群馬県伊勢崎市内にある 世界遺産候補地 富岡製糸工場関連の建物として、田島弥平旧宅 を見学する時があり、参加しました。
通風を重視した蚕(かいこ)の飼育法「清涼育」を大成した田島弥平が、文久3年(1863年)に建てた主屋兼蚕室です。間口25m、奥行き9mの瓦葺き総2階建てで、始めて屋根に換気用の越屋根が付けられました。この構造は、弥平が「清涼育」普及の為に著した「養蚕新論」及びその続編によって各地に広まり、近代養蚕農家の原型になりました。
1.田島弥平旧宅
外から見た田島弥平の屋敷
門の後ろの2階屋は養蚕用の家です。奥の方に母屋があります。
この島村地域は田島の性の旧家が沢山あり。わかりやすい様に屋号を持っています。読めませんが白い看板に屋号が記載。田島弥平宅の屋号は「遠山近水舎・桑拓園」です。
田島弥平旧宅
母屋は約150年前に建てられ、現在も済んでいます。
2階が養蚕のための部屋、一階が住居。この建物が当時新たに開発された養蚕・住まいの方式。
現在の当主で田島弥平の孫に当たる 田島健一氏、
今回は思いがけなく、いろいろと説明して下さいました。大正天皇の奥様が養蚕に熱心で。頻繁に訪れ、一緒に養蚕をされた事。 大正天皇の奥様に呼ばれ、皇居に何度もお伺いした事がある事、昔の様子 等。
田島邸の井戸
養蚕が活発な当時は200~300人の人を使っていたとの事、その大勢の人達の食事等の為に用いられた井戸。
2.田島弥平旧宅の周辺
農家旧家宅
島村には大規模に養蚕をしていた農家が沢山ありました。約150年前の家で現在も残る家をいくつかのせます。
多くが田島邸の為に屋号で読んだそうです。この家は146年前に建てた家
コスモスの花
旧家の庭にコスモSが咲いていました。
養蚕に使用する桑畑
養蚕農家の廻りは一面が桑畑でした。
田島弥平旧宅は 群馬県伊勢崎市境島村に有ります。
ご覧頂きありがとうございました。