いよいよ松姫峠へツーリングだ。
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青梅で奥多摩線に乗り換えて、窓の外の景色に山や渓谷が見え始めると、ワクワクしてきて思わず一人でニンマリしてしまう。
駅の改札を出て自転車を組むのに都合がよさそうな場所を目で探したが、なかなか適当な場所が見当たらない。下が濡れていたり、自転車を立てかける壁がなかったりだ。隅のほうに木製のベンチが1つあり、そこなら何とかなりそうだと思ったけれど、そのベンチには先客があったんだ。暇そうな爺さまが手持無沙汰そうに座っているよ。そりゃあ、こっちも爺さまだけど、むこうはもうちょっと年配の爺さまだよ。どうもどこかへ行きそうにない。仕方がないから、そのベンチの近くにあった電柱を、自転車を立てかけるのに利用することにして作業を始めたよ。すると、爺さまがいろいろ話しかけてきたんだ。
「どこからきたんだ」
「どこへ行くんだ」
「自転車はいくらするんだ」
そんな爺さまの質問にいちいち答えながら作業をしていたものだから、全然集中できないんだよ。順序を間違えてやり直したりしていて時間がかかりすぎてしまったんだ。駅には8時半過ぎに着いたのに、すでに9時半近くだよ。さあ、早くコンビニを見つけて食料と水を仕入れなければ。
「雨が降らなければいいんだけれどね」
「今日は降らないよ」
「それじゃあ」
「頑張って行きな」
爺さまと別れてペダルを踏み始めた。いつも思うんだけど、こぎ始めは自転車が違うんじゃないかと思うほどペダルが軽いんだ。空気を切って走るのが実に気持ちがいいよ。
コンビニはすぐに見つかり、食料と水をしこたま買い込んでフロントバッグが割れそうにふくらんだよ。
氷川大橋から渓谷を眺める。これから先の景色の素晴らしさを予感させるね。
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奥多摩駅から小河内ダムまではトンネルが多いんだ。国道はなるべく走りたくない。ちょっと時間がかかるかもしれないけれど奥多摩むかし道を走ることにしたんだ。氷川大橋から2キロほど国道を走った橋詰バス停のところからむかし道に入ったんだ。車の多い国道からいきなり静かな山道になった。
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涼しいねえ。坂を登っていても風がひんやりと気持ちいい。山の空気、いいねえ。緑が深いねえ。
なんだか懐かしいようなたたずまいの家があるよ。
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気持ちよく走って行ったが、どこでどう道を間違えたのか、また国道に戻ってしまったんだ。国道に出ると、右を見ても左を見てもトンネルの入り口がある。どっちのトンネルに入るべきか一瞬迷って危うく奥多摩駅のほうに戻ってしまいそうになったよ。後戻りして道を探すのも時間がもったいないので、とりあえずそのまま国道を行くことにしたんだ。白髭トンネルのほうに入ったよ。国道のトンネルはいやだねえ。車やダンプが後ろから襲いかかってくるようで空恐ろしいよ。
白髭トンネルを出たところで、運よくむかし道へ戻れる道があったんだ。よかったね。再び静かな道をどんどん進んで行ったよ。少しあわてていたので見どころをほとんど見落としてしまったけれどね。
しだくら吊り橋だ。
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吊り橋の下は惣岳渓谷だよ。
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ここで写真を撮ろうと自転車を止めて立てかけたんだ。その立てかけ方が悪かったんだね、ちょっと目を離したすきに静かな山の中にガシャンと大きな音を立ててひっくり返ってしまったんだよ。あれまあ。どこか壊れていないかと恐る恐る起してみたよ。あ~あ、ブルックスのサドルに擦り傷ができてしまった。へこむなあ。まっ、これも旅の思い出だよ。そう思うことにしたよ。
少し行ったところにまた吊り橋があった。道所吊り橋だ。
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吊り橋の上から下を見るのはちょっと怖いね。恐ろしくて背筋がぞくぞくするよ。それでも見たい。結局手すりのそばには近寄れなかったよ。
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国道へ戻る坂道の途中で、道所吊り橋が下のほうに見えたよ。
