ある晩、ジンルは片付けをしていた。
「プルルル・・・」電話が鳴った。電話に出ると、聞こえてきたのは、何となく聞き覚えのあるような声だった。「やあ、僕だ、ワン・ウェイだよ。帰って来てるのかい。」
「ワン・ウェイ?」ジンルは驚いた。「何年も会っていないのに、なぜ突然電話してきたのだろう。」
「ええ・・・帰ってるわ。何か?」ジンルは答えた。
「久しぶりだな。ドライブしないか。今そっちに向かってて、もうすぐ着くんだ。外で待ってて。」そうワン・ウェイは言った。
電話を切ったジンルの心臓は高鳴り、学生時代に引き戻された……
ジンルは美しいだけでなく、成績も優秀で、ワン・ウェイ以外にも何人もの男子生徒が彼女のことを追いかけた。色々な手を使ってジンルの気を引き、近づこうとした。メッセージを送ったり、手紙を書いたり、贈り物をしたりした。だがジンルは従順で繊細な娘で、勉強に影響が出たり両親の期待を裏切ったりするようなことに心を動かされることは望まなかった。ワン・ウェイのしつこい誘いにもいつも無関心な態度をとっていた。だがワン・ウェイは冷たくされても諦めなかった。数年後、ワン・ウェイは相変わらずジンルを追いかけていた。ワン・ウェイの自分に対する変わらない態度に、ジンルの気持ちはほんの少しだけ動いた。その後、ワン・ウェイの周囲には一日中数人の女子がいるようになった。ジンルの静かな気持ちがざわつき始めた。ジンルは、その学期が終わるまで、ワン・ウェイを試そうと思った。彼についてまわる女子に心を奪われることなく自分を追いかけ続けるのであれば、ワン・ウェイの誘いに答えようと考えた……
ブッブー。車の合図でジンルは我に返った。ワン・ウェイは外で待っていた。
ジンルは車に乗り込み、久しぶりに、そして突然、ワン・ウェイと再会した。二人は黙ったままだった。
特に当てもなくドライブしたが、何となくぎこちない空気が流れていた。
かなり経ってからワン・ウェイが口を開いた。「で・・・元気にしてたのかい?」
「ええ、元気よ。とっても。」ジンルは静かに答えた。
「今までいったいどこにいたんだい?ちっとも見つからなかったよ。地球から消えちゃったのかと思ったよ。たまたま友達のケータイできみの番号を見つけて、それで電話したんだ。じゃなければもう一度会えるのかどうかも分からなかったよ。」運転しながら時折ジンルの方を見てワン・ウェイが言った。
「隠れてた訳じゃないわ。忙しかったの、仕事が。友達と連絡取る時間もなかったのよ。」ジンルは落ち着いた口調で言った。車を道の脇に寄せると、ワン・ウェイは心の中の思いを話し始めた。その低い声は悲しみと後悔に溢れていた。「学生のころはいつもきみを追いかけていた。5年間も。でもきみはいつも僕に冷たかった。いったいどうその時期を過ごしたのか自分でも分からない。きみが学校を卒業してから、僕は士官学校に行った。でもきみのことばかり考えていた。卒業してから、僕はきみを探し回った。でも見つけられなかった。結局僕は、家族からのプレッシャーに負けて結婚した。それでも僕の心にはいつもきみがいたんだ。今でも、これからもずっとそうだ。偶然きみの電話番号を見つけた時には、後悔しかなかった。きみを待たずに結婚してしまったことを。もっと早くきみに再会できなかったことを……」
ワン・ウェイの心の底からの告白に、ジンルは強い悲しみを感じた。昔から美しい顔立ちだが、成熟した立派な大人の顔になったワン・ウェイを見たジンルは、自分の心がワン・ウェイに惹かれることに自分でも驚いた……
「君のことを追いかけ続け、冷たくあしらわれてきて、僕は暗闇の中にいた。そしてもう一年、君からの応答を待つことにした。だが結局・・・君は君のまま、僕は僕のままだ。なぜなんだ。なぜいつも僕を無視したんだ。僕のことをどう思ってたんだい?教えてくれないか。」傷ついたワン・ウェイは言った。
