奇跡のコース/奇跡講座で生きる! 愛を阻む障壁を超え、本当の自分を思い出そう【真我なるハート】

2018年10月から奇跡講座の学び実践の奥深さを思い知って、本当の妥協のないプランAの実践で歩むことを望んでいます

追徴課税90万円の記憶

2018年02月06日 14時06分49秒 | 奇跡講座.奇跡のコース.ACIM勉強会/学習会
昨日から、確定申告のための作業をはじめた。

毎月やっておけばよいのかも、という思考も上がるけど

この時期に集中的に、お金、経費、税金、なんちゃら控除という意味付けを

よーく見つめながら整理したり作業するのは、とてもよいレッスンになる。



私が鬱病数年目のころ、かなり強引ないちゃもんで

どういうわけか、追徴課税90万円(だったと思う)と言い渡されて

更に鬱病悪化となり、その何年後だったかは覚えてないけど

結果的に当時の私たちの在り方で自営を続けることを完全に放棄するのが早まった

というドラマがあった。


会社を経営していたので、ちゃんと(?)専門家の方に会計内容をチェックしてもらっていた。

だから、その方たちも憤慨していて不思議がっていた。

国税局?の人、いちゃもんを言っていた人たちは、スーツを着た2人組の男性だったように思う。

その数年後(だったと思うけど)事実上、私が判断を下さないと何もできない会社(?という設定)だったので

廃業することにした。そして、たぶん旦那さんが税務署に行って廃業届を提出したとき

その、例の二人組の男性がいたのだという。

で、そのうちの一人が「あれがキッカケですか?」的なことを言ったという。

たぶん旦那さんは、私が鬱病だという話しをしていたらしい。

後ろめたそうな顔をしていた。と旦那さんは言っていた。

「そうだよ、あんたたちのせいだよ。そんな仕事をしやがって、ろくな死に方しないよ」

罪悪感を感じろよ。

はっきりとそう思っていたし、今もそのような思考は彼らのキャラ設定に対して発射される。


そんな想念の世界、地獄だねえ。。。




「確定申告、税」というものについて取り組んでいると

それに紐付けされた「記憶」のようなものが浮上する。


「それは起こった」と言っていて

あいつらに天罰が下されることを望んでいる想念があることもよく見える。

天罰が下されることがナチュラルだと言っている。

なぜなら、私たちを苦しめたから。と言っている

この声はこれが正当だと言っている。


けど、ただの言いがかりでイチャモンに過ぎない。

微々たるイライラも、激怒に至る怒りも、一切正当化することは不可能なのだ

と、私が私から言い渡される。


ほんとうにそうだなあ。と思う

怒りそのものは、なんら問題ではないし、なんら影響力のあるものではない。


それは、単なる宣言にすぎない

「私には罪があるんです」という宣言。

怒りを正当化する時、私には罪があるんです。と言い張り続けている

ただそれだけが無意味に起きている。


自分に罪悪があると考え信じているから、

それを否認・抑圧して、更に投影する必要があると考え信じられてきた。


すごいなあ。と思う

いかなる罪に見えるような何かが

「私」の人生に引き起こったように見えても

そのドラマの中で私は怒りを正当化できる可能性は0パーセントだなんて


すごすぎると思う。


けど、そうでなければ誰一人の解放もありえない。


ありえないんだなあ。。

(※怒りは正当化することが不可能だけど、怒っていることをちゃんと認識する必要がある。はっきりクッキリ認めないと逆効果です)



追徴課税90万円の罪悪について、今年もよく見つめてゆこう

思い出すことすらできなくなるまで

思い出しても愛しか感じていられなくなるまで

彼らに対して信じている罪、私に対して信じている罪、その理由を

「私は誰か?」の場所から見つめてゆこう。


そう、私のストーリーの中では

あの二人に嘘の密告をしたYっちゃんにも、かなりの罪悪を投影していることも

ちゃんと認めよう。

腹黒いYっちゃん、逆恨みして真っ赤なウソを密告しやがって。

と、とても信じている。


「きっと、そんなことなかったのよね」じゃなくて

すごく信じていることを認めよう。



認めることによってのみ

彼らと、彼女と、「私」は離れて存在したことが無かったのだと

思い出させてもらえる。


幻想という闇をハッキリ見るから

その妄想は一掃される。



ぜんぶ、私と神という独りよがりな分離劇場だった。


すべてが光の中に一掃されますように。。。









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