奇跡のコース/奇跡講座で生きる! 愛を阻む障壁を超え、本当の自分を思い出そう【真我なるハート】

2018年10月から奇跡講座の学び実践の奥深さを思い知って、本当の妥協のないプランAの実践で歩むことを望んでいます

世界の起点、なんでもありの場所

2017年03月10日 00時25分10秒 | 宇宙・幻想の終わり
昨日(3/8)、Mさんと個人セッションをして

どちらかというと雑談・余談という話しの中に

すごいものが内包されていたらしい。

今日は、ちょっと放心状態。

合宿前はいつもインフルエンザの前段階みたいな状態だけど

あの数分の雑談の中に、真理の宝石があったみたい。


ちょっと、言語化が難しいけど

この世界の現実化、映像化の起点の場所にアクセスすれば

そりゃ、どこにでも行けるし、何でもあらわせる。(何もかも現実と思っているただの映像だけど)


さて、で、、、

「だからどうした?」

という話になる。すぐにそうなる。


どこにも誰もいない、自分の壮大な空想劇を作り上げた

その何千兆年だかわからないような果てしないストーリー(ほんとうは一瞬、時間は自分騙しのトリック)を

いつまで追いかけるのか??

いつまでその体験をしたいのか??


現実化とか、引き寄せとか、知覚をいい感じに変えるとか

できないわけがない。

できるのが当たり前。そこにアクセスすれば。。。

ある程度の修行や、方法をつかめば、案外できること。。。

(他の生涯でやっていた。今は全く興味ないけど)


けど、妄想なんだよね。

夜見る夢以上でも、以下でもない。

夢の作者は、いつまで夢を見たいのか???



Mさんは、体外離脱をしていた頃

「現実化のあの場所」にアクセスする感覚をつかんだという。

(もちろんMさんはそれには全然意味がないことを今、理解している)




「いろいろできるさ」
「なんでもありさ」




うん。そこがこの夢の世界の起点に、確かにある。

そこは、輪廻ぐるぐる回転のおおもと。



要は、私たちはそこから外には出たくない。


そこが世界のはじまりにも見えるし、終わりにも見える。



けど、その外に、本当に出て

更に、聖霊を選ばなければ、、決して自由にはなれない。


結局、世界の中で

快楽や苦痛の繰り返し

ぐるぐるし続けることになる。




世界から出て、心に戻ること。

心に戻って、聖霊を受け入れ、夢見をほんとうにやめることを受け入れ

そして神を受け入れることができる。

最終的な、最後の、神からの一歩でもとに戻る。(もとに戻るということも言えないくらい何も無かった)




言葉であらわせないけど

あの、世界の起点、そこが認識されている。

「すべての映像のデータとその解釈データ」は、その起点に内蔵されていて


そこにたどり着いても、全然ダメで(まだまだで)

自由自在にクリエイトするのを本気でやめて

起点の外に脱出する(言葉が合っているかはわかならない)


そこは完全に量子的な視界で

起点の中身のすべてが量子的にみえて


自分さえ選べば、すでに終わっている世界をあとにできる。



何かをしている兄弟がいるように見せかけられる自己欺瞞システムの

起点の機械を見た。(比喩です)

そして、その機械の、完全に外側に出た

聖霊と一緒に、終わっている世界を見た。


それはもはや形はなかった。ただの思考だった。神の想念ではない想念だった。

ただのデータBOXだった。



ものすごく、量子的にすべてを眺める期間なのかもしれない。

Mさんのおかげ。聖霊のおかげ。


放心状態。



神の思し召すままに

御心のままに

なさしめ給え


それ以外の想念が、なぜ?必要なのだろうか。


必要はない。









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