Jean Nicolas Arthur Rimbaud
アルチュール・ランボー詩集 中原中也訳 「わが放浪」 「幸福」
朗読:中澤まさとも
べつに中原中也が好きなわけじゃないよ。
中也は腐りかけた水飴みたいな混濁にとろり流れ、
ランボーは白い金平糖のようにカリカリ噛みしめる、
この混在こそがsexyなのだ。
(進次郎じゃないけどsexyの説明は野暮というもの)
上田敏や堀口大學が訳したポール・ヴェルレーヌを
探したが、詩にマッチして適当な朗読がなかった。
抒情詩を女性が朗読すると感情を込めすぎて重く、
しらけるか、疲れるかのどちらかになる。
熱い思いを胸にたぎらせ、
飄々と淡々と聞かせて欲しいものだ。
上田敏訳の「落陽」を詩吟にしたのは、えっ?だけど、
それもありなんと一応は聞いてみた。
ちょっとムリがあると思