字という。本来の鯣はウナギの意味だそうだ。
「北隆館・新日本動物図鑑(軟体動物)」を見ると、イカ約40種が載っていて、多くが食用になるが、刺身はスルメイカ、ソデイカ、スルメはケンサキイカが1位とあった。なおイカは動物学的和名と市場名、地方名が異なるものが多い。
(間違いがあったら水産業の向田さん、ご指摘ください。)
2)もうひとつ、研究熱心な開業医の後輩から、
<◆ 回帰熱(再帰熱)―外国語の名称
> 英語:relapsing fever
> 独語:Ruckfallfieber
> 仏語:fievre recurrente
> 羅語:febris recurrens
おもしろいことに気付いた。語源は同じだろうに、なぜ、fever(英)、fieber(独)、fievre(仏)、febris(羅)と、v であったり b であったりするのだろうか? ラテン語がもとだとすれば、英語、仏語はなぜfever、fievreになったのであろうか?>
という質問を受けた。つまりラテン語のfebrisの「B」音は、なぜ英仏語で「V」音に変わったかという問題だ。
確かに「熱」は
>イタリア語: febbre
>スペイン語:fiebre
>ギリシア語: pyretos
である。ギリシア語のpyro-という語幹は、医学用語としては:
>pyrogen(パイロジェン)=発熱物質
>pyromania(パイロマニア)=放火魔
>pyrosis(パイローシス)=胸やけ
などに用いられている。ギリシア語はphyretosとも綴るので、これはラテン語 febrisと語源が同じだと思われる。
だが、フランス語では「熱のある(英語: feverish)」をfebrileとも綴る。(別表記はfievreuse)。
12世紀以前の「古英語」で、すでに「fefer」という綴りだったことがわかっているので、問題はラテン語を含む「ロマンス語(ローマの言葉)」がfeb-というB音を語幹にふくむのに、なぜ「ゲルマン語」に属するドイツ語でB音、英語でV音になっているのか?(フランス語にはB音もある。)という問題だと思われる。
ドイツ語の場合、「標準語」が成立したのは19世紀になってからで、長い間「低地(北部)ドイツ語」と「高地(南部)ドイツ語」が共存していました。明治以前に東日本と西日本の日本語が違っていたようなものです。
現代ドイツ語は、基本的に高地ドイツ語が元になっています。アングロサクソンは低地ドイツ人だったので、恐らくfeferという古英語は低地ドイツ語由来だと思います。
高地ドイツ語は学問の言葉で、ラテン語の影響を強く受けています。これがラテン語起源のFieberが標準ドイツ語に残った理由と思われます。
フランスは古代「ガリア」と呼ばれ、元ケルト人の土地ですが、ローマに追われて、多くがブリトン南部に移住しました。5世紀にアングロサクソンの侵入を受け、逆にフランスに戻ります。フランスのブルターニュ地方は彼らが居住し、後にノルマン人(バイキング)が侵入した土地です。ノルマンジーという海岸もあります。
1066年に彼らがブリテン島を征服、「ノルマン王朝」が始まります。
こういう歴史があるので、現代フランス語にはケルト語、ロマンス語(ラテン語)、低地ドイツ語、英語などが混じっています。
ドイツ語の「halb=半分」は英語で「half」になり、スペルがBからFに変わります。音はpからfに変わります。
次ぎにBがVに転訛する問題ですが、f音はv音に容易に転訛します。(英語では単数のcalf=仔牛は、複数だとcalvesになる。)ドイツ語のVは固有語の場合、ほとんど常にFと発音されます。(例:Vater=父、Vogel=鳥: 英語のバード、Volk=民族: e.g.フォルクスワーゲン) B = F =V の転用は、綴りでも発音でも、印欧語の場合、わりに起こっているようです。
長々と書きましたが、ロマンス語の中で一番ラテン語が残っているのがイタリア語で、フランス語は英語と共通語が多く、最後に標準化されたドイツ語には、ラテン語の影響が強かった「高地ドイツ語」が多く入っているというのが、feverのスペルが英語、フランス語では、ラテン語 febrisと異なる理由だと思います。
Cf. H. ヴァルテール「西欧言語の歴史」, 藤原書店、2006
私は中国山地の山奥育ちなので、子供の頃スルメは食ったが、イカの刺身など食べた記憶がない。
プラムとプルーンの関係と、生と干物の名称の違いとして説明した時に、ついそう書いた。
が、これは解剖学者養老孟司の「バカの壁」だったかにあった、「スルメを見てイカがわかるか」という生理学や臨床からの解剖学に対する批判を意識して書いたものだ。
三省堂「新明解語源辞典」ではスルメの語源は「不明」としているが、「鯣(するめ)」を「スルメイカを開いて内臓を除き、乾かした食品」と説明し、「和名抄」に「須流米」という表現で出てくるが、「小蛸魚」と同義語になっており、イイダコのことではないか、ともいう。「岩波古語辞典」に載っていないのは、スルメが今も生きている言葉だからであろう。
軟体動物頭足類のタコとイカはよく混同され、関東の「凧揚げ」を関西では「イカ揚げ」という。平べったい胴と長い足があるから、どちらかというと「イカ揚げ」だろう。
