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「釜泥(その参)」柳家三三の場合
柳家三三師匠の「釜泥」の続きで、最終回です。
お爺さんの独り言から始まります。
まぁ、噺の中に出てくる泥棒ってなぁ、こういう、
大立者(おおだてもの)じゃぁございません。
石川五右衛門の子分の手下の、そのまた、子分、三代子孫なんて、
随分、安直なところが出てまいりますが、...。
「なんだい、親分、えぇえ。
俺たちぃ、みんな集めちゃって、なんか用ですか?」
「あぁ、他のことじゃねぇや。
俺たちの先祖の五右衛門、どうも、評判がよくねぇや。
なんぞってぇと、おめぇ、釜茹(う)でだ、釜茹でだって、馬鹿にされるじゃねぇか。
これというのもな、世の中に、釜なんてものがあるからいけないんだ。
どうでぃ、みんなでもって、手分けして、これから、世間中の釜って釜、
そっくり、盗んじまおうじゃねぇか。
おめぇ、江戸の町から、釜なんてものが無くなりゃ、誰も、釜茹でなんて言わなくなるぜぃ。
どうでぃ。」
「えぇー。
か、釜、盗んじゃうって、おい、
そんなことして、いいんすかねぇ。」
「うん、構わねぇ。」
なんて、いろんなこと言いまして、...。
これから、江戸の町でもって、釜泥棒が大流行(おおはやり)。
あぁ、いろんなところでもって、困ったんですけど、
一番、弱ったのが豆腐屋さんだったそうでございますが、...。
「婆さん。
婆さん、ちょっと、こっちへ来ておくれ。
はぁ、弱ったねぇ。
何度めだい、釜、盗まれたのは?
俺たち、豆腐屋が、釜に茹でる大釜、えっ、豆、茹でる大釜、盗られたら、
商売、上がったりだ。
あーぁ、買っちゃぁ盗られ、買っちゃぁ盗られ、もう、どうにもしょうがねぇや。
いや、端(はな)ぁね、これ、なんだ、
商売敵(がたき)が、嫌がらせでもしてんのかと思ったら、そうじゃぁねぇんだよ。
えぇえ、なんでもなぁ、あぁぁ、世間中の豆腐屋が、釜ぁ盗まれて弱ってるってんだ、あぁ。
こんだ、買った、釜ぁ盗られたら、もう、こっちゃぁね、店ぇ畳まなくちゃいけねぇ。
で、いろいろ、どうしようかと考えてな、
今晩から、おらぁ、釜の中で寝てやろうと思ってな。」
「あらぁ、お爺さん。
釜の中でなんぞ寝て、どうなりますか?」
「どうなるこたぁねぇや。
あぁ、釜ん中で寝てりゃ、泥棒が盗もうってんで、ウッ。
持ち上げりゃ、グラっと揺れるから、目が覚めんだろ。
そしたら、俺は、釜の蓋(ふた)をポーンと跳ね上げてな、
あぁ、芝居気取りで、見得(みえ)切ってやろうと思ってな。
『釜中(かまなか)鹿之助(しかのすけ)、いやっ、知らねぇぇかぁ。』
なぁんてなぁ。」
「あっはっははは、よぉよぉ、お釜屋ぁ。」
「変な褒めようするんじゃないよ、お前。
俺がぁ、釜ん中で見得、切ったら、婆さん、すぐに、目ぇ覚ましてくれ。
大丈夫かい?」
「あぁ、大丈夫ですよ。
あたしゃぁ、目は、かすんでますが、耳だけは、若いもんにだって負けませんから。」
「そうかい。
じゃ、耳のいいところでもって、すぐに、目ぇ覚ましてな、
で、枕元に、金盥(かなだらい)、置いといて、そいつを擂り粉木(すりこぎ)で、
ガンガンガーン、ひっぱたきながら、
『泥棒だぁ。』
って、怒鳴ってくれ。
えぇ、そうすりゃ、近所の連中が出てきて、泥棒、とっ捕まえてくれるだろう。」
「あぁぁ、うまくいきますかね?」
「まぁまぁ、やってみなくちゃ分からんよ。
そうこう言ってるうちに、だいぶ、夜が更けてきた。
じゃ、俺は、そろそろ、釜ん中へ入るから。」
「あぁ、そうですか。
どうぞ、ちょうど、今、空(す)いてますから。」
「当たりめぇだよ。
