
各駅停車を乗り継いで3時間20分。8時33分にやっとJR甲斐大和駅に着いた。ずいぶん遠くへ来たもんだ。特急を利用すればもう少し早く着くだろうがね。しがない年金生活者、交通費はできるだけ安くあげたい。
ここへ着くまでは、車窓の外の空は曇っていたけれど、自転車を組み始めた頃から、輝く白い雲の端々に真っ青な空が見られるようになったよ。予報では、甲州市の天気は一日晴れマークだったからね。
駅近くのセブンイレブンで水とあんぱんを仕入れ、出発。(ちなみに、あんぱんはファミリーマートで売られている“十勝粒あんぱん”というのが個人的には一番おいしいと思う)
国道20号線から逸れて景徳院へ向かう道を上って行く。さほど暑くもない。秋の日差しがめいっぱい降り注いでいるよ。真っ白い雲の隙間に澄んだ青空がちらほら覗いている。最高の旅の予感がするよ。

軽めのギアーで坂を上って行くと、間もなく景徳院の入口に着いたよ。後で知ったんだけど、有名な三門(山門)はこの門のさらに奥にあるらしい。見てみたかったね。この門だってそれなりの趣があっていいんだけれど、ちょっと惜しいことをしたよ。

景徳院からは少し勾配が増してきたよ。
龍門の滝を過ぎたあたりからは、勾配10%くらいの上り坂が5キロほど続くんだよ。


事故でもあったのかね。お地蔵さんが置かれているよ。

だいぶ高いところまで上って来たよ。この辺りで標高800m位だろうか。勾配もだいぶ厳しくなってきたね。もうすでに汗でびっしょりだよ。でも気持ちのいい汗だ。

この天目トンネルを抜けると間もなく焼山沢真木林道への分岐点だ。トンネルの脇には旧隧道があるが今は塞がれているよ。

いよいよ県道と林道の分岐点だ。

さあいよいよ林道だ。標高1600mまで無事に上れるだろうか。まあ、無理せずにゆっくり行こうかね。
右が焼山沢真木林道だよ。

林道に入るとすぐ、周囲はすさまじいばかりの沢の水音に包まれた。

こんな古い橋があったよ。苔むしたコンクリートの欄干はところどころ欠けている。古い橋というのは何か落ち着く。いい雰囲気の橋だね。焼山橋というんだ。

橋の上からの焼山沢の急流だよ。先の方に堰堤から落ちる水が見える。幅広い木綿の一枚布を上から垂らしたような真っ白い水の帯だ。

かなりの急流だよ。道の勾配もきついわけだ。

なんだかおどろおどろしい幟がたくさん立っているよ。八大龍王神社というらしい。

急勾配はまだまだ続く。沢の水音がどこまでもついてくる。

しかし日差しは秋の日差しでそれほど強くない。木陰を吹きぬけてくる山の風も心地よい。
今日はなんだかすこぶる体調がいいようだ。淡々とリズムを取ってペダルを回していると息も上がらないし疲れも感じない。ずっと10%ほどの勾配が続いているのに。3本ローラーのおかげでペダリング効率が上がったんだろうかね。それとも、年とともにそげ落ちていた筋肉がいくらか戻って来たのだろうか。

林の中を沢の水が駆け下りているのが見える。その急流の音に絶えず背中を押されながら急勾配を上り続けたよ。
空がきれいだ。山がきれいだ。この辺で標高1250mだ。ずいぶん上ってきたね。しかし、まだまだ急勾配だよ。

いくらか勾配が緩くなったと思う頃、湯の沢峠への徒歩道の入口に着いたよ。

勾配が落ち着いてくると、林も切れて景色が開けてきた。山と空と雲がきれいだね。

今日は連休明けの初日だ。車にもバイクにも自転車にも会わないよ。静かだなあ。この林道を一人で楽しむなんてもったいないね。

緩くなった勾配の上り坂を、山の景色を存分に味わいながらゆっくり上って行くよ。

おやっ、富士山だよ。雲の上に頭を出している。

あずまやがあったよ。

休んでいると、林道管理の関係者の車が来て停まった。
「よくここまで上ってきましたね」
「ええ、まあのんびり」
「ここから先は、ちょっと上って、あとはだいたい平らな道ですよ」
「日川林道のゲートまでまだだいぶありますか」
「3キロくらいですね。でもそれほど急な上りじゃありませんよ」
「そうですか。よかった」
「実は電話をかけに来たんですよ。ここまで来ると棒が3本立つんですよ」
そう言って携帯電話を出したので、こちらもかみさんや友人に写メールでもと思ったけれど、みみ爺の携帯は残念ながら圏外のままだったよ。
あずまやのそばに林道の案内板があったよ。ここはまだ焼山沢真木林道の途中で、日川林道の分岐点はもう少し先だ。

この辺りは既に標高1500mを越えている。景色は当然すばらしいよ。山々の絶景を眺めながらのんびりとペダルを回す。まだ上りは続いているけれど、勾配が緩やかなので景色を楽しむ余裕がある。


おや、遠くに上日川ダムが見えるよ。さらにその先には大菩薩嶺の姿がくっきりと浮かんでいる。あの下を走って行くんだね。

ときどき自転車を止めて、すばらしい景色をカメラに納めずにはいられない。

ようやく日川林道への分岐点に着いた。もう急勾配の上りはないと思うとホッとしたね。

こちらは焼山沢真木林道終点の湯の沢峠方面だ。

ここからは、日川林道の終点まで多少のアップダウンはあるものの、そんなにきつくはないらしい。距離も6キロほどで、たいしたことはない。日川林道の終点まで走ったらお昼にしようかね。お腹もすいてきたしね。

ここまで来ればもう時間を気にして焦ることもないよ。のんびり行こうかね。空が真っ青だよ。今日はついてる。


あれはきっと大菩薩嶺だろう。こんなに近く見られるなんてちょっと嬉しい。

さあ、日川林道の終点に着いた。県道218号線だよ。なんだか道の様子が林道とあまり変わらないね。

県道に出て間もなく、上日川ダムのダム湖が見えるところがあったよ。見られたのはこの一カ所だけだった。危く見落としそうになったがね。

このダム湖は大菩薩湖というそうだ。湖は全体の姿を全く現わさなかったが、山と山に挟まれたわずかな空間にその一部分を覗かせていた。それがかえって全体の美しさを想像させるよ。
美というものはそんなものかもしれない。あからさまに全部出してしまったら、かえってたいしたことはなかったりする。

そろそろお昼にしようかと思ったけれど、なかなかいい場所が見つからなかった。それで上日川峠まで行くことにした。
最後の上り坂だよ。勾配は8%くらいだ。2キロほど続く。頑張ろう。ピークを過ぎればあとは峠まで下り坂だよ。

やっと上日川峠に着いた。峠というと、坂をのぼりつめたてっぺんにあるような気がするけど、ここはピークから約1.2キロ下ったところにあるんだね。
平日だから人は少ない。たまに大菩薩嶺の方から山道を下りてくる登山者の姿がある。

ロッヂ長兵衛のテーブルをお借りしてお昼にしたよ。
カップヌードルが今日は特別においしく感じられた。お腹がすいていたのもあるが、汗で身体から塩分が出てしまっていたからかね。

