真田丸出城は、慶長19年(1614年)10月,大坂冬の陣に際し、豊臣方の真田信繁(幸村)が大坂城の総構の弱点を補うために総構の南側の笹山という小丘陵に築城した出城である。東側は、玉造方面へ続く水堀で囲まれ、構造は東西約180m、半円形の曲輪で、出口は後方と両脇に位置し、三方に塀を配し、外側には三重の柵を敷いた。冬の陣の終了後、和議の条件により真田丸出城は、破壊された。宰相山公園(三光神社付近)から西側(心眼寺付近)までが城跡です。
[所在地:大阪市天王寺区餌差町宰相山公園(三光神社)]
<アクセス>JR大阪環状線・玉造駅下車徒歩約7分。
▼三光神社
大坂冬の陣の際、真田幸村が大阪城からの抜け穴(地下道)を設けたことで有名な神社です。境内には抜け穴の史跡や真田幸村像が残されており、桜の名所としても知られています。
▼三光神社 ▼真田幸村像(三光神社境内)
▼真田丸のあった真田山に鎮座する三光神社境内にある
大坂城へ通じていたと伝わる真田の抜け穴跡
▼三光神社
▼真田丸出城概略図
2014/11/19 訪城
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