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国道の中山トンネルの前に出た。このトンネルをぬけると奥多摩湖だ。トンネルの中は暗い。ときどきダンプや車の一団が追いかけてくるんだ。下のほうの信号が変わるたびに、信号待ちしていた車が一団となってやってくるんだね。この一団をやり過ごすまでが怖いよ。壁にこすれそうに端へ寄りながらハンドルをしっかり握ってペダルをこぐんだ。あ~こわ。
やっとトンネルをぬけて、小河内ダムの上に出たよ。奥多摩湖はきれいだねえ。雨が降らないから水はすこし少ないようだったけどね。
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どこまでもきれいな奥多摩湖が続くよ。遠くにダムの水門が見える。
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緑の山と湖と。いいねえ。水は翡翠色だ。
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水のある風景っていうのはいつ見ても癒されるねえ。心が引き込まれるねえ。人々が集まり観光地になるわけだね。
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青空と緑の中にひときわ鮮やかな赤い峰谷橋だ。
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そして次に深山橋を渡る。
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しばらくは気持ちよくペダルが回る。けれど、だんだん勾配がきつくなってきたんだ。小菅村の手前3,4キロがちょっときつかったね。でも、まだまだこれは序の口だと思って頑張ったよ。本当に序の口だったんだからね。
小菅村役場の前の橋に着いた。この辺の標高は650メートルくらいだよ。
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予定ではここに11時には着きたいと思っていたけれど、もうじき12時だよ。ゆっくり休みたいとこだけど、すぐに出発さ。自転車の組み立てとむかし道で時間をだいぶ潰してしまったから仕方ないね。
小菅村を過ぎるといよいよ勾配がきつくなり始めたんだ。ときには10パーセントを越えるところもあるみたいだよ。ガンバレ、ガンバレ。
鶴峠への分岐点を過ぎると、民家はなくなりいよいよ峠道だ。
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熊の目撃情報ありだとか、落石注意だとか、ちょっとビビるような看板が現れるんだ。登っても登っても上り坂が続くよ。7,8パーセントはあるんだろうね。
そのうち空が曇ってきたんだ。なんだか怪しい雲行きだよ。今にも降り出しそうな暗い雲だ。いやだなあ。と思った時、ゴロゴロと聞こえたんだ。曇っているだけなら涼しくていいんだけどなあ。そんなことを考えながらよいしょ、よいしょペダルをこいでいると、いよいよポツンと来た。ありゃあ、と思う間もなくポツリポツリ始まったよ。しかし止まない雨ではなさそうだね。そのまま進んでいると、そのうち山の木の枝葉を鳴らしてたくさん降ってきたんだ。しかし、すでに木の枝葉が雨足をさえぎってくれるほどの山の中だ。しばらく木の枝の下で様子を見ていたが、なかなか止みそうにもないので、雨具を着て再び走りだしたよ。あまり時間を潰したくなかったからね。雨具を着てもそれほど暑く感じなかったのはよかったよ。標高と雨のせいでだいぶ気温が下がっていたんだね。
標高1000メートルくらいのところからきつくなり始めたよ。膝のあたりが痛み出したんだ。どうにも耐えきれなくなるまでペダルを踏む。少し休むとまたいくらか走れるようになる。300メートルか400メートル進んでは少し休み、また同じくらい走っては休み、少しずつ登って行ったよ。
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誰が見ているわけでもないし、これは旅なのだから押したっていいじゃないかと、自転車を降りて押してみたけれど、ペダルをこぐより息がはずんできて苦しくなるんだ。それでも200メートルも押したかね。再びサドルにまたがったよ。スピードが遅いといっても歩いて押すより早いようだ。膝の痛みが限界に来るまでペダルをこぎ、ほんの少し休んではまたこぐ。休んだ後はちょっとだけペダルが軽くなるよ。幸い雨は峠に近付くにつれて弱まってきたんだ。
峠まであと2,3キロのあたりからはきついこと地獄のようだったよ。まだ地獄には行ったことがないけどさ。多分こんな辛さだろうね。ナビで標高を確かめ、峠までの距離を確認しながら、みみ爺は頑張ったよ。
