ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

うつらうつら

2011-05-06 17:41:53 | Weblog
昨晩ひさしぶりにお米を炊いた。
お米のとぎ汁をズッキーニちゃんにあげたら、今日はますます元気。
天然の食物連鎖というか、人の営みが自然のサイクルにあってたころの真似をすると、
いろいろといいことがある。

一番合理的な生活をしていたのは、文明開化よりも前だったのじゃないかとも思う。
この100年あまりの日本の生活の変化は、
世界の流れの中で必然性があったと思うし、
実際に他国へ行って、あまりにも潔癖な日本人の反応を見ると、
もう、もとには戻れないとも思うのだけれど。
私も、92年にはじめて中国へ行くまでは、本当に本当にいまから考えると驚くくらい潔癖だったしなあ。

さて、ここ数日、家に引きこもりながら、ある物語の世界に入っていた。
その世界が好きかどうかではなくて、とにかく入っていた。
たぶん、GWの残りも、このまま入り続ける。

ここ数日、物語の世界に入りつつも、
作業部屋の外をときたま走る近所の子どもの声を聞いていた。
バタバタ走る音はうるさいし、子どもは奇声を発する。唐突だしうるさい。
思わず苦情を言おうかと思ってしまうが、
一日に数回だし、それぞれ短いから、そのまま受け止めることにした。

そしてふと思い出した。
GW前の朝、その子どもが登校するときにバッタリと顔をあわせた。
ランドセルを背負った男の子で、割合に美形、しかも賢そうな顔をしていた。
たぶん、運動神経もそこそこいい。モテるタイプだ。
瞬時にそれを見分けたので、「おはようございます」と声をかけた。
すると、きちんと「おはようございます」と返事をしてくれた。
ただ、「苦虫を潰したような顔」をしていて、
会話の前後、しきりにお母さんを呼んでいた。
お母さんは、学校まで送って行くようだった。

うちから学校までは、どれだけ牛歩をしても、たぶん5分でついてしまう。
そんな距離だったので、私は小さいころ、寄り道ができず不満だったのだけれど、
彼にとっては、その道のりが非常に苦痛で長いもののようだった。

学校に行きたくない時はある。私はいまでも会社に行きたくないし。
そういえば、義務教育のあいだは、しぶしぶ。
高校はなんとなく。
大学は、せっかく入れてくれた親への申し訳なさから勉強だけ一生懸命。
でも、コミュニティにはあまりなじめず、だった。

きっと、学校に行くのがつらい彼は、
これから先の長い人生のうち、いつか登校や通勤が楽しいと思う時があり、
やっぱり自分は馴染めないと思う時もあるだろう。
でも、1つだけ確実に言えるのは、世界は近くなるということ。
英語だけやっとけ。文法ではなくて、会話と単語量だけあれば、なんとかなるさ。
そう。英語でなくてもいい。
外国が1つできれば、自分の生活を外から眺めることができる。

それは、島国に生まれた私たちにとって、何にもまさる財産になる。
砂漠の人が緑や水を贅沢と思うのと、同じことだ。

などと、うつらうつら考え、少し刑事コロンボのDVDを見ることにする。
あのドラマのシナリオは秀逸だ。