イカ(烏賊)は古語辞典にあり、「和名抄」に「播磨風土記」からの引用があり、烏賊間川の地名由来として、「川に烏賊がいるので烏賊間川といい、伊加麻と読む」と説明しているという。(現存「播磨風土記」には、この部分が欠損。)
「和名抄」は931~937に源順が編纂した百科事典だから、平安中期に「烏賊」という言葉があったことは間違いない。
「するめ」の方は、「言継卿記」(1569)に「礼にするめ一連持ち来たる」とあるのが、初出だそうだ。
古典落語にも、生魚と干し魚で名前が変わることを利用して、奉行に一杯食わせる男の話がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/てれすこ
要するに、イカも語源不明だが「烏賊」という漢字は「和名抄」にいうごとく「南越志」の「水面に浮いて死んだふりをし、烏(カラス)をおびき寄せてこれを巻き取って食べる」というところから、来たものであろう。「鯣」の方は和製当て字という。本来の鯣はウナギの意味だそうだ。
「北隆館・新日本動物図鑑(軟体動物)」を見ると、イカ約40種が載っていて、多くが食用になるが、刺身はスルメイカ、ソデイカ、スルメはケンサキイカが1位とあった。なおイカは動物学的和名と市場名、地方名が異なるものが多い。
(間違いがあったら水産業の向田さん、ご指摘ください。)
2)もうひとつ、研究熱心な開業医の後輩から、
<◆ 回帰熱(再帰熱)―外国語の名称
> 英語:relapsing fever
> 独語:Ruckfallfieber
> 仏語:fievre recurrente
> 羅語:febris recurrens
おもしろいことに気付いた。語源は同じだろうに、なぜ、fever(英)、fieber(独)、fievre(仏)、febris(羅)と、v であったり b であったりするのだろうか? ラテン語がもとだとすれば、英語、仏語はなぜfever、fievreになったのであろうか?>
という質問を受けた。つまりラテン語のfebrisの「B」音は、なぜ英仏語で「V」音に変わったかという問題だ。
確かに「熱」は
>イタリア語: febbre
>スペイン語:fiebre
>ギリシア語: pyretos
である。ギリシア語のpyro-という語幹は、医学用語としては:
>pyrogen(パイロジェン)=発熱物質
>pyromania(パイロマニア)=放火魔
>pyrosis(パイローシス)=胸やけ
などに用いられている。ギリシア語はphyretosとも綴るので、これはラテン語 febrisと語源が同じだと思われる。
だが、フランス語では「熱のある(英語: feverish)」をfebrileとも綴る。(別表記はfievreuse)。
12世紀以前の「古英語」で、すでに「fefer」という綴りだったことがわかっているので、問題はラテン語を含む「ロマンス語(ローマの言葉)」がfeb-というB音を語幹にふくむのに、なぜ「ゲルマン語」に属するドイツ語でB音、英語でV音になっているのか?(フランス語にはB音もある。)という問題だと思われる。
ドイツ語の場合、「標準語」が成立したのは19世紀になってからで、長い間「低地(北部)ドイツ語」と「高地(南部)ドイツ語」が共存していました。明治以前に東日本と西日本の日本語が違っていたようなものです。
現代ドイツ語は、基本的に高地ドイツ語が元になっています。アングロサクソンは低地ドイツ人だったので、恐らくfeferという古英語は低地ドイツ語由来だと思います。
高地ドイツ語は学問の言葉で、ラテン語の影響を強く受けています。これがラテン語起源のFieberが標準ドイツ語に残った理由と思われます。
フランスは古代「ガリア」と呼ばれ、元ケルト人の土地ですが、ローマに追われて、多くがブリトン南部に移住しました。5世紀にアングロサクソンの侵入を受け、逆にフランスに戻ります。フランスのブルターニュ地方は彼らが居住し、後にノルマン人(バイキング)が侵入した土地です。ノルマンジーという海岸もあります。
1066年に彼らがブリテン島を征服、「ノルマン王朝」が始まります。
こういう歴史があるので、現代フランス語にはケルト語、ロマンス語(ラテン語)、低地ドイツ語、英語などが混じっています。
ドイツ語の「halb=半分」は英語で「half」になり、スペルがBからFに変わります。音はpからfに変わります。
次ぎにBがVに転訛する問題ですが、f音はv音に容易に転訛します。(英語では単数のcalf=仔牛は、複数だとcalvesになる。)ドイツ語のVは固有語の場合、ほとんど常にFと発音されます。(例:Vater=父、Vogel=鳥: 英語のバード、Volk=民族: e.g.フォルクスワーゲン) B = F =V の転用は、綴りでも発音でも、印欧語の場合、わりに起こっているようです。
長々と書きましたが、ロマンス語の中で一番ラテン語が残っているのがイタリア語で、フランス語は英語と共通語が多く、最後に標準化されたドイツ語には、ラテン語の影響が強かった「高地ドイツ語」が多く入っているというのが、feverのスペルが英語、フランス語では、ラテン語 febrisと異なる理由だと思います。
Cf. H. ヴァルテール「西欧言語の歴史」, 藤原書店、2006
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます