ハラボジの履歴書

祖父が日本に渡って来なければならなかった物語を記憶に基づき
在日100年が過ぎようとしているいま書き留めておく。

再生の達人を観た

2009年01月23日 | Weblog
 大量消費、大量生産の時代は終焉した。
サブプライムローンの破綻から世界同時テロの時代から同時不況へと移行し、
今その人の暮らし向きを大きく変えなければならない
時代がおとずれたのだが。

四国は香川丸亀市でリフォーム工事と設備工事を行いながら、リサイクルショップを4店舗経営する、藤井耕二氏にこのたび出会い。
その彼が経営する店舗をこのたび見せてもらう機会を得た。

「全てのものは生きている」といったところが
このリサイクルショップを行うキーワードとなって、ピノキオという
店名で展開している。
ピノキオの物語はご存知のごとく、木の人形がゼベットじいさんの
思いがいつしかピノキオに新たな命を吹きかけて人の命がやどり
人へと再生する物語であるが
そういった思いからこのリサイクルショップを始めるきっかけと
なったらしい。

確かに、これまであるリサイクルショップではなく、店にはいれば
すべての品物があらたに磨きぬかれ、時代を経てもあらたに
この店にきて新しい命が吹き込まれたように並んでおり、
小物から、家具、電化製品、そしてあらゆる生活用品まで
全てのものが揃っていた。
善通寺店では、店の中に昭和をテーマにした部屋があり、
それこそ、古きよき時代の昭和、「三丁目の夕日」そのものを
演出されており、その時代の品物が多く展示されていた。

私設の昭和記念館なるスペースがあった。
思わず、私も幼い時代に体験した暮らしへの思いが甦る。

使い捨てになれてしまい、消費は美徳なる時代を経て、
いつしか、便利さの追求で豊かさを忘れたのが、
今日のような時代を現出しているのであれば、
本当の循環型社会、人の暮らしの再生というものを
こうした物の再生、再利用を通して見つめるという
事も出来そうだ。

藤井耕二氏の「全てのものは生きている」といった
言葉の意味が店を通して見えたような思いがした。

写真 リサイクルショップピノキオ 愛媛店

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