と、立てかけてある自転車の前にしゃがみこんで、しげしげと眺めている人がいたよ。
「ランドナーですね。最近見なくなりましたよね」
と言う。リアディレーラーの辺りを念入りに見ている。
「これはいつ頃買われた自転車ですか」
「もうかれこれ15,6年前になります」
「このディレーラーはその頃からあったんですか」
「それは取り換えたものです。その他にもいろいろ」
「そうですよね」
「ガード、サドル、ハブ、クランク、ペダル…あとこまごまと」
「へえー、それじゃあ最初からのものはフレームくらいのものですか」
「そんなことはありません。リム、ハンドル、キャリア―、ブレーキなど以前のままです」
「私も、ルマンを持っているんですけど、もう錆びだらけで赤い塗装が赤じゃなくなっちゃいましたよ。今は楽なので二輪ばかりに乗っています」
ルマンとは、きっと宮田のルマンツーリズムだろうかね。いいなあ。乗らないなんてもったいないなあ。
「…失礼ですがおいくつですか」
「65です」
「私は58年前の今日生まれました。今日が誕生日なんです」
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。…ほんとにランドナーって見なくなりましたよね」
なおもしげしげと眺めて、
「ありがとうございました」
と離れて行った。それから間もなく駐車場の車の陰から、名前は知らないが大きめのオートバイが低音のエンジン音を響かせて出てきた。お互いに片手を上げて挨拶して別れたよ。オヤジのオートバイ姿というのもなかなかカッコイイね。
コーヒーも飲んで、たっぷり休んで、出発することにした。
ここから塩山駅まではわずか16キロほどで、しかも下り坂だよ。1時間もあれば着いてしまうだろうね。
峠からの眺めだ。たぶんあのあたりが裂石の集落になるのだろうか。

いよいよ裂石に向かって豪快な下り坂の始まりだよ。
峠までの県道218号線は峠を境に201号線に変わるんだね。


下り始めてすぐに大菩薩嶺が見えたよ。こんなに近くまで上って来たんだね。今日はいつになく達成感が大きい。焼山沢真木林道の上りでも押し歩きなしでペダルを回し続けることができたからね。
雄大な大菩薩嶺の姿を眺めていると何だか感慨深いものがあるよ。

また少し下って行くと、今度は国道411号線のループ橋が見える処に来たよ。次はあのループ橋の上を走ってみたいね。

山々がきれいだねえ。少し西に傾いた日差しを浴びて、谷と稜の陰影がはっきりしている。それに青空と雲の表情も素晴らしいね。手前に見えるガードレールはこれから下って行く道だ。

次に現れたのは大きな堰堤を落ちる水の眺めだ。上から押し流されてきた大量の土砂や岩をせき止めて、もう限界に近いね。涼感たっぷりの水音が辺りを占めているよ。

さあ下って行こう。爽快な下りを楽しもう。


ヒューッ!気持ちいいー!


どれだけあったか忘れてしまうほどたくさんの素敵なカーブを走り抜け、そろそろ裂石の集落だ。
苔むして古く細い石段を見つけたよ。かなり上まで続いている。趣のある石段だね。
石段は一段一段が傾いていたり、ずれていたりする。

登って行くと山門に“裂石山”とある。

ここは1260年の歴史を持つ雲峰寺という寺で、国の重要文化財に指定されているそうだよ。

ドラマの「武田信玄]、映画の「影武者]のロケ地にもなったらしい。また、小説[大菩薩峠]を書くために、作家の中里介山が起居していたということでも有名だそうだ。

これもまた立派な桜の木だね。


石段は198段あるそうだよ。ずいぶん高いね。


雲峰寺近くの沢の姿だ。いいねえ。

さあ、柳沢峠から下りてくる青梅街道・国道411号線に出たよ。塩山までもうすぐだね。

国道を快適に飛ばして下って行くよ。

振り返るたびに、遥かな青空の下に大菩薩嶺の姿が浮かんでいる。


前方にぽっこりと小さな塩山やま(塩ノ山)が見えてきた。

まだ大菩薩嶺は見えるよ。

塩山やまがどんどん近付く。もうすぐ旅も終りだ。

予定より早い時間に塩山駅に着いたよ。
疲れた。でもその何倍も何十倍も楽しかったね。65歳、まだまだ頑張れそうだ。

…ところが、じつは家に帰った2日目から、10日ほど風邪をこじらせて寝込んでしまったんだよ。歳をとったということかね。淋しいねえ…