俺と婆さんと二人しかいねぇのに、釜が混んでてどうしようってんだ。
あぁ、釜ん中入る前に、ちょいとな、あの、座布団を一枚、敷いといてもれぇてんだ。」
「あらぁ、どうしてです?」
「鉄の釜に、直(じか)に座ってたら、ケツが冷えるから、布団を敷いとくれってんだよ。」
「んっ、くっ、...うぅ、やっぱり、お釜は、痔に悪い。」
「何を、くだらねぇこと言ってんだ。
品の無い、ばばあだね、お前は、えぇえ。
あぁ、布団、敷いたか、よし、よし。
じゃ、入るからね。
よっ、あ゛ぁ、どっこいしょの、しょっと。
入ったよ。」
「どんな、塩梅(あんばい)ですぅ?」
「うぅん、住めば都ってのかねぇ。
しんとして、いいもんだよ。」
「あ、そうですか。
はい、じゃ、お爺さん。
おやすみなさい。」
「婆さんっ。
どうして、蓋を、ぴったり閉めんだよ、お前。
中で、息が続かねぇじゃねぇか。
ちょいと、ずらせ、ずらせ。
あぁあぁ、それでいいや。
月の夜は、三日月なりに、ほんのり明かりが入って、おもしれぇもんだよ、うん。
じゃあ、あの、いいかい、えっ、釜中 鹿之助ったら...。」
「大丈夫ですよ。
耳だけは、負けない...。」
「あぁ、そうか、分かった、分かった。
そいじゃぁな、頼んだよ。
ああっ、それからね、婆さん。
明日の朝、起きてきて、いつものように、いきなり、釜の下、焚き付けるんじゃないよ、お前。
中ぁ、あたしが入ってるんだからね。
あたしを起こして、表へ出して、それから、豆ぇ仕込んで、火ぃ付けなきゃいけねぇよ。
分かってるなぁ?」
「.........。
えっ?」
「おぉ、よせよ、おい。
急に、聞こえねぇふりするなよ。
危ねぇ、ばばあだ。」
「あぁ、はいはい、おやすみよ。」
「さぁ、これで、来るなら来(き)やがれってんだ。
待てよぉ。
こら、今晩、泥棒がへぇりゃぁいいけどなぁ。
へぇらねぇってっと、こらぁ、釜ん中、
一晩、ボーっと、ぶっつわってんのは退屈だねぇ。
婆さぁん。
婆さんっ。」
「なんです、爺さん。」
「早いね、おい。
寝たのかい?」
「横んなりましたよ。」
「あのねぇ、釜ん中、一人で座ってるのは退屈なんだよ。
ちょいと、こんなことしてぇから、支度しておくれな。」
「どんなことです?」
「えっ、だから、退屈なんだよっ。
こんなことをしたいから、支度をしておくれってんだよっ。」
「どんなことです?」
「だから、こんなことだよっ。」
「どんなこと?」
「夜が明けちゃうよ、おい。
えぇ、酒を呑みたいから、ちょいと、支度をしておくれっての。」
「なんですねぇ、お釜ん中で、お酒なんぞ、呑まな...。」
「いいじゃねぇか。
ぐずぐず、理屈を言わねぇで、えぇっ。
いいから、早く、持ってきておくれ。
あぁ、よしよしよし、あいあいあいっ、いいよ、受け取ろうじゃねぇか。
あっ、あいあいっ。
婆さんっ。
どうして、ぴったり、閉めたがるんだよ。
えぇ、ものには、愛想がなくちゃいけないよ。
一杯でいいから、お酌をしてってくれ。」
「嫌ですよ、そんな、釜の中の小さなお猪口に、お酒を注ぐなんて。
天井から目薬を注(さ)すような、一文銭の穴を槍で突くような、
蟻の巣穴へ、おしっこをするような、...。」
「うるさいね、お前はぁ。
分ぁかった、いいよ、一人で、やるから、寝ちまいな。
ったく、何を..... ほらっ、これだよ。
えぇえ。
これ、お前、なんだよ。
酒、持ってこいってっと、ほんとに、酒しか持ってこない。
ちょいと、脇に、つまみでも乗ってりゃ、それだけで、
こっちは、いい心持ちなんだよなぁ。
ぐつぐつ、理屈ばっかりこねて、ちっとも、気を働かせねぇんだ。
大学、出た、前座みてぇなもんだなぁ。
.......。
んんっ?
