ベリーダンススタジオ★☆★ぱわふるマドンナ★☆★ 主宰・坂口せつ子 

ベリーダンスにヨガ、深層美容術、トータルであなたの人生をサポートします。新しい自分を再発見してみませんか。

中庭

2010-03-30 20:15:25 | 日記
 中庭のこの階段に、パンジーのプランターでもプレゼントしようかな。
向こう側の建物が宿泊施設です。ホテルそのものです。2階が女性。1階が男性専用です。

リフレッシュの森

2010-03-30 19:43:19 | インフォメーション
 桐生リフレッシュ断食道場は谷先生が道場長先生として、始めてから3年半、約800人前後の、参加者を迎え、又見送りました。この4月からは、又違う先生が来ます。そして谷先生は埼玉県の上泉と言うところに引っ越しをしました。もうすでに10名の方々が、整体をしたり、マクロビ料理を作ったりしていました。今日は私は教室がない日だったので行ってきました。素晴らしいところです。山木醤油さんの保養所として建てられたもので、敷地はその前は小学校だったそうです。庭の片隅に校歌の石碑があり、この地で子供たちがたくさんの思い出を残していったのだろうと思いました。建物の横と裏には、美しいせせらぎがあり、夏は入って遊べると思い楽しみです。私は宿泊者の方に々のベリーダンス教室のために、毎月第1と第3月曜日の朝10時から11時半に行くことになりました。
写真の中に谷先生がいます。きちんとしたマクロビ料理で、リフレッシュ断食を指導しています。

すてきな命 vol.117”ベトナム戦争の母”

2010-03-30 00:56:51 | すてきな命
 ベトナム戦争で夫を失った6人の子供達の母は、必死の思いで長男と二男を難民ボートに乗せた。”つかまったら警察に殺される。”ボートは35人乗りに54人が乗った。まさに命がけだった。兄はイタリアへ、二男のニン君は日本にたどりついた。1982年6月。ニン君は13歳だった。ニン君のボートは2泊3日後日本の商船に助けられた。長崎の大村難民センターに着いたニン君は、もうベトナムに帰れない、家族にも会えないと泣いた。大村難民センターが閉鎖され、石川神父のもと、前橋あかつきの村へ受け入れられ、中学、高校、大学とあかつきの村で育った。日本の企業に勤めたニン君は、ホーチミンに出張した。12年ぶりに母や妹たちと再会した。そして出会った18歳のウインと後に結婚した。ニン君は通訳の仕事をした後、あかつきの村は社会福祉法人になり、日本人がこんなにもベトナム人の為に苦労をし、がんばっている。自分はベトナム人だからと神父のもとで働くことにした。7年前に日本国籍になり、石川寧志(やすし)となった。あかつきの村施設長として活躍している。
二人の子供に恵まれ、遠い空の下の母と石川神父の愛を受け継いでいる。
坂口せつ子
2005年(平成17年)12月8日木曜日
高崎市民新聞連載より転載