腫瘍内科医一家のニューヨーク滞在記

ニューヨーク研究留学中での出来事を感想を交えてメモ代わりにつづります。

9月5日(月)のつぶやき

2011年09月06日 02時04分43秒 | 日記
05:52 from goo
先月フジテレビで行われた抗議デモについて #goo_skmdphd http://t.co/DAHcwWE
23:32 from web
息子が嘘をついて、一ヶ月間も算数のドリルをサボっていたことが発覚(笑)嘘の「代償」がいかに大きいものか悟らせるせるため、せっかくの連休のおでかけをキャンセルとして、遅れた分のドリルをやらせた。精神的にまだまだ幼い小学校三年生の息子、まだまだ、親の監視が必要のようだ。(苦笑)
23:36 from web
切りのいいところまで勉強をさせた後、近くのグラウンドで2人野球をした。今回は3時間にわたり、ピッチャーと打者を繰り返したため、私は痛めていた右ひじが悪化してしまった。(苦笑)
by smmysmmysmmy on Twitter

先月フジテレビ前で行われた抗議デモについて

2011年09月04日 15時52分22秒 | 日記

 何人かの知人から、8月21日にフジテレビ前で、数千人規模での最近のフジテレビでの韓国寄りの偏向報道についてのデモがあったと聞いた。海外からもインターネットでマスコミの報道を確認できるようになったが、この件について当日、国内の大手マスコミでは実質的に報道されなかったようだ。

 戦後長らく日本人は、敗戦国の宿命なのか、ごく一部であるが近隣諸国の人たちに我が国を冒涜するような感情的なデモ活動をされても、代々冷静にじっと我慢して見守ってきたものだ。日本人は、これまでよほどのことがない限り、デモという形で、他の国々のことを感情的に非難するようなことはなかったと思う。良心的な多数の日本人の中には、相当理不尽なことをされても、冷静さ、我慢強さ、優しさが保たれていたと思う。

 しかし、日本人側が今回のような行動をするほど社会に不満が渦巻いてきているのであれば、日本社会における危険信号なのではないだろうか。歴史を少し振り返れば、国と国との感情的な対立は、結局は水掛け論になってしまい、最悪の場合は戦争にまで発展してしまうのである。これだけは絶対に避けなければならないことは言うまでもない。

 今回のデモのいきさつは、数人の識者の方からのお話やインターネットから断片的にしか知ることはできないのだが、近年、わが国において、本来の主権者たる「日本国民」が不当な扱いを受けている事実もうかがわれた。為政者、マスコミの方々は、これらの人々の意見をただ単に感情的な右傾化したデモ行動と黙殺するのではなく、真摯に受け止めるべき部分もあるのではないのだろうか。きっと、わざと黙殺したのであろうが。


NYでは虹がよく出る!?

2011年09月02日 20時04分57秒 | 日記

カメラから写真をパソコンに移していた際に、自宅のアパートの窓から子供がとったと思われる虹の写真を見つけた。

子供たち曰く、こちらに来てから二年弱の間に何度か虹を見たとの事。 

 

左側の写真左下の白い物体は、先日まで行われていた映画撮影のセットとのこと。最近、島で映画の撮影がされていたらしいが、夜遅く帰宅するためか自分は撮影が行われていた事自体知らなかった。

英語力不足のため、自分の言いたい細かいニュアンスが伝えきれず、なかなかすっきりしない日々が続くが、このような景色にはやはり癒される。


アメリカ社会のもうひとつの側面 

2011年09月01日 20時06分47秒 | 日記

 先日、隣の研究グループが文字通り消滅した。

 

 こちらの生活にもある程度慣れ、周りの人たちとそれなりに親しくなると、良いことも悪いこともいろいろ聞こえてくるようになってくるもの。

 ポジションにもよるらしいが今の職場は、5年か10年の期限で定められたた業績基準を満たして「昇進」しないとクビになるらしい。今回職場を去る人は10年ほど前にポスドクとしてNature誌に論文を出して、主任研究者(PI)としてここにラボを持った人だが、御自身の実力はなく、以前の研究室時代の上司(免疫の世界では誰でも知っている世界的権威)のコネでここにラボを持つことができただけとの陰口をたたかれていた。この手の話は聞いていて気分の良い物ではないのだが、サバイバル競争が激しい分、研究者というのは相当な割合で他人のことが気になる人が多いであろうか。

 実は日本だけでなく、アメリカでも陰口や嫉妬はあふれかえっている。

 機会は日本に比べると開かれている面(暮らしてみて初めてわかるが実は相当なコネ社会)もあるが、結果は自己責任というのがアメリカ社会の一つの側面なのだろう。

 大学教育でもこの方式が当てはまるらしい。有名大学への入学は人物評価も加味され日本ほど細かい知識を要求しないらしいが、大学在学中は相当勉強しないと卒業できないとこちらの人は口をそろえて言う。大学「入学」よりも、「卒業」が自身と誇りになるそうだ。

 大学医学部に進学しても、教官から適性がないと判断されれば、「君は医者に向いていないからやめたほうがいい。」と、他の学部、分野に進路を変更するように勧められることは決して珍しいことではないと聞く。日本の医学部には、少々問題があっても、「こいつは会社では勤まらないから、医学部でなんとか一生面倒見てやらないといけない。」などという「博愛精神!?」「やさしさ!?」があると思う。私も、相当個性的で学生時代は羽目を外したこともあったので、アメリカに生まれてきたら、医者には向いていないとダメ出しをくらっていたであろう。(苦笑) 広島で開業している「悪友」かついまや「人生の恩人」の同級生もアメリカなら医者にはなれていなかったかもしれない。アメリカにかかわらず、以前よりしっかりした今の日本の医学部のカリキュラムでも無理じゃない、との厳しいツッコミが聞こえてきそう。失礼しました。