髪はえて容顔蒼し五月雨 芭蕉
句郎 「髪はえて容顔蒼し五月雨」。「病中自詠」また「貧主自云」と題してこの句を詠んでいる。貞享4年、芭蕉44歳の時の句。
華女 画家がよく自画像を描くわよね。自画像というとすぐ思い出すのが、ゴッホの自画像よね。画家はなぜ自画像を描くのかしら?
句郎 日本の文学には私小説があるじゃない。私小説は文学の自画像なんじゃないかな。
華女 日本の小説家にはなぜ私小説を書く人が多いのかしらね。
句郎 どうしてなんだろうな。自分についての好奇心が強いのかな。
華女 自分を認めてもらいたい気持ちが強いのね。だから私は私小説って嫌いよ。読んでいて面白くないのよ。最近の私小説作家西村賢太氏の芥川賞受賞作は「苦役列車」だったかしら。私、読んでいないけれど。
句郎 2010年に受賞した作品だから、もう7年も前になるかな。
華女 句郎君は読んだの
句郎 うん、読んだ。私にとっては面白かったかな。
華女 生活苦が描かれているんでしょ。
句郎 中学を卒業した男の子が東京の底辺で生きていく姿が表現されている。
華女 病苦や生活苦が描かれているんでしょ。
句郎 そうだともいえるかな。確かに代表的な私小説作家葛西善蔵は生活苦と病苦を書いている。
華女 「病中自詠」と題して芭蕉は「髪はえて容顔蒼し五月雨」と詠んでいるのよね。まさに病苦を詠んだ芭蕉の私小説なんじゃないのかしら。
句郎 言われてみるとそうだね。また「主、貧して自ずから言う」とも題してこの句を詠んでいるんだからね。確かに芭蕉の小説なんだろうね。
華女 「俳句は私小説」と言った俳人がいたわね。誰だったかしら。
句郎 石田波郷かな。結核療養病棟で詠まれた俳句がある。
華女 その俳句は波郷の自画像なのよね。どんな句があるのかしら。
句郎 有名な句の一つに「霜の墓抱き起されしとき見たり」がある。この句は波郷の自画像なんじゃないのかな。自分自身の力では起き上がることができなかった。病棟の窓から霜のかかった墓が望まれた。「命の果の薄明り」を波郷は見たんだろう。「髪はえて容顔蒼し五月雨」の世界だった。
華女 「俳句は私小説」ね。漠然とだけれどもなんとなく芭蕉の俳句のなかに近代性のようなものが芽生えていたんだということが分かったような気がするわ。
句郎 自画像を描くということは、「私」という存在に気が付いたと言うことなんじゃないかと思うんだ。そこに近代性があるのかもしれないな。
華女 近代以前の社会には「私」という存在はあり得なかったのかしら。
句郎 そうなんじゃないかと思うよ。「私」という存在がなかった。「私」とは主観ということだよ。ここの人間の主観が存在し得る空間が無かったんだ。そうした社会が中世という時代だったんだと思っているんだけどね。
華女 近代社会が成立し始めて初めて「私」が生まれたということ。
句郎 そうだと思う。自画像を描いたレンブラントはいち早く近代社会を築いたオランダ人だった。