月~水曜は、学校教育に関する話を書いています…が、今回から水曜までの3回分は、Voicyという音声メディアで受けた質問に答える内容となります。その経緯については、昨日(R5.8.6)のブログに書いてあるので、そちらを御覧ください。
なお、これから書く内容は、令和5年の私が考えている内容で、令和6年以降は変わっているかもしれませんし、間違えた考え方をしているかもしれません。間違えた考え方をしていると思われたら、御意見いただけるとありがたいです。また間違ってないと思われる方は、「いいね」などを押していただけると、とても励みになります。
さて今回のテーマは、「何故、アメリカのような学び方(学習を受ける側の自由や自律に任せた学び方)が日本では難しいか」です。なお、小学校と他の学校(中学・高校・大学)では条件の異なる部分があるので、このブログでは私の勤務する小学校について述べます。
結論を先に述べると、「現在行われている一人の教師が教える一斉授業形式だと、アメリカのような学び方を取り入れると不具合が発生するから難しい」となります。そして、発生する「不具合」としては、「教師の指導力が低下する可能性がある」「学習を忌避する傾向が強まる」「周囲から学級崩壊していると見られる(同調圧力が発生する)」の、大きく三つがあると考えられます。
「現在行われている一人の教師が教える一斉授業形式だと、アメリカのような学び方を取り入れると不具合が発生するから難しい」ですが、日本の小学校では現在、一人の教師が学級担任となり、その学級の全て(全教科の指導と給食や清掃、その他の様々な学級指導)を指導しています。もちろん、一部の教科などは専門の教師が教えている場合もありますが、それは地域や学年などで異なります。基本は、先程述べた通りです。
この様な状況で、アメリカのような学び方を取り入れた場合、何か不具合が発生したら取り返しのつかない事になる可能性があります。ある教科での指導が通らなくなったら、他の教科の指導や学級指導も通らなくなる可能性が高いからです。その行き着く先は、おそらく「学級崩壊」となる可能性大です。
現実に、「自由」に振る舞う児童が増えてきた事で、今でも学級を維持する事は難しくなっています。私のようなB級教師だと、それこそ毎日、全集中で取り組まないとなりません。とても、アメリカのような学び方を取り入れる余裕はないのです。
では具体的に、どんな不具合があるのか…それは明日以降に書かせていただきます。