なんだよ、普段の酒も、呑む場所が変わると、また、旨いもんだねぇ。
はっはぁ、こりゃぁ、いいや。」
ってんで、お爺さん、釜ん中で、ちびちび、ちびちび。
そのうちに、酒の酔いと、昼間の疲れが、合わさったものか、
いつの間にか、ぐっーすり、寝込んだ、真夜中時分。
いくら、厳重に戸締りがしてあっても、そこは、泥棒商売。
二人組(ににんぐみ)が、忍び込むってぇと、荒縄でもって、釜をグルッ。
でぇー、天秤棒をつっ通すってぇと、
「どっこいしょ。」
ってんで、担ぎだした。
「あっあっあああ、兄ぃ。
今日も、上手くいきましたねぇ。」
「えぇえ、大きな釜だ、これぇ。」
「潰して、売ったら、幾らぐらいなりますかねぇ。」
「んなこた、どうでもいいんだぃ。
俺たちは、儲けずくじゃねぇ。
先祖の供養んなるから、やってんだ。
いいから、黙って担げ。」
「黙って担げったって、うれしいな。
あっ、また、今日は、十五夜ですよ、えぇえ。
月夜に釜ぁ抜くってのは、これですかねぇ。」
「うるせぇな、おめぇは。
いいから、黙って歩けってんだ。」
「黙って歩けったって、これ、うれしくなっちゃうなぁ。」
「ぐぅーーーーーくわぁー、ぐぅーーーーー。」
「おいっ。
.....。
おいっ。
釜ぁ、担ぎながら、寝るんじゃねぇよ、おめぇは。」
「あっしは、寝てませんよ。
大きな目ぇ開(あ)いてますよ。」
「だって、おめぇ、大きな鼾(いびき)かいてたじゃねぇかよ。」
「鼾なんか、かいて...。
んなぁもなぁ、聞こえません。
気のせいですよ、気のせい。」
「気のせぇ、そうかなぁ。」
「婆さぁん。
婆さぁん。」
「ひっぱたくぞ、この野郎。
釜、担ぎながら、婆さん呼んで、どうすんだよぉ。」
「やっ、だから、あっしは、なんにも言ってねぇってんですよ。
気のせいですよ。」
「気のせいかぁ。
なんか、気味(きび)がわりぃなぁ。」
「婆さぁんっ。
水ぅ、一杯、おくれぇ。」
「化(ば)けたぁー。」
ってぇと、泥棒は、釜を、おっぽり出して、逃げちまう。
「うわぁー、っと。
婆さん、大変だ。
地震だ、地震だ、逃げなくちゃいけねぇ。
地震だけど、こんな、ぐるぐる回る地震てなぁ、また、初めてだねぇ。
おぉ、逃げなくちゃいけねぇが、
ちょい、ちょい、ちょいと、...。
あぁ、おさまってきた。
さぁさぁ、婆さん、早く、逃げなくちゃいけねぇ。
よっこいしょっの、しょっと。
ほら、逃げなくちゃ、い・け...。
婆さぁん、今夜は、家(うち)を盗まれた。」
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