日々仰ぐ、伊吹山には、さまざまな伝承、伝説が伝えられている。
近江、美濃を分ける、標高1377メートル、それほど高い山ではないが、一山だけすくっと聳えている。
関東へ行った時、武甲山を見て、あぁ、伊吹山だと、懐かしく望郷の想いに駆られたものだ。
奈良時代、僧の修行の場であった伊吹の地に、唐の国から修行僧がそばを持ち帰り、
栽培したことから日本の蕎麦の歴史が始まったとか。にわかには、信じがたい話ではあるが…。
関ケ原から伊吹山の麓を抜けて、余呉湖から山越えで、越前へ至る道を「北国街道」と言うのだが、
さまざまな歴史や、庶民の哀感に充ちたエピソードに満ち満ちた一本道である。
さて、何年か前、伊吹山の麓に「伊吹野そば」と申す店ができた。
山麓の農家と委託契約し、休耕田で蕎麦を栽培しはじめた訳けである。
いつかの年、新そばを食べたが、口の中にそばの香りがいつまでも消えなかった。
白に近い、洗練された味わいである。遠来の客がひきもきらず、大変な繁盛振りである。
やがて大きな施設に立て替えて、売店も併設。あまつさえ、お隣には道の駅もでき、
一大観光拠点として育つに至った。時分時をはずして行っても、店の前の椅子には客が座ってるほどだ。
伊吹の特産物のひとつである「峠大根」とも呼ばれる、やや小振りな、独特な辛味の伊吹大根の
おろしそばは、この店の名物である。そば打ちを体験できる「そば道場」も併設されている。
秋、山麓の随所にある蕎麦畠に、白い花が揺れるだろう。そして長い雪の季節が訪れる湖北ではある。