土砂崩れ箇所の工事をしているところがいくつかあった。現場の人にあいさつして進んでいくと、
「もうすぐだよ。あの角を曲がったらてっぺんだよ」
声が飛んできた。フーきつい、と笑って答えたよ。
これで暑かったら本当にたまらない。1000メートルを越えるとこんなに涼しくなるんだなあ。もう少し、もう少し、あの角までガンバレ、ガンバレ。自分を励ましながらペダルを踏んだよ。
角を曲がると、本当に峠が見えた。車が止まっていたので峠だとわかったよ。すると急に力が尽きてしまったんだ。あと50メートルくらいなのにね。でもそこで力尽きた。もう駄目だと思ったよ。
峠には人が2,3人いるようだった。ちょいと休んで最後のひと頑張りさ。
とうとう松姫峠だ。
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うれしいねえ。頑張ったねえ。いい景色が迎えてくれたよ。
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峠の碑の前でお昼にしたんだ。2時を少し過ぎていたよ。小菅村の橋から2時間くらいかかったね。きっと遅いほうなんだろうね。まっ、いいさ、気ままな旅なんだからね。とか何とかぶつぶつ言い、おにぎりを食べ、お湯を沸かしてカップヌードルも食べた。その後はお決まりのコーヒーさ。これがたまらなくおいしいんだよ。
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雲の間から日差しが降り注いできて素晴らしい眺めだね。
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3時に峠を出発。300メートルくらい下ったろうかね、今日一番の眺望に出会ったよ。はるか下の谷底にこれから下って行く道が見えるんだよ。
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これを下って行くのかと思うと怖いようだよ。どんな下り坂だろうね。山が深いのがよくわかるよ。山の襞や頂がそれを感じさせるんだ。
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猿橋までの24キロはずっと下りだ。峠まであんなに頑張ったご褒美だね。いいねえ、下り坂。ダウンヒル最高!峠最高!途中、また落石注意の看板が出てきた。そんなところを走っている時、すぐ後ろで小石が落ちてくる音がしたのであわてたよ。お~こわ。
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道がカーブしている緑の奥に小さな滝があったり、迫力のある岩の斜面があったり、景色に飽きることがないね。
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白草トンネルの手前、天望橋という橋があり、そこで一休み。山の空気はいいねえ。
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白草トンネルは中で大きくカーブしているんだよ。トンネルを出てどんどん下って行くよ。スピードが出過ぎるので要注意だ。
深城湖と深城ダムだよ。水の色が深いのは雨が少ないせいだろうね。
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それからしばらく下ると、民家がちらほら現れてきたよ。空はすっかり晴れて、山の緑を明るく染めている。しかしだいぶ日が傾いているね。山の影が隣の山の斜面にかかり始めているからね。4時を過ぎていたよ。
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遠くに見えるのは土砂崩れの跡だね。生々しくえぐられているね。
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そろそろ猿橋も近い。葛野川の流れだ。この川もきれいだねえ。
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いよいよ今日のランドナー一人旅も終わりに近づいてきた。峠までの上りは本当に辛かったけれど、素晴らしい景色の中を快適に下ってきた今は、その辛さをすでに忘れかけているよ。次はどこへ行こうか、どの峠を登ろうかと、もう頭の隅で考えているんだ。年だから、身体がいうことをきかなくなるまでに、それほど間はないだろう。そう思うと、次は次はと考えてしまうんだ。
田園風景の中を緩やかに下って行くと、前方に中央自動車道の高架橋が現れた。
