昨晩ひさしぶりにお米を炊いた。
お米のとぎ汁をズッキーニちゃんにあげたら、今日はますます元気。
天然の食物連鎖というか、人の営みが自然のサイクルにあってたころの真似をすると、
いろいろといいことがある。
一番合理的な生活をしていたのは、文明開化よりも前だったのじゃないかとも思う。
この100年あまりの日本の生活の変化は、
世界の流れの中で必然性があったと思うし、
実際に他国へ行って、あまりにも潔癖な日本人の反応を見ると、
もう、もとには戻れないとも思うのだけれど。
私も、92年にはじめて中国へ行くまでは、本当に本当にいまから考えると驚くくらい潔癖だったしなあ。
さて、ここ数日、家に引きこもりながら、ある物語の世界に入っていた。
その世界が好きかどうかではなくて、とにかく入っていた。
たぶん、GWの残りも、このまま入り続ける。
ここ数日、物語の世界に入りつつも、
作業部屋の外をときたま走る近所の子どもの声を聞いていた。
バタバタ走る音はうるさいし、子どもは奇声を発する。唐突だしうるさい。
思わず苦情を言おうかと思ってしまうが、
一日に数回だし、それぞれ短いから、そのまま受け止めることにした。
そしてふと思い出した。
GW前の朝、その子どもが登校するときにバッタリと顔をあわせた。
ランドセルを背負った男の子で、割合に美形、しかも賢そうな顔をしていた。
たぶん、運動神経もそこそこいい。モテるタイプだ。
瞬時にそれを見分けたので、「おはようございます」と声をかけた。
すると、きちんと「おはようございます」と返事をしてくれた。
ただ、「苦虫を潰したような顔」をしていて、
会話の前後、しきりにお母さんを呼んでいた。
お母さんは、学校まで送って行くようだった。
うちから学校までは、どれだけ牛歩をしても、たぶん5分でついてしまう。
そんな距離だったので、私は小さいころ、寄り道ができず不満だったのだけれど、
彼にとっては、その道のりが非常に苦痛で長いもののようだった。
学校に行きたくない時はある。私はいまでも会社に行きたくないし。
そういえば、義務教育のあいだは、しぶしぶ。
高校はなんとなく。
大学は、せっかく入れてくれた親への申し訳なさから勉強だけ一生懸命。
でも、コミュニティにはあまりなじめず、だった。
きっと、学校に行くのがつらい彼は、
これから先の長い人生のうち、いつか登校や通勤が楽しいと思う時があり、
やっぱり自分は馴染めないと思う時もあるだろう。
でも、1つだけ確実に言えるのは、世界は近くなるということ。
英語だけやっとけ。文法ではなくて、会話と単語量だけあれば、なんとかなるさ。
そう。英語でなくてもいい。
外国が1つできれば、自分の生活を外から眺めることができる。
それは、島国に生まれた私たちにとって、何にもまさる財産になる。
砂漠の人が緑や水を贅沢と思うのと、同じことだ。
などと、うつらうつら考え、少し刑事コロンボのDVDを見ることにする。
あのドラマのシナリオは秀逸だ。
お米のとぎ汁をズッキーニちゃんにあげたら、今日はますます元気。
天然の食物連鎖というか、人の営みが自然のサイクルにあってたころの真似をすると、
いろいろといいことがある。
一番合理的な生活をしていたのは、文明開化よりも前だったのじゃないかとも思う。
この100年あまりの日本の生活の変化は、
世界の流れの中で必然性があったと思うし、
実際に他国へ行って、あまりにも潔癖な日本人の反応を見ると、
もう、もとには戻れないとも思うのだけれど。
私も、92年にはじめて中国へ行くまでは、本当に本当にいまから考えると驚くくらい潔癖だったしなあ。
さて、ここ数日、家に引きこもりながら、ある物語の世界に入っていた。
その世界が好きかどうかではなくて、とにかく入っていた。
たぶん、GWの残りも、このまま入り続ける。
ここ数日、物語の世界に入りつつも、
作業部屋の外をときたま走る近所の子どもの声を聞いていた。
バタバタ走る音はうるさいし、子どもは奇声を発する。唐突だしうるさい。
思わず苦情を言おうかと思ってしまうが、
一日に数回だし、それぞれ短いから、そのまま受け止めることにした。
そしてふと思い出した。
GW前の朝、その子どもが登校するときにバッタリと顔をあわせた。
ランドセルを背負った男の子で、割合に美形、しかも賢そうな顔をしていた。
たぶん、運動神経もそこそこいい。モテるタイプだ。
瞬時にそれを見分けたので、「おはようございます」と声をかけた。
すると、きちんと「おはようございます」と返事をしてくれた。
ただ、「苦虫を潰したような顔」をしていて、
会話の前後、しきりにお母さんを呼んでいた。
お母さんは、学校まで送って行くようだった。
うちから学校までは、どれだけ牛歩をしても、たぶん5分でついてしまう。
そんな距離だったので、私は小さいころ、寄り道ができず不満だったのだけれど、
彼にとっては、その道のりが非常に苦痛で長いもののようだった。
学校に行きたくない時はある。私はいまでも会社に行きたくないし。
そういえば、義務教育のあいだは、しぶしぶ。
高校はなんとなく。
大学は、せっかく入れてくれた親への申し訳なさから勉強だけ一生懸命。
でも、コミュニティにはあまりなじめず、だった。
きっと、学校に行くのがつらい彼は、
これから先の長い人生のうち、いつか登校や通勤が楽しいと思う時があり、
やっぱり自分は馴染めないと思う時もあるだろう。
でも、1つだけ確実に言えるのは、世界は近くなるということ。
英語だけやっとけ。文法ではなくて、会話と単語量だけあれば、なんとかなるさ。
そう。英語でなくてもいい。
外国が1つできれば、自分の生活を外から眺めることができる。
それは、島国に生まれた私たちにとって、何にもまさる財産になる。
砂漠の人が緑や水を贅沢と思うのと、同じことだ。
などと、うつらうつら考え、少し刑事コロンボのDVDを見ることにする。
あのドラマのシナリオは秀逸だ。