私の故郷九十九里浜では離岸流のことを「みお」という。
大人から危ないから近づくなと言われているので子供は近づかない。
海岸でむしろを被された土左衛門を見たり、漁師が死んだりの話を聞いているので海は怖いものと思っている。
「みお」は漁船が海に出る場所でもある。砂浜の遠浅の海岸を「押っぺし」と呼ばれる男や女が船を押す、コールタールを塗ったワイヤーや井桁?も使って船を出す。そんな光景も昭和43年ころで終わったように思う。
九十九里浜は昭和三十年代までは青木繁の絵のような世界が残っていた。
東京オリンピック以降の高度経済成長時代に九十九里も次第に観光地化されていった。海辺を近所の漁師の爺さんが全身真っ黒真っ裸でちんちんの先を藁で結んだだけで歩いて来る。都会から海水浴に来たお嬢さんたちがびっくりしてきゃーと叫んでいる。
2ちゃんねるで論争をしていて「みお」の中を岸に行こうとしているような感覚を思い出した。
大人から危ないから近づくなと言われているので子供は近づかない。
海岸でむしろを被された土左衛門を見たり、漁師が死んだりの話を聞いているので海は怖いものと思っている。
「みお」は漁船が海に出る場所でもある。砂浜の遠浅の海岸を「押っぺし」と呼ばれる男や女が船を押す、コールタールを塗ったワイヤーや井桁?も使って船を出す。そんな光景も昭和43年ころで終わったように思う。
九十九里浜は昭和三十年代までは青木繁の絵のような世界が残っていた。
東京オリンピック以降の高度経済成長時代に九十九里も次第に観光地化されていった。海辺を近所の漁師の爺さんが全身真っ黒真っ裸でちんちんの先を藁で結んだだけで歩いて来る。都会から海水浴に来たお嬢さんたちがびっくりしてきゃーと叫んでいる。
2ちゃんねるで論争をしていて「みお」の中を岸に行こうとしているような感覚を思い出した。