PSW研究室

専門職大学院の教員をしてる精神保健福祉士のブログ

鍵を返す

2010年04月02日 11時34分33秒 | PSWのお仕事

昨日、病院を退職すると同時に、鍵を返しました。
27年前、PSWとして仕事をし始めた時にもらった、病院の鍵。
精神科の、閉鎖病棟の開け閉めに使われる鍵です。

当時の婦長さんから「命の次に大事なもの」と教えられました。
もし、鍵を紛失したら…。
それを拾った人が、病棟の鍵を開けたら…。
患者さんが病棟から出て、外で事故にあったら…。
仮に、それで、患者さんが亡くなるようなことがあったら…。

実際に、そういった出来事があったと聞きました。
鍵を紛失したナースは、責任を感じて、鬱状態になり、自殺を図ったと…。

人の命を預かる者が、自分の命を粗末にしてはいけない。
精神科では、鍵一本が、人の命を左右することを忘れてはいけない。
そういった教えであったと思います。
精神科のリスクマネジメントの、基本に位置づけられる事柄です。

鉄格子と鍵に代表される、昔ながらの精神科の閉鎖病棟。
鉄格子は、内と外を隔て、鍵は、出入りを阻みます。

今や重い鉄扉は少なくなり、軽やかなオートロックの扉に変わりました
カードキーやナンバーキー、キー付きエレベーター構造の病院も増えています。
鉄格子も過去のものとなりつつあり、開かない、割れない窓がとって代わっています。
見えにくく、柔らかな管理の構造に移りつつありますが、閉鎖病棟であることには変わりません。

管理する者と、管理される者を分け隔てる、権力の象徴としての鍵。
それは、アナクロで幼稚なステレオタイプな捉え方かも知れませんが、変わらぬ事実です。

実習生たちが、初めて鍵を開けて、閉鎖病棟に入る時の緊張感。
患者さんたちと病棟で過ごし、出るときに鍵を閉める行為の、やるせなさ…。
将来PSWになる学生たちには、その感覚と初心を忘れないで欲しいと思います。

重い鉄扉をガシャンと閉め、カチャッと鍵を閉める、日々繰り返される一連の行為…。
その行為の意味と重さを、精神科に従事する者は忘れてはならないと思います。

隔離収容政策の現場の代理実行者として、患者さんの自由を拘束する側に立つということ。
意図していなくても、役割構図的には、そのような立ち位置になります。
例え「患者の側に立つ」ことを徹底していったとしても、矛盾は払拭し切れません。

「出たい」患者さんを出さず、「出たくない」患者さんを出す仕事…。
病院のPSWが、そんな自己矛盾を背負うことの象徴が、この鍵です。

精神科病院を退職し、鍵を返しました。
鍵を返すことで、何が解決した訳でもありません。

この病院も、半年後には開放中心の全室個室の病棟に生まれ変わります。
でも、それでこの国の精神科医療の全体構造が変わる訳ではありません。

鍵を返すことで、僕は病院の外の人間になりました。
ようやく、長期在院から脱出し、社会復帰したということでしょうか?
新しい立ち位置で、自分の為すべき事を、続けていきたいと思います。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