「栄養バランス説というのはニセ科学、疑似科学だ。」という説を最近よく耳にします。昔からある説ですが、最近の糖質制限食ブームで耳にする回数が増えました。糖質制限食の一部のファンの間で、「すでに米国においては、栄養バランスという概念自体が過去の物となっている。米国の権威ある学会の発表した論文に、その証拠が書いてある。」との話があるのです。
果たしてこれらの話は本当でしょうか。真相を追ってみました。
まず、どうしてこのような説が広まっているのか、背景を整理したいと思います。
まず、我が国では昭和期から様々な栄養政策が行われており、その一環として栄養バランス指導が行われていた訳ですが、特に現在国が推進しているのが、2005年に厚労省と農水省が作成した「食事バランスガイド」です。これは様々な食品を、穀類、乳製品、果物などに分類して、各分類の中でそれぞれどれぐらいの量食べるとちょうど良いのか、図示したものです。
糖質制限食ファンの一部の方は、「厚労省等が唱える食事バランスは間違いであり、本当は肉や魚を沢山食べて、糖質の多い食品(米やパンや果物など)をうんと減らす方がいいのだ。」という主張のために、栄養バランス説はニセ科学だと唱えています。
一方で、明治時代半ばから存在する「食養」(今日の玄米食運動や、マクロビオティックの基本原理。食養道と呼ぶこともある。)の理論では、穀物を沢山食べて、肉・魚・乳製品・果物を減らすべきだと唱えている(注1)ので、やはり「国の指導している栄養バランスは間違いだ。」と主張します。
従って、食養ファンの中には「糖質制限食はニセ科学」と主張する人もいるのですが(注2)、糖質制限食ファンも食養派もどちらも、「栄養バランスは間違いだ」「果物は身体に良くない」という部分では主張が一致する、というなかなか興味深い構図です。
以上が議論の背景です。それでは「すでに米国においては、栄養バランスという概念自体が過去の物となっている。米国の権威ある学会の発表論文に、その証拠が書いてある。」という話は本当なのでしょうか?この噂では論文名が明らかにされていたので、早速読んでみましたが、そこには驚くべきことが書いてありました。
何を隠そうその論文は、「糖尿病の患者さんの場合、個人によって適切な栄養バランスが異なる。」という内容であり、健常者の場合に栄養バランス指導が無意味だと証明した論文ではないのです。
そこで、今度は米国政府の公式見解を調べてみました。すると米国政府も栄養バランスを指導していました。具体的にはUSDA(アメリカ合衆国農務省)のMy Plateという政策がこれに該当します。
My Plateのページは膨大な情報量なので、どのページからたどれば情報にたどり着くか、ここでご紹介します。(2016年5月7日現在の情報です。ページの配置やリンク等が予告なく変更されることがあります。)
まず、USDAのホームページトップの右上、Popular Topics からDietary Guidelineをクリックしてください。2015~2020年の米国人向け食事バランスのページが開きます。このページのリストからMy Plateを選択してください。すると、「詳細は英語またはスペイン語で入手できます。」というページが出ますのでお好きな言語をどちらか選んでください。ここで認証画面が出ますが特に認証せずにNo,thanks.を選んでも次に進むことができます。
これでMy Plateの詳細ページに入れ、様々な食品の、一日当たりのバランス情報が入手できます。例えばAll about the Fruits Group のページを見ると、年齢性別ごとの適切な果物の量が表で表されています(表は折りたたまれているので、展開して読んでください)。例えば女性19~31歳なら果物は2カップ必要だとされています。カップの量も別表で詳しく紹介されており、例えば今日はリンゴを食べようと思ったら、表を展開して見て、「小さいリンゴなら1つで1カップなんだな」と分かる仕組みになっています。つまり、適量の果物を食べることをお勧めする、というのが米国政府の公式見解なのです。
同様にAll about the Protein Food Groupのページを見ると、女性19~31歳なら5と二分の1オンス等量が必要だと書いてあります。1オンス等量とは、例えば肉を食べたいなら、1オンスの焼いた赤身肉の牛、豚、ハムに該当すると書いてあります(ちなみに1オンスは約28.3グラム)。
このように、My Plateのページでは様々な食品について1日に適切な量が、これでもかというほど詳しく紹介されていますので、「アメリカでは栄養バランスという考え自体が過去の物である。」という噂は、デマでした。
ところで、栄養バランス指導が本当に身体に良い証拠はあるのでしょうか?これは日本の研究成果ですが、国立がん研究センターの多目的コホート研究において、厚労省と農水省の「食事バランスガイド」を遵守している人は、総死亡率、循環器疾患死亡リスクが低下することが明らかになりました。http://epi.ncc.go.jp/jphc/773/3787.html
やっぱり我が国の指導している「栄養バランス」は健康に良いのです。ですから、「栄養バランス説はニセ科学だ。」という話も、真に受ける必要はありません。
もちろん、糖質制限食は糖尿病など一部の患者さんにとって有効というデータも出ていますので、糖質制限食それ自体が否定されるわけではありません。ただ、糖質制限食はまだ歴史が浅くて、健康な人がそれを長年続けた場合のリスクなどは分かっていないのです。また、腎臓に負担が掛かる可能性も懸念されます。ですからこそ、糖質制限食がどういう体質の人に有効で、どれくらいの期間続けて良いのか、またどういう人は避けるべきなのかなど、エビデンスが積み重ねられることが大事だと思います。
糖質制限食について医学的に厳密に研究されている先生方がいらっしゃる一方で、一部のファンが「栄養バランスなんて嘘だ。米国では栄養バランスという概念自体が終わっている。」と唱えるのを見て、とても残念に思います。これではひいきの引き倒しで、糖質制限食の研究者の方々もさぞ困っていることでしょう。糖質制限食は糖尿病などの患者さんにとっては福音になるかも知れないのです。だからこそ医学的事実に基づいた議論が広まることを願っています。
(注1)今日の食養理論や、その派生理論である玄米食運動とマクロビ等では、「野菜を多く食べた方が良い」と変化していますが、昭和初期までの食養理論では、野菜も含めたすべてのおかずを減らして、玄米と味噌汁と漬け物だけの食事にした方が健康になれると唱えていたので、別名「穀食主義」とも呼ばれていました。
(注2)前にこのブログの「臼歯は穀物の歯!?」の中で説明した通りです。臼歯は穀物を食べるために存在している歯だという考えは、食養の始祖である石塚左玄氏が考案したものです。
果たしてこれらの話は本当でしょうか。真相を追ってみました。
まず、どうしてこのような説が広まっているのか、背景を整理したいと思います。
まず、我が国では昭和期から様々な栄養政策が行われており、その一環として栄養バランス指導が行われていた訳ですが、特に現在国が推進しているのが、2005年に厚労省と農水省が作成した「食事バランスガイド」です。これは様々な食品を、穀類、乳製品、果物などに分類して、各分類の中でそれぞれどれぐらいの量食べるとちょうど良いのか、図示したものです。
糖質制限食ファンの一部の方は、「厚労省等が唱える食事バランスは間違いであり、本当は肉や魚を沢山食べて、糖質の多い食品(米やパンや果物など)をうんと減らす方がいいのだ。」という主張のために、栄養バランス説はニセ科学だと唱えています。
一方で、明治時代半ばから存在する「食養」(今日の玄米食運動や、マクロビオティックの基本原理。食養道と呼ぶこともある。)の理論では、穀物を沢山食べて、肉・魚・乳製品・果物を減らすべきだと唱えている(注1)ので、やはり「国の指導している栄養バランスは間違いだ。」と主張します。
従って、食養ファンの中には「糖質制限食はニセ科学」と主張する人もいるのですが(注2)、糖質制限食ファンも食養派もどちらも、「栄養バランスは間違いだ」「果物は身体に良くない」という部分では主張が一致する、というなかなか興味深い構図です。
以上が議論の背景です。それでは「すでに米国においては、栄養バランスという概念自体が過去の物となっている。米国の権威ある学会の発表論文に、その証拠が書いてある。」という話は本当なのでしょうか?この噂では論文名が明らかにされていたので、早速読んでみましたが、そこには驚くべきことが書いてありました。
何を隠そうその論文は、「糖尿病の患者さんの場合、個人によって適切な栄養バランスが異なる。」という内容であり、健常者の場合に栄養バランス指導が無意味だと証明した論文ではないのです。
そこで、今度は米国政府の公式見解を調べてみました。すると米国政府も栄養バランスを指導していました。具体的にはUSDA(アメリカ合衆国農務省)のMy Plateという政策がこれに該当します。
My Plateのページは膨大な情報量なので、どのページからたどれば情報にたどり着くか、ここでご紹介します。(2016年5月7日現在の情報です。ページの配置やリンク等が予告なく変更されることがあります。)
まず、USDAのホームページトップの右上、Popular Topics からDietary Guidelineをクリックしてください。2015~2020年の米国人向け食事バランスのページが開きます。このページのリストからMy Plateを選択してください。すると、「詳細は英語またはスペイン語で入手できます。」というページが出ますのでお好きな言語をどちらか選んでください。ここで認証画面が出ますが特に認証せずにNo,thanks.を選んでも次に進むことができます。
これでMy Plateの詳細ページに入れ、様々な食品の、一日当たりのバランス情報が入手できます。例えばAll about the Fruits Group のページを見ると、年齢性別ごとの適切な果物の量が表で表されています(表は折りたたまれているので、展開して読んでください)。例えば女性19~31歳なら果物は2カップ必要だとされています。カップの量も別表で詳しく紹介されており、例えば今日はリンゴを食べようと思ったら、表を展開して見て、「小さいリンゴなら1つで1カップなんだな」と分かる仕組みになっています。つまり、適量の果物を食べることをお勧めする、というのが米国政府の公式見解なのです。
同様にAll about the Protein Food Groupのページを見ると、女性19~31歳なら5と二分の1オンス等量が必要だと書いてあります。1オンス等量とは、例えば肉を食べたいなら、1オンスの焼いた赤身肉の牛、豚、ハムに該当すると書いてあります(ちなみに1オンスは約28.3グラム)。
このように、My Plateのページでは様々な食品について1日に適切な量が、これでもかというほど詳しく紹介されていますので、「アメリカでは栄養バランスという考え自体が過去の物である。」という噂は、デマでした。
ところで、栄養バランス指導が本当に身体に良い証拠はあるのでしょうか?これは日本の研究成果ですが、国立がん研究センターの多目的コホート研究において、厚労省と農水省の「食事バランスガイド」を遵守している人は、総死亡率、循環器疾患死亡リスクが低下することが明らかになりました。http://epi.ncc.go.jp/jphc/773/3787.html
やっぱり我が国の指導している「栄養バランス」は健康に良いのです。ですから、「栄養バランス説はニセ科学だ。」という話も、真に受ける必要はありません。
もちろん、糖質制限食は糖尿病など一部の患者さんにとって有効というデータも出ていますので、糖質制限食それ自体が否定されるわけではありません。ただ、糖質制限食はまだ歴史が浅くて、健康な人がそれを長年続けた場合のリスクなどは分かっていないのです。また、腎臓に負担が掛かる可能性も懸念されます。ですからこそ、糖質制限食がどういう体質の人に有効で、どれくらいの期間続けて良いのか、またどういう人は避けるべきなのかなど、エビデンスが積み重ねられることが大事だと思います。
糖質制限食について医学的に厳密に研究されている先生方がいらっしゃる一方で、一部のファンが「栄養バランスなんて嘘だ。米国では栄養バランスという概念自体が終わっている。」と唱えるのを見て、とても残念に思います。これではひいきの引き倒しで、糖質制限食の研究者の方々もさぞ困っていることでしょう。糖質制限食は糖尿病などの患者さんにとっては福音になるかも知れないのです。だからこそ医学的事実に基づいた議論が広まることを願っています。
(注1)今日の食養理論や、その派生理論である玄米食運動とマクロビ等では、「野菜を多く食べた方が良い」と変化していますが、昭和初期までの食養理論では、野菜も含めたすべてのおかずを減らして、玄米と味噌汁と漬け物だけの食事にした方が健康になれると唱えていたので、別名「穀食主義」とも呼ばれていました。
(注2)前にこのブログの「臼歯は穀物の歯!?」の中で説明した通りです。臼歯は穀物を食べるために存在している歯だという考えは、食養の始祖である石塚左玄氏が考案したものです。