昨日、病院を退職すると同時に、鍵を返しました。
27年前、PSWとして仕事をし始めた時にもらった、病院の鍵。
精神科の、閉鎖病棟の開け閉めに使われる鍵です。
当時の婦長さんから「命の次に大事なもの」と教えられました。
もし、鍵を紛失したら…。
それを拾った人が、病棟の鍵を開けたら…。
患者さんが病棟から出て、外で事故にあったら…。
仮に、それで、患者さんが亡くなるようなことがあったら…。
実際に、そういった出来事があったと聞きました。
鍵を紛失したナースは、責任を感じて、鬱状態になり、自殺を図ったと…。
人の命を預かる者が、自分の命を粗末にしてはいけない。
精神科では、鍵一本が、人の命を左右することを忘れてはいけない。
そういった教えであったと思います。
精神科のリスクマネジメントの、基本に位置づけられる事柄です。
鉄格子と鍵に代表される、昔ながらの精神科の閉鎖病棟。
鉄格子は、内と外を隔て、鍵は、出入りを阻みます。
今や重い鉄扉は少なくなり、軽やかなオートロックの扉に変わりました
カードキーやナンバーキー、キー付きエレベーター構造の病院も増えています。
鉄格子も過去のものとなりつつあり、開かない、割れない窓がとって代わっています。
見えにくく、柔らかな管理の構造に移りつつありますが、閉鎖病棟であることには変わりません。
管理する者と、管理される者を分け隔てる、権力の象徴としての鍵。
それは、アナクロで幼稚なステレオタイプな捉え方かも知れませんが、変わらぬ事実です。
実習生たちが、初めて鍵を開けて、閉鎖病棟に入る時の緊張感。
患者さんたちと病棟で過ごし、出るときに鍵を閉める行為の、やるせなさ…。
将来PSWになる学生たちには、その感覚と初心を忘れないで欲しいと思います。
重い鉄扉をガシャンと閉め、カチャッと鍵を閉める、日々繰り返される一連の行為…。
その行為の意味と重さを、精神科に従事する者は忘れてはならないと思います。
隔離収容政策の現場の代理実行者として、患者さんの自由を拘束する側に立つということ。
意図していなくても、役割構図的には、そのような立ち位置になります。
例え「患者の側に立つ」ことを徹底していったとしても、矛盾は払拭し切れません。
「出たい」患者さんを出さず、「出たくない」患者さんを出す仕事…。
病院のPSWが、そんな自己矛盾を背負うことの象徴が、この鍵です。
精神科病院を退職し、鍵を返しました。
鍵を返すことで、何が解決した訳でもありません。
この病院も、半年後には開放中心の全室個室の病棟に生まれ変わります。
でも、それでこの国の精神科医療の全体構造が変わる訳ではありません。
鍵を返すことで、僕は病院の外の人間になりました。
ようやく、長期在院から脱出し、社会復帰したということでしょうか?
新しい立ち位置で、自分の為すべき事を、続けていきたいと思います。
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