黒式部の怨念日記

怨念を恐るる者は読むことなかれ

ジョン・ウィリアムズも大海

2024-11-28 08:05:05 | 音楽

「バッハはBach(小川)ではない、Meer(大海)だ」と言ったのはベートーヴェンだそうだ。バロックの様式がバッハ一人にみんな入ってるからだ。同じことがジョン・ウィリアムズにも言えると思う。ジョン・ウィリアムズの音楽も実に多彩。金管が咆哮する「スターウォーズ」「スーパーマン」もあれば、ヴァイオリンがすすり泣く「シンドラーのリスト」もある。恐怖をあおる「ジョーズ」もあれば、泣かせる「ET」もある。まるで、教会音楽のような「Exultate Justi」もある。

これらのうち、「金管が咆哮する」でくくった「スターウォーズ」「スーパーマン」の2曲については、巷間似てると言われる。たしかに似たようなフレーズはある。しかし、私は、西に「似てる」という話を聞けばそっちに行って「ちゃう」と言い、東に「同じだ」という話を聞けばそっちに行って「違う」と言う。スターウォーズは、威勢良く始まった後、ゆっくりになってレーア姫のテーマとかが出てきて、それから帝国のマーチも登場したりして、最後、再びメインテーマに戻る(後の方になると、しんみりと終わることも多くなった)。その間、曲想は千々に変化する。つまり変幻自在な交響詩である。それに対し、スーパーマンは、一貫して、タンタタ、タンタタ、ンタタタタタのリズムに支配されている(ボレロのように)。中間部で叙情的なメロディーが出てきても変わることはない。すなわちマーチなのだ。じゃ、私はどっちが好か。そりゃあ、すべてのきっかけはスターウォーズである。私がジョン・ウィリアムズ好きになったのもスターウォーズであった。だが、スーパーマンの音楽の脳天気さは異次元である。前記のリズムに裏打ちされた二つの主題が、これでもかと言うほど転調を重ねて出てくる。クリストファー・リープが亡くなった後、別の人で「スーパーマン・リターンズ」が公開されたとき(音楽全般はジョン・オットマンだったがメインテーマだけはオリジナルのウィリアムズのが使われた)、このテーマを聴いて涙が出た。スーパーマンを聴いて泣く人はそうそうおるまい。

泣くと言えば、私の人生で映画を見てもっとも泣いた三本の中に入るのが「E.T.」である。特に最終盤。E.T.がエリオットに「come!」って言うシーン(え?一緒に行こうってこと?それほどエリオットが好きになったの?)。それに対してエリオットは「stay」って言う。そして抱擁シーン。少年と異形の地球外生物の抱擁は、どんな美男美女のハグシーンよりも心に残る。だが、泣かしている張本人は、実はジョン・ウィリアムズの音楽だと思う。評論家の吉田秀和によると、(バラの騎士の作曲者の)リヒャルト・シュトラウスは、泣くものかと言いながらホントは泣きたくてハンカチを用意しつつオペラ劇場にやってくるご婦人方の涙のスイッチを心得ていて、そこをきゅっとひねって必ず泣かせるのだそうだ。「E.T.」の音楽を書いたジョン・ウィリアムズも同じだと思う。因みに、某通販会社の社長さんなら「E.T.」を「イーテー」と言うのだろうか。

ジョン・ウィリアムズは怖がらせるのも上手である。「ジョーズ」で大サメが近づくときの音楽、ティーラ、ティーラ、ティラ、ティラ、ティラ、ティラ……も当時話題になった。この作品は「スターウォーズ」より前であった。因みに、ドヴォルザークの「新世界」の第4楽章もティーラ、ティーラ、ティラ、ティラ、ティラ、ティラ……である(厳密に言うと、「新世界」は「ティーイラ」である(「イ」が入る))。

と書いてきたが、実は、私がジョン・ウィリアムズの音楽で一番好きかもしれないのは「太陽の帝国」のエンドロールで流れた「Exultate Justi」。少年合唱で、ポリフォニーの要素も入ってて、ルネサンス・バロックの宗教曲のよう。レパートリーに入れている合唱団も多いようで、動画がいくつかアップされている。まっさらな気持ちで聴くと快活な曲なのだが、私はセンチメンタルな気持ちになる。というのも、この映画を初めて観たのは、飲んで帰れなくなって入った新宿のオールナイトの映画館で、当時は入れ替えなどなかったから朝になるまで三回は見たと思うのだが、その映画が戦争で親とはぐれて大陸を彷徨う少年の物語で、最後、親と再会してThe End、そして件の音楽が始まるのだが、それを一晩に三回も観たものだから、私の脳内で少年の苛酷な体験が音楽と結びついて、で、感傷的な気分になるのである。

因みに、飲んで帰れなくなる、という体験は、若いときのみならず、つい最近まで数え切れぬほどしてきたワタクシである。すいぶん人生を浪費したな、と思う反面、ジョン・ウィリアムズの「Exultate Justi」との出会いは飲んで帰れなくなったからだから、悪いことばかりでもなかったかも、と開き直るワタクシである。

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