博多住吉通信(旧六本松通信)

 ブログ主が2022年12月から居住を始めた福岡市博多区住吉の生活や都市環境をお伝えします。

反ユダヤ主義とは

2020年05月27日 | 読書・映画

 ハンナ・アーレントは、なぜ20世紀にヒトラーのナチスドイツとスターリンのソ連という2大全体主義国家が誕生し、世界史に空前の阿鼻叫喚の凄惨な爪痕を残すことになったのかを解明しようとしました。その成果が『全体主義の起源(1~3)』です。1990年に、この3巻本を購入して第1巻を早速紐解きました。すると、著者のハイデルベルク大学時代の指導教官であるカール・ヤスパースが序文を寄せていて、その中に「この本は第3巻から先に読むといいよ」と書かれていたので第3巻から読み始めたのですが途中で挫折しました。30年後の今回は無事に第1巻を読了できました。

 アーレントは全体主義が発生した原因として、20世紀を迎える以前の西ヨーロッパに発生した反ユダヤ主義と帝国主義(第2巻で考察)に目を向けます。第1巻は反ユダヤ主義の発生原因とそれが20世紀に向けて悪化していく状況を考察しています。そもそもヨーロッパにおいて、なぜユダヤ人が差別されてきたのか?階級支配の犠牲の子羊として生贄にされるということであれば、別にユダヤ人でなくても自転車乗りが生贄にされて差別されてもいいはずだと、アーレントは面白いことを言っています。ユダヤ人でなければいけない理由はあったのか?アーレント自身がユダヤ系ドイツ人でヒトラーが権力の座に就くやいなや迫害を受けることになったのですから、それはもう彼女にとって他人事ではないのです。

 17世紀の西欧では、イギリスやフランスで絶対王政が成立し、近代的な国民国家のひな型ができあがっていきます。国民国家は民族、言語、宗教、習慣などで国民の均一化を追求しますが(教育などを通じて)、ユダヤ人はその中で宗教、習慣などで異質性が目立ってしまうということが近代における反ユダヤ主義の原因の一つであるということのようです。おまけにユダヤ人は近代以前からキリスト教徒がやりたがらない金融業に従事し(といいますか、させられていたといった方が正確でしょう)、それなりに成功する人々も出てくるのでなおさら嫉妬の対象になったようです。金融業で成功したユダヤ人の中にはロスチャイルド家のような有名な一族も出てきます。彼らは絶対君主のATMのような役回りを強制され、国民国家を財政的に支えていたことから国家を裏から支配する陰謀家のように見られることにもなりました。ここで忘れていけないことはロスチャイルド家のような成功者は、ユダヤ人のごく一部に過ぎないわけで大半は慎ましくヨーロッパ社会の片隅で暮らしていたということです。

 もう一つ重要なポイントは資本主義経済の発展の中で国民国家の内部の貧富の格差が、どんどんひどくなっていきます。均一で平等なはずの国民国家の成員の中で貧困化していく人々は不満を募らせていきますが、その不満は次第にユダヤ人に向かっていきます。そうした人々の差別心と不満の爆発が、フランス第三共和政下の1894年に起こったドレフュス事件でした。著者は〈われらの時代に行なわれた犯罪のための舞台稽古〉と表現しています。(続く) 

※上の写真は、戦前の日本でドレフュス事件を紹介した大佛次郎の『ドレフュス事件・詩人・地霊』(朝日新聞社 1983年)の表紙です。反ユダヤ主義勢力の陰謀で無実の罪を着せられて衆人環視の中で不名誉除隊の儀式としてドレフュス大尉の帯剣をたたき折られて辱めを受けさせられている様子が描かれています。この後、ドレフュス大尉は南米の悪魔島(映画パピヨンで有名)に終身流刑に処せられます。


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