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24キロのダウンヒルは本当に最高だったね。
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青梅で奥多摩線に乗り換えて、窓の外の景色に山や渓谷が見え始めると、ワクワクしてきて思わず一人でニンマリしてしまう。
駅の改札を出て自転車を組むのに都合がよさそうな場所を目で探したが、なかなか適当な場所が見当たらない。下が濡れていたり、自転車を立てかける壁がなかったりだ。隅のほうに木製のベンチが1つあり、そこなら何とかなりそうだと思ったけれど、そのベンチには先客があったんだ。暇そうな爺さまが手持無沙汰そうに座っているよ。そりゃあ、こっちも爺さまだけど、むこうはもうちょっと年配の爺さまだよ。どうもどこかへ行きそうにない。仕方がないから、そのベンチの近くにあった電柱を、自転車を立てかけるのに利用することにして作業を始めたよ。すると、爺さまがいろいろ話しかけてきたんだ。
「どこからきたんだ」
「どこへ行くんだ」
「自転車はいくらするんだ」
そんな爺さまの質問にいちいち答えながら作業をしていたものだから、全然集中できないんだよ。順序を間違えてやり直したりしていて時間がかかりすぎてしまったんだ。駅には8時半過ぎに着いたのに、すでに9時半近くだよ。さあ、早くコンビニを見つけて食料と水を仕入れなければ。
「雨が降らなければいいんだけれどね」
「今日は降らないよ」
「それじゃあ」
「頑張って行きな」
爺さまと別れてペダルを踏み始めた。いつも思うんだけど、こぎ始めは自転車が違うんじゃないかと思うほどペダルが軽いんだ。空気を切って走るのが実に気持ちがいいよ。
コンビニはすぐに見つかり、食料と水をしこたま買い込んでフロントバッグが割れそうにふくらんだよ。
氷川大橋から渓谷を眺める。これから先の景色の素晴らしさを予感させるね。
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奥多摩駅から小河内ダムまではトンネルが多いんだ。国道はなるべく走りたくない。ちょっと時間がかかるかもしれないけれど奥多摩むかし道を走ることにしたんだ。氷川大橋から2キロほど国道を走った橋詰バス停のところからむかし道に入ったんだ。車の多い国道からいきなり静かな山道になった。
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涼しいねえ。坂を登っていても風がひんやりと気持ちいい。山の空気、いいねえ。緑が深いねえ。
なんだか懐かしいようなたたずまいの家があるよ。
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気持ちよく走って行ったが、どこでどう道を間違えたのか、また国道に戻ってしまったんだ。国道に出ると、右を見ても左を見てもトンネルの入り口がある。どっちのトンネルに入るべきか一瞬迷って危うく奥多摩駅のほうに戻ってしまいそうになったよ。後戻りして道を探すのも時間がもったいないので、とりあえずそのまま国道を行くことにしたんだ。白髭トンネルのほうに入ったよ。国道のトンネルはいやだねえ。車やダンプが後ろから襲いかかってくるようで空恐ろしいよ。
白髭トンネルを出たところで、運よくむかし道へ戻れる道があったんだ。よかったね。再び静かな道をどんどん進んで行ったよ。少しあわてていたので見どころをほとんど見落としてしまったけれどね。
しだくら吊り橋だ。
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吊り橋の下は惣岳渓谷だよ。
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ここで写真を撮ろうと自転車を止めて立てかけたんだ。その立てかけ方が悪かったんだね、ちょっと目を離したすきに静かな山の中にガシャンと大きな音を立ててひっくり返ってしまったんだよ。あれまあ。どこか壊れていないかと恐る恐る起してみたよ。あ~あ、ブルックスのサドルに擦り傷ができてしまった。へこむなあ。まっ、これも旅の思い出だよ。そう思うことにしたよ。
少し行ったところにまた吊り橋があった。道所吊り橋だ。
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吊り橋の上から下を見るのはちょっと怖いね。恐ろしくて背筋がぞくぞくするよ。それでも見たい。結局手すりのそばには近寄れなかったよ。
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国道へ戻る坂道の途中で、道所吊り橋が下のほうに見えたよ。
