なな色メール 

シュタイナーの勉強会の仲間と始めたニュースレター。ブログでもその一部をご紹介していきたいと思います。

生き生きといきるには

2007年10月01日 | ともこ
海に近い場所に住んでいるので秋は風のうなり声がびゅうびゅうとよく聞こえます。寒くなってきましたね。 
でもそんな寂しげな季節も好きなんです。
家族との距離を縮めて温もりを感じられるから。
紅葉はどこに見に行こうかな・・・。
今月は子供たちに来年まで履けそうな雪の日もOKのブーツをそれぞれに買い冬の準備も着々とできています。
重ね着でおしゃれできるのも嬉しい!
寒さを防いでくれる屋根に感謝。
温かく眠らせてくれる毛布に感謝。
アフガニスタンで家も無く生きていたかも知れないのに。
今月はUNHCRへの寄付金を捻出したいと思いつつ・・・年金貧乏な我が家!
(自営業の妻なので私もきっちり請求されている。)

私はどうも前世で男性として生きていた回数が多かったのかも・・・。  
例えばカードでもゲームでも子供相手に勝負事には熱くなるし、映画『トロイ』のブラット・ピットは最高!と思ったらしばらく動作がアキレスになっていたし。
「よく結婚してもらえたね。」と娘に言われますが、きっとこういう男らしいところ!?に惚れられたのではないでしょうか・・・。
 
ところで、今世私は女として生きています。小さい頃から職業婦人を目指し、経済的、精神的に自立した人間を理想としてきました。
逆に男性だったら、仕事だけでなく料理もできて美的センスを備え人生を楽しんでいる人って素敵だと思います。
女性は結婚すると家庭を守るのが勤めとされるのが今も昔も変わらないところですね。
他者を思いやれる仕事は母性がないとできないし、家族の健康管理や家族間の絆(いい関係)について気を配るのはお母さんでないとできない事かも。
太陽のごとく暖かく家族を見守りたいです。(灼熱!?の太陽だったりして)
それから私は夫(パートナー)を“主人”と呼び、家政婦のように従属的に火事をさせられていると思うと嫌なので、自発的好意としてしたいと思っています。
そうすると、する側もされる側も幸せですよね。
結婚十年でやっとこう思えるようになりました。
 
さて、最近観た韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』の中に出てきて私にとても良い印象を残したとある詩を紹介したいと思います。

     <愛しなさい、傷ついたことのないように>   

      歌いなさい、誰も聴いていないかのように
      愛しなさい、傷ついたことのないように
      踊りなさい、誰も見ていないかのように
      働きなさい、お金が必要でないかのように
      生きなさい、今日が最後の日のように
 
         アルフレッド・D・スーザ

子供たちにもこう生きて欲しい。生き生きと。
江原啓之さんの『子供が危ない』では、今の日本の子供たちが、自分の本心を抑えてまで友達に合わせて群れたがる心理を解き明かしていました。
主体性がなく信じるものがない力信仰の社会で、身を守る術と肌で感じているのです。
もっと自尊心を持って自分を大切に生きて欲しいものです。

自尊心を育てるには、幼少期の無条件の愛情と良質の文化(真・善・美)を与えてやることが大切とありました。
(まさにシュタイナー!!)
そうすると、俗にいう「勝ち組」「負け組み」に悩まず、他人を見下すこともなく、年をとろうと貧しくなろうと、逆境に陥ろうと、自尊心をまるごと失ったりせず、強く生きていけるはずです。

良い童話に出会わせてあげるのも親としてやってあげたい事の一つです。
今長女と『はてしない物語』を旅しています。
子供と一緒に童話が読めること、とっても幸せです。大人が生きていく上でも世界観を拡げられ、いい事だと思います。次は『モモ』と『オズの魔法使い』が読みたいです。
 

参考文献   『子どもが危ない』江原啓之
       『読む力は生きる力』脇明子
       『子どもの本の森』河合準雄、長田弘

ひょうどうともこ

わらしっこ美術教室

2007年10月01日 | さとうえりこ
美術教室との出会いは電話帳だった。当時小学生だった息子が「絵を習ってみたい」と言い、探したところが今の教室。

「先ずは見学に来てみて下さい。」という先生の声掛けに子供たちを連れて行った。次々に入ってくる小学生以下の子供たち。「今日はこれを描きます。」と、課題は『バナナ』だった。それぞれが画材を選ぶ。絵の具、クレヨン、色鉛筆。思い思いにバナナと向き合い「先生、出来たぁ」「どれどれ、ここ、塗り忘れているよ」などと少しのやり取りの後は、遊びの時間。教室の前にある木のブランコに乗る子供、「♬せっせぇせぇのよいよいよい♪」と手遊びを始める子供。みんな生き生きしている。

子供たちが描いた絵を指導することもなく、塗り忘れ程度を指摘するぐらいで教室の中は伸び伸びとした雰囲気があった。遊びが落ち着くと今度はそのバナナはおやつになった。

息子は「来週から来る。」と即決した。私も先生に一目ぼれ。一人一人を褒め、認め、一緒に楽しんでいるのがわかった。絵の指導は特別しないが、子供の抱えている内面をその絵から見抜いてしまうからすごい。色、タッチ、描いた題材、どれからでも子供のSOSを見つける千里眼を持っている。そして「子供はいいね。どの子もいい。」と受け入れる懐の深さ。なんて素晴らしい先生なのでしょう。(おまけで連れて行った娘も、一緒に行くと言い出し現在に至る。)

先生いわく。「どんなに勉強が出来ても、遊びを知らなくちゃだめよ。マンガ本はいくら読んでもいい。でもテレビゲームは絵をだめにするからだめ。身体を使った遊びをしなきゃ。」と。だから、先生はよく子供たちをS公園に連れて行ってくれる(教室が近いので)。つくしが顔を出した頃、春を探しに出かけた。その日のおやつは先生お手製のつくしの油いためとヨモギのてんぷら。私も頂いたがそのとき初めてつくしを食べた。おいしかったことを覚えている。桜の季節は500円玉を握り締め、お花見に行く。軒を連ねた魅力たっぷりのお店の中から1軒を選び、食べたり遊んだり自由に500円を堪能する。夏はスイカ割り。秋は落ち葉拾いという名目で公園での鬼ごっこ。クリスマス会もある。プレゼント交換が慣例で毎年500円のプレゼントを予め買いに出かける。そうそうドーナツ作りもある。クッキーの型などでも作る。沢山作って、家族へのお土産になるのだが、これがまたおいしい。ホットケーキミックスでたねを作り、子供たちに型抜きをさせる。こんな教室なら私も通いたいと思ってしまう。

 最後に。主宰者のM先生は教室を開いて40年ほどになるという。先生ご自身多様な経験をお持ちでその話に涙が出てくることもある。そんな深みのある先生に出会えたことはシュタイナーとの出会い同様、私の生き方に影響を与えてくださったと思っている。数年前、先生の個展に子供達を連れて行ったことがあった。子供達の感想は、「先生って絵が上手だったんだ。」と感嘆していた。日頃の先生の姿をそこに見ることが出来ない、『画家』としての作品が並んでいたから。そして先生の素晴しさは、大人になった時、気づくのだろう。