PSW研究室

専門職大学院の教員をしてる精神保健福祉士のブログ

鬼っ子PSW、世に憚る

2010年04月16日 11時31分26秒 | PSWのお仕事

大学の教員は、年度ごとに「教育・研究業績リスト」というのを出さなきゃいけません。
昨年度、自分が書いたものを整理していたら、こんなのが出てきました。

学内の小冊子に書いたものですが、ここに再録しておきます。
たぶん、版元著作権とか、問題はまったく無いはずなので。

日本社会事業大学のPSW課程10周年に寄せて、書いた駄文ですが。
PSWを志す、若き学徒に伝えておきたいことではあるので…。

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「鬼っ子PSW、世に憚る」

PSWは鬼っ子的存在です。
鬼っ子とは、両親に似ない子ども、歯が生えて生まれた子、荒々しい子、というような意味です。
可愛げ無く、親族からも眉をひそめて疎んじられ、なかなか認知してもらえない、異端児と言えます。
残念ながら、PSWの国家資格は、多くの社会福祉関係者に祝福されないまま、誕生を迎えました。
さながら、鬼っ子のように…。

精神保健領域のPSWが独自資格を求めることについて、社会福祉関係者から厳しい批判がありました。
先行している社会福祉士を、保健医療領域についても基礎資格とするべきで、むしろ対象者に患者を含まないという限定を解除すべきという意見が、当時のMSW協会の主流の意見でした。
会員数百人の弱小PSW協会も、当初はSW共通の統一資格を求め、MSW協会を窓口としての国家資格化を考えていました。

当時のSWたちが、ジェネリックなSW資格に統一すべきというベクトルは、理念としては正論であったと思います。
社会福祉学の名だたる大学の先生からも、PSW単独資格化について諭され、皮肉を言れ、不快感あらわに哄笑もされました。
でも、現場のPSWからすると、そういった上から目線の意見は、どうしても現実から遊離した高見の評論と感じられました。
PSWたちは、社会福祉の専門職としての価値を追究しながらも、目の前の当事者を支え、寄り添う現実路線を優先させたとも言えます。

この国の100年に及ぶ精神障害者の隔離収容政策は、ようやく脱施設化に向けての転換期に入りつつありました。
しかし、一方で、劣悪な環境の精神病院の中で年々高齢化が進行し、棺桶に入って退院する人(ガンバコ退院)の数がどんどん増えようとしていました。
他障害に比べて社会資源も乏しい中で、PSWたちは薄給の中で自ら出資し合いながら、それぞれの地域で支援する新たな資源開拓を進めて行きました。
厳しいY問題への対応を踏まえて、「精神障害者の社会的復権」を自らの専門職アイデティティに掲げたPSWからすれば、国家資格化による現場へのPSW配置こそが突破口であるという方針は、当然の結論であり唯一の戦略だったと思います。

当時東京PSW協会の代表として、単独立法化路線を決議する日本PSW協会の臨時総会の議長を担いましたが、それはPSW自身にとっても、苦渋の選択でした。
大野和男理事長(当時)が進軍ラッパを吹く中、国家資格化の国会請願行動を進めましが、突如国会が解散になったり、他職種団体との力関係の中で、政治的に翻弄された時もありました。
同僚や他病院のMSWからも、罵倒されたり恫喝されたり、はたまた「PSW国家資格化を推進する、あなたの担当する患者は受け入れられない」と理不尽なことを言われたり…。
SWらしからぬ、激しいネガティブな感情表出が横行する中で、とてもスリリングで得難い人生体験を、個人的にはさせてもらいました(笑)。

そんな経緯の中で精神保健福祉士法が制定され、この大学に、この国最初のPSW課程が設けられました。
今から11年前のことです。
PSW国家資格化に諸手を挙げて賛成という雰囲気が無い大学の中で、課程開設に携わった寺谷隆子初代主任教授のご苦労は、並大抵のことではなかったと思います。
あくまでも現場PSWの出身ですし、大学という不慣れな環境の中、針のむしろのような状況の中で、学生たちとPSW養成教育の素地を築き上げて頂きました。

そんな鬼っ子PSWの養成校も、今や全国で150校を超えます。
毎年7千名の国試合格者を輩出し、計4万人が資格登録をしています。
多くの現場にいたPSWらが、教員に転身し、後進の育成に取り組んでいます。
鬼っ子的存在のPSWの職務領域は、今やどんどん拡大しています。
もはや、狭い精神医療領域や地域の福祉施設に止まらず、行政や司法の領域にもPSWが配置され、学校・職場・家庭等のメンタルヘルス領域等に、PSWは活動の場を拡げています。
新しい領域でも、多くのPSWらが四苦八苦試行錯誤しながら実践し、周囲の評価を獲得してきています。
病む個人の変容を求めるだけでなく、苦しみ悩むひとを状況の中で支え、環境を調整し変えてゆくSWの視点と行動が求められています。

鬼っ子は異端ですが、既存のシステムや時代の矛盾を察知し、変えていく力を秘めていす。
時代状況と格闘し、時代を変え、時代を切りひらいていく異端児は、とても大事な存在です。
社大のPSW課程は、そういった福祉の世界での鬼っ子たちを全国に先駆けて輩出してた歴史を、誇って良いと思います。

まだまだ、精神医療の現場には、人権意識の乏しい驚くような出来事がたくさんあります。
PSWの活動領域が広がると言うことは、残念ながら、それだけこの国が病んでいることの証でもあります。
誰もが行き詰まりを感じ、希望に欠け、閉塞感の漂うこの国で、PSWの果たす役割はより大きなものになっています。

若いPSWの諸君が、多くのユーザーと手を携えながら、積年の負債を払拭して、新しい希望に満ちたコミュニティでの実践を展開されることを祈ります。
そして、実践で得られた体験を言語化する努力を怠らず、経験として他者に伝え、広く共有していくことを期待します。
社大という場で学んだことを、誇りを持って次の世代に語り継いで欲しいと、切に願っています。

(「日本社会事業大学精神保健福祉士課程10周年記念誌」36~37ページ、2009年12発行、再録にあたり一部語句を修正)