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国道の中山トンネルの前に出た。このトンネルをぬけると奥多摩湖だ。トンネルの中は暗い。ときどきダンプや車の一団が追いかけてくるんだ。下のほうの信号が変わるたびに、信号待ちしていた車が一団となってやってくるんだね。この一団をやり過ごすまでが怖いよ。壁にこすれそうに端へ寄りながらハンドルをしっかり握ってペダルをこぐんだ。あ~こわ。
やっとトンネルをぬけて、小河内ダムの上に出たよ。奥多摩湖はきれいだねえ。雨が降らないから水はすこし少ないようだったけどね。
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どこまでもきれいな奥多摩湖が続くよ。遠くにダムの水門が見える。
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緑の山と湖と。いいねえ。水は翡翠色だ。
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青空と緑の中にひときわ鮮やかな赤い峰谷橋だ。
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そして次に深山橋を渡る。
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しばらくは気持ちよくペダルが回る。けれど、だんだん勾配がきつくなってきたんだ。小菅村の手前3,4キロがちょっときつかったね。でも、まだまだこれは序の口だと思って頑張ったよ。本当に序の口だったんだからね。
小菅村役場の前の橋に着いた。この辺の標高は650メートルくらいだよ。
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予定ではここに11時には着きたいと思っていたけれど、もうじき12時だよ。ゆっくり休みたいとこだけど、すぐに出発さ。自転車の組み立てとむかし道で時間をだいぶ潰してしまったから仕方ないね。
小菅村を過ぎるといよいよ勾配がきつくなり始めたんだ。ときには10パーセントを越えるところもあるみたいだよ。ガンバレ、ガンバレ。
鶴峠への分岐点を過ぎると、民家はなくなりいよいよ峠道だ。
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熊の目撃情報ありだとか、落石注意だとか、ちょっとビビるような看板が現れるんだ。登っても登っても上り坂が続くよ。7,8パーセントはあるんだろうね。
そのうち空が曇ってきたんだ。なんだか怪しい雲行きだよ。今にも降り出しそうな暗い雲だ。いやだなあ。と思った時、ゴロゴロと聞こえたんだ。曇っているだけなら涼しくていいんだけどなあ。そんなことを考えながらよいしょ、よいしょペダルをこいでいると、いよいよポツンと来た。ありゃあ、と思う間もなくポツリポツリ始まったよ。しかし止まない雨ではなさそうだね。そのまま進んでいると、そのうち山の木の枝葉を鳴らしてたくさん降ってきたんだ。しかし、すでに木の枝葉が雨足をさえぎってくれるほどの山の中だ。しばらく木の枝の下で様子を見ていたが、なかなか止みそうにもないので、雨具を着て再び走りだしたよ。あまり時間を潰したくなかったからね。雨具を着てもそれほど暑く感じなかったのはよかったよ。標高と雨のせいでだいぶ気温が下がっていたんだね。
標高1000メートルくらいのところからきつくなり始めたよ。膝のあたりが痛み出したんだ。どうにも耐えきれなくなるまでペダルを踏む。少し休むとまたいくらか走れるようになる。300メートルか400メートル進んでは少し休み、また同じくらい走っては休み、少しずつ登って行ったよ。
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誰が見ているわけでもないし、これは旅なのだから押したっていいじゃないかと、自転車を降りて押してみたけれど、ペダルをこぐより息がはずんできて苦しくなるんだ。それでも200メートルも押したかね。再びサドルにまたがったよ。スピードが遅いといっても歩いて押すより早いようだ。膝の痛みが限界に来るまでペダルをこぎ、ほんの少し休んではまたこぐ。休んだ後はちょっとだけペダルが軽くなるよ。幸い雨は峠に近付くにつれて弱まってきたんだ。
峠まであと2,3キロのあたりからはきついこと地獄のようだったよ。まだ地獄には行ったことがないけどさ。多分こんな辛さだろうね。ナビで標高を確かめ、峠までの距離を確認しながら、みみ爺は頑張ったよ。
土砂崩れ箇所の工事をしているところがいくつかあった。現場の人にあいさつして進んでいくと、