ワン・ウェイの言葉を聞いて、ジンルもまた心が痛み、後悔した。「当時自分に思いやりがなかったためにワン・ウェイを傷つけたこと、そして自分が無関心だったためにワン・ウェイと共に過ごす機会を逃したことを。」ワン・ウェイを見ながら、何年もの間自分を思い続けてきたことにジンルはため息を漏らした。自分はもう若くはなく、未だに付き合っている人もいない。友人はみな結婚し、自分だけひとりでいることを思った。自分も誰かに愛され、強い絆で結ばれたい、そう思った。ワン・ウェイと一緒になることを思った時すらあったのだ。ワン・ウェイが自分を追いかけ続けていたことを思い出し、当時はそれを理解できなかったことを思った。そのワン・ウェイが今でも自分を忘れずにいる。ジンルはそんなワン・ウェイの気持ちに答えて一緒になりたいとさえ感じた。だが彼女の理性は、「ワン・ウェイは結婚しているのよ。クリスチャンとして、証しにならなければ。衝動にかられて自分の感情をそのまま伝えてはいけないわ。神様の要求に沿った行動を取らなければ、神様の御心には沿えないわ。」ジンルはそうは思ったものの、心の奥深くで、彼女の理性は方向を失い、苦しかった。
ジンルは混乱した気持ちを整理し、何ともないように言った。「あのときは次の学期が終わるまであなたを試したかったのよ。もしそれであなたの気持ちが変わらなかったら、付き合ってもいいと思ったの。でもそれから両親の自分に対する期待を考えたわ……こうなることが運命だったのよ。」
感情を抑えてそう言ったものの、ジンルの心は苦しかった。もし当時に戻れるなら、迷わずワン・ウェイと付き合う、そう思った。そうなっていればこんなことにはならなかったのに。だが今、必死に自分の気持ちを抑えようとするジンルの頬を、涙が伝い、ワン・ウェイに涙を見られないと窓の方を向いた。だがワン・ウェイはジンルの涙を察し、急いでティッシュを取ると、ジンルの涙を拭こうとした。
ジンルは心の中で神を呼び求め、誘惑に陥らないように、クリスチャンの証しから外れることのないようにと助けを求めた。ティッシュを受け取り、ジンルは言った。「大丈夫よ。」すると、涙を拭いたジンルの手をワン・ウェイが握って自分の肩に引き寄せた。混乱したジンルは、ワン・ウェイの肩に慰められたかった。恍惚としたジンルが、ワン・ウェイの肩にもたれようとしたその瞬間、神の教えと警告がジンルの心に響いた。「悪を行うすべての人々(姦淫する者、あるいは汚れたお金を扱う者、男女の境界が不明瞭な者、わたしの経営を邪魔したり損なったりする者、霊が塞がれている者、あるいは悪霊に憑かれている者など―わたしの選びの民を除くすべての者たち)について言えば、誰ひとり放免されることも、赦されることもなく、全員がハデスに投げ込まれ、永遠に滅びるだろう。」(『キリストの初めの言葉』より)ジンルがそれは神からの裁きと非難であると感じた途端、彼女は我に返った。ジンルは神が聖なるお方であり、神の性質は義であり背くことができないもので、汚れた肉体関係といい加減な男女関係に関わる者は神が最も嫌われることを知っていた。もし自分が男性と過った関係に陥るなら、永遠に汚れ、罪に定められ、神に嫌われ、呪われることを知っており、クリスチャンとしての証しも神の救いも失うと知っていた。一歩でもワン・ウェイの方に傾けば、自分は完全にダメになると分かっていた。そんな状況の中、ジンルはそれまで感じたことのない恐怖と不安を感じた。ジンルは神の性質に背くことは出来ないと思うと同時に、ワン・ウェイの結婚生活を尊重しなければならないと感じた。もはやワン・ウェイは自分を追いかけていた学生ではなく、妻子ある一人の男性なのだ。ここでジンルが一歩誤れば、ワン・ウェイの家庭が崩壊し、自分は女性として恥ずべき人間になってしまう。神の言葉はジンルの中に、神を畏れる心を呼び起こした。持てる力を振り絞り、ジンルは冷たく言った。「もう手遅れよ。家に帰りたいわ。」
「君はなぜこんなにいつまでも僕を拒否するんだい?君を慰めることもできないのかい?」不満そうにワン・ウェイが言った。
「誤解よ。あなたを拒んでいる訳じゃないわ。敬意を表わしているのよ。あなたには家庭があるんだもの。家族をかんがえなきゃ。」ジンルは落ち着いてそう言った。
「じゃあ僕が離婚したら?そうしたらチャンスはあるかな。口先だけで言ってるんじゃない。」ワン・ウェイはそう言ってジンルに迫った。
その言葉を聞いたジンルの心は再び揺れ、どのような言葉を返せばよいか分からなかった。心の中でただこう祈った。「ああ神様!どうか私の心を守り、あなたのご性質に背くことから私をお守りください。」そう祈ったジンルの心に次の言葉が思い浮かんだ。「彼らの言葉はあなたの心を養い、あなたを虜にする。そうすることであなたが迷い、知らず知らずのうちに引き込まれ、進んで彼らに尽くすようになり、あなたは彼らのはけ口となり、しもべとなるようにする。あなたは不平ひとつ言わず、彼らの思うままになる―彼らにだまされているのだ。」(「あなた方はみな人格が卑しすぎる」より)神の言葉によってジンルはもう一度気づかされ、自分の心が揺れているのは邪悪な欲に陥りそうだからだと気づいた。これはサタンの狡猾な策略による誘惑であり、それによって罪の中を生きるようにさせ、クリスチャンとしての証しを失わせ、堕落の一途を辿って腐敗させようとしているのだ。だから自分がしっかりと見分け、サタンの巧みな策略を知らなければならない、そうジンルは理解できた。ワン・ウェイは既に結婚している。「それは事実だ」一時の甘い言葉に理性を失い、騙されてはならない、そうジンルは理解できた。もし道を誤って間違ったことを言えば、サタンに騙されてサタンに仕えることになり、恥ずべき女となってしまう。そうなれば、ワン・ウェイの家庭は崩壊し、ワン・ウェイの妻子はこの先ずっと苦痛を抱えていくことになり、ジンル自身も神の前に修復不可能な汚れを残すことになる──とんでもない結果になるのだ。
その事に気づいたジンルは気持ちをしっかりと持ち直し、静かに答えた。「おかしなこと言わないで。たとえ離婚しても、私たちは友達でしかないわ。冗談でしょ。さあ家まで送ってくれない?」ジンルの決意が固いことを見取ったワン・ウェイは、それ以上何も言わなかった。
ジンルの家の前に着いてジンルが車を降りようとした時、ワン・ウェイは再びジンルの手を取ろうとした。だがジンルは急いで車を降りて入り口の方へ向かった。家の中に入ったジンルはベッドに倒れ込んだ。今日起きたことを振り返って、なかなか心を静めることができなかった。色んな感情がこみ上げてきた。神の守りがなかったならば、恐らくワン・ウェイの告白と思いやり、慰めに引きずられずにはいなかっただろう。そして醜く不道徳なことをして相手の家庭を崩壊させただろう。そして更に深刻なことは、恐らく感情的誘惑に負けて神の性質に背き、クリスチャンとしての証しを失い、赦されない罪を一生後悔することになっただろう。神の言葉がどれほど大切かを、ジンルは痛感した。それによって神に守られただけでなく、誘惑の中にあっても冷静に、そして自分の言動に敏感でいることができ、正常な人間性を生きることができた。この経験は、ジンルに安らぎと喜びを与えた。ジンルは神に感謝と讃美を献げずにはいられなかった。サタンの誘惑に勝利して堅く立ってクリスチャンとして証しとなることが出来たのは、神の守りがあったからだ。ジンルは神の前に出て感謝の祈りを捧げ、眠りについた。