今年の冬至前後は、特に何ごともなく平坦に過ごせるのかな。と、思っていたのですが
何があったでも、なんでもないのですが、
実は、明らかに、内側で大きな変化が生じています。
自覚している個の私の意志とは関係ないところで、何らかの変化が
例えるなら、自動アップデートというのか、、
今年の8月5日に近い、自動的なアップデートの感覚です。
自覚している私も、さすがに気がつきますので
そのアップデートに同意する必要がある。ということはわかるんです。
その同意内容というのを、言葉にするならば
「神に仕える者になります。聖霊の声以外には従わない者になります。すべてをそこに捧げます。」
というような内容です。
自我は囁きます。
「ちょっとまってよ。それは危険なんじゃないかな。なにがどうなっていっちゃうか、わかったもんじゃないよ。」
けれども、もう、既に起きている自動アップデート(比喩です)の通りに従うほか選択肢はない。
という感じなのは自覚しているんですね。
なので、じわりじわりと、1~2日かけて同意していっている。という感じで
内側からは、「もう半端な幸せはいらないんだよ。神への全託以外、ないんだよ。」
という確信からの声がやってきます。
10月だったか、11月だったか、Aさんが、この世界「で」平安を見いだそうとしていた矢先に
聖霊から「この世界には(神の)平安は無いよ。」と断言された。
というお話しを思い出しました。
「半端な幸せは、不幸と変わらない。」
実相世界経由で、神への帰還を果たす以外に、真の幸せは無いんですね。
そのためには、やはり神に仕え、そのための声にしか従わない。ということは必須なわけですね。
言葉で言うのは簡単なことですが、これには相当な抵抗が心の奥に見えます。
全面的な降参への道ですね。
全面的に、自分が消え、全面的に外が消え、すべてが透明化してゆく感覚が何度もやってきます。
本来、自他を区別する境目も、なにも無いのだからそれが本当ですよね。
聖霊に、従ってゆきます。
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何があったでも、なんでもないのですが、
実は、明らかに、内側で大きな変化が生じています。
自覚している個の私の意志とは関係ないところで、何らかの変化が
例えるなら、自動アップデートというのか、、
今年の8月5日に近い、自動的なアップデートの感覚です。
自覚している私も、さすがに気がつきますので
そのアップデートに同意する必要がある。ということはわかるんです。
その同意内容というのを、言葉にするならば
「神に仕える者になります。聖霊の声以外には従わない者になります。すべてをそこに捧げます。」
というような内容です。
自我は囁きます。
「ちょっとまってよ。それは危険なんじゃないかな。なにがどうなっていっちゃうか、わかったもんじゃないよ。」
けれども、もう、既に起きている自動アップデート(比喩です)の通りに従うほか選択肢はない。
という感じなのは自覚しているんですね。
なので、じわりじわりと、1~2日かけて同意していっている。という感じで
内側からは、「もう半端な幸せはいらないんだよ。神への全託以外、ないんだよ。」
という確信からの声がやってきます。
10月だったか、11月だったか、Aさんが、この世界「で」平安を見いだそうとしていた矢先に
聖霊から「この世界には(神の)平安は無いよ。」と断言された。
というお話しを思い出しました。
「半端な幸せは、不幸と変わらない。」
実相世界経由で、神への帰還を果たす以外に、真の幸せは無いんですね。
そのためには、やはり神に仕え、そのための声にしか従わない。ということは必須なわけですね。
言葉で言うのは簡単なことですが、これには相当な抵抗が心の奥に見えます。
全面的な降参への道ですね。
全面的に、自分が消え、全面的に外が消え、すべてが透明化してゆく感覚が何度もやってきます。
本来、自他を区別する境目も、なにも無いのだからそれが本当ですよね。
聖霊に、従ってゆきます。
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