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十世紀の自然災害と修験道

2012-04-19 | 民俗
震災以降よく語られるようになったのが貞観地震で、古い時代の災害についての理解も進んでいるように感じます。
貞観地震は869年と推定されていますが、9世紀は自然災害の多かった時代で、特に東北地方では871年に鳥海山の噴火、915年には十和田湖の御倉半島噴火と大災害が続いています。

9世紀の東北地方は文献記録も少なく、考古学的には末期古墳時代で防御性環濠集落が多く造られた時代であり、北海道アイヌ由来の擦文土器の出土が見られることから津軽海峡を越えた人的・経済的交流も盛んであった時代です。
725年には大和政権による多賀城が設置され、9世紀まで大和政権による支配の北上が続き、政治的には不安定であったとも考えられます。
新しい支配者による統治の途上に大災害が続いているのが9世紀のありようで、北方との交易と大和政権による「柵」と言われる出先機関の混在する時代、東北の人心掌握は宗教による部分が大きかったと思われます。
『日本三代実録』では9世紀の豪雨災害に対して「禍を転じて福と為すには、仏神是れ先となす。宜しく法を修め幣を奉るべし」と、信仰心を説く勅が発せられています。
鳥海山噴火では「明神にに祈っておりながらまだ感謝もしておらず(中略)神が怒って山を焼き、この災異を起こした。もし鎮め感謝しないならば兵役があるであろう」とのト占が出された記録があります。
「法を修め幣を奉る」「明神」「鎮め」などのキーワードを見ると、未だ精神的には大和国家といえない時代に、精神的な統一感をもたらすのは宗教による教化の力で、元々あった古信仰を取り込んだ修験道に近い信仰形態だったと推測されます。

「八郎太郎」の伝説は、蛇と化した八郎太郎と南祖坊が十和田湖を舞台に戦い、法力によって南祖坊が勝ち十和田湖の主となる話です。
これは915年に噴火した十和田湖御倉半島を伝える話だという解釈があります。
ここで注目したいのは十和田湖噴火と火砕流を表す八郎太郎が、宗教者の法力に負けたという話の流れで、自然災害に対して「法を修め幣を奉るべし」と説く権力者と、実際に布教に関わった宗教者が語ったであろう説話の相乗効果です。
十和田湖の噴火はヤマセの季節であったらしく、噴煙は西に流れ青森県南の被害はそれほど大きくはなかったと推測されていますが、それでも紀元後二千年間で最大とも考えられる大噴火を間近に見た人々の恐怖は大きかったのでしょう。
自然災害に対して神に祈るしかない時代、大きな恐怖はそのまま信仰心へと強く結びつきます。逆に信仰心があるからこそ乗り越えられる苦難もある。
現代でも十和田神社の名を持つ社や祠は多く、十和田湖の休屋にある十和田神社は熊野系修験道の一大聖地でした。
江戸時代までは女人禁制の聖地だったとも言われています。
十和田神社は対岸にある御倉半島を祭り鎮めるため建立されたと考えられます。


この十和田湖への信仰を布教したのはどんな人々であったかについて、下のリンク内に詳しく書かれていますが、南祖坊の出身地とされる南部町の斗賀観音または八戸市豊崎にあった永福寺の修験道者ではないかとの説があります。
この二つの内、八戸市豊崎には七崎神社があり、また、近隣には防御性環濠集落遺跡である上七崎遺跡があります。
この遺跡は10世紀後半頃と推定されていますが、錫杖型鉄製品も複数発見されています。
10世紀は空也上人の時代でもあり、この時代において錫杖の持つ意味は宗教的な祭具と考えて差し支えないでしょう。
北東北に文字記録の無い時代から現代まで続いていて、十和田湖の噴火と十和田信仰とも深く関わっているのが、巨木の杜である七崎神社ではないか。そんな想像をしています。


十和田湖神社の占い場では、明治と昭和時代に複数回の潜水調査がなされ、たくさんの古銭が回収されたとのこと。
古銭の年代調査ができれば十和田湖信仰の歴史も詳しく知ることができるのでしょうが、明治時代に引き上げられた古銭は散逸してしまったらしく、現在もどこかで展示されているのかは寡聞にして知りません。
ぜひ見てみたいと思う歴史の遺物です。





秋田県出土銭貨資料一覧
『秋田銭貨史』によると、昭和10年頃「十和田湖、十和田神社の占場の湖水から夥しい金、銀、銅、鉄銭、銀貨、銅貨が潜水夫によって引き揚げられる」とある。占場の湖水は、十和田湖に突き出る二本の半島に挟まれた中湖を指す。占場は、十和田湖第一の霊地とされ、神社参拝者がここから浄財を湖中に投ずる風習があり、水揚げされた銭貨は信仰に伴う賽銭と推定される。   
地学セミナー 十和田湖の成り立ちと平安時代に起こった大噴火
十和田湖と周辺域の歴史と現状 [PDF]
日本海をはさんで10世紀に相次いで起こった二つの大噴火の年月日 --十和田湖と白頭山--
十和田湖「謎の洞窟探検記」
参考図書
青森県史 資料編 考古3 弥生~古代
十和田湖  武田千代三郎著
十和田湖町史 上