醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより 580号 五月雨や桶の輪切るる夜の声(芭蕉)  白井一道

2017-11-24 12:32:08 | 日記

 五月雨や桶の輪切るる夜の声  芭蕉


句郎 「五月雨や桶の輪切るる夜の声」。「梅雨」と題してこの句を詠んでいる。貞享4年、芭蕉44歳の時の句。
華女 この句について、作家の松浦寿輝氏は桶の輪が切れる音に俳諧を発見したと言っているのよ。このことは何を言っているのかしら?
句郎 この句は笑いの句だということなのかな。
華女 この句のどこに笑いがあるの?
句郎 五月雨の降る夜、草庵の床に就いていると深夜使い古した桶に雨水が一杯になり、支えきれなくなったの桶の輪の箍が切れる音がした。あぁー、桶の水は流れ出してしまったな。さぁー大変だ。明日飲む水がないよと、告げられたようなもんだ。あぁー、あの桶も壊れてしまったかと、淋しく芭蕉は笑った。
華女 仄かな苦笑いね。
句郎 草庵に一人いる深夜の静かさの中の苦い笑いなのかな。
華女 一人っきりいる深夜の音というのは静かであるだけ怖いものよ。
句郎 だから桶の輪の竹の箍が切れる音だと分かって、何だと笑ったのかもしれないな。
華女 桶の箍が切れる音にもビクビクする自分を笑っているかしら。
句郎 五月雨に閉じ込められた草庵の夜が表現されているようにも感じるけれど。
華女 五月雨を詠んだ芭蕉の句の中では中級品ね。そんな感じがしない?
句郎 一級品の句は何だと思っているの。
華女 私が一番気に入っている句は、何と言っても「五月雨をあつめて早し最上川」よ。
句郎 『おくのほそ道』大石田で詠んだ句だよね。
華女 最上川の急流が瞼に浮ぶのよ。
句郎 同じ『おくのほそ道』の中には平泉、中尊寺で詠んだ「五月雨の降り残してや光堂」があるね。
華女 高校生の頃、教わった記憶があるわ。時間がどんなに経っても降り残されたのか、それとも光堂の場所だけ、空間的に降り残されたのか、このような解釈があるとね。空間的解釈と時間的解釈の違いを説明せよという試験問題が出されたことを今でも覚えているわ。
句郎 そんなつまらない問題を国語の教師というのは出していたの。
華女 高校生の頃、学んだことって、結構覚えているものなのね。
句郎 そうなんだろうね。芭蕉は雨が好きだったのかな。芭蕉には時雨を詠んだ秀句があるからね。
華女 「五月雨に隠れぬものや瀬田の橋」。この句、私、好きよ。
句郎 琵琶湖にかかる大きな橋を詠んだ句だよね。
華女 芭蕉は琵琶湖畔が好きだったのよね。
句郎 その他には五月雨を詠んだ芭蕉の句はないの。
華女 「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」なんていう句もあるわよ。
句郎 五月雨と裏長屋が連想される句だね。江戸の下町の裏店が表現されているね。一茶の句が連想されるような句かな。
華女 一茶は江戸に出稼ぎに来て、江戸に居ついてしまった下町のそれこそ本格的な裏店で生活した俳人だったんでしよう。
句郎 長谷川櫂氏が芭蕉の句を継承しているのは一茶だというようなことを述べているのを読んだことがあるんだ。「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」。この句を詠むとそう思うね。