「もうすぐだよ。あの角を曲がったらてっぺんだよ」
声が飛んできた。フーきつい、と笑って答えたよ。
これで暑かったら本当にたまらない。1000メートルを越えるとこんなに涼しくなるんだなあ。もう少し、もう少し、あの角までガンバレ、ガンバレ。自分を励ましながらペダルを踏んだよ。
角を曲がると、本当に峠が見えた。車が止まっていたので峠だとわかったよ。すると急に力が尽きてしまったんだ。あと50メートルくらいなのにね。でもそこで力尽きた。もう駄目だと思ったよ。
峠には人が2,3人いるようだった。ちょいと休んで最後のひと頑張りさ。
とうとう松姫峠だ。
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うれしいねえ。頑張ったねえ。いい景色が迎えてくれたよ。
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峠の碑の前でお昼にしたんだ。2時を少し過ぎていたよ。小菅村の橋から2時間くらいかかったね。きっと遅いほうなんだろうね。まっ、いいさ、気ままな旅なんだからね。とか何とかぶつぶつ言い、おにぎりを食べ、お湯を沸かしてカップヌードルも食べた。その後はお決まりのコーヒーさ。これがたまらなくおいしいんだよ。
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雲の間から日差しが降り注いできて素晴らしい眺めだね。
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3時に峠を出発。300メートルくらい下ったろうかね、今日一番の眺望に出会ったよ。はるか下の谷底にこれから下って行く道が見えるんだよ。
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これを下って行くのかと思うと怖いようだよ。どんな下り坂だろうね。山が深いのがよくわかるよ。山の襞や頂がそれを感じさせるんだ。
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猿橋までの24キロはずっと下りだ。峠まであんなに頑張ったご褒美だね。いいねえ、下り坂。ダウンヒル最高!峠最高!途中、また落石注意の看板が出てきた。そんなところを走っている時、すぐ後ろで小石が落ちてくる音がしたのであわてたよ。お~こわ。
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道がカーブしている緑の奥に小さな滝があったり、迫力のある岩の斜面があったり、景色に飽きることがないね。
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白草トンネルの手前、天望橋という橋があり、そこで一休み。山の空気はいいねえ。
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白草トンネルは中で大きくカーブしているんだよ。トンネルを出てどんどん下って行くよ。スピードが出過ぎるので要注意だ。
深城湖と深城ダムだよ。水の色が深いのは雨が少ないせいだろうね。
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それからしばらく下ると、民家がちらほら現れてきたよ。空はすっかり晴れて、山の緑を明るく染めている。しかしだいぶ日が傾いているね。山の影が隣の山の斜面にかかり始めているからね。4時を過ぎていたよ。
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遠くに見えるのは土砂崩れの跡だね。生々しくえぐられているね。
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そろそろ猿橋も近い。葛野川の流れだ。この川もきれいだねえ。
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いよいよ今日のランドナー一人旅も終わりに近づいてきた。峠までの上りは本当に辛かったけれど、素晴らしい景色の中を快適に下ってきた今は、その辛さをすでに忘れかけているよ。次はどこへ行こうか、どの峠を登ろうかと、もう頭の隅で考えているんだ。年だから、身体がいうことをきかなくなるまでに、それほど間はないだろう。そう思うと、次は次はと考えてしまうんだ。
田園風景の中を緩やかに下って行くと、前方に中央自動車道の高架橋が現れた。
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24キロのダウンヒルは本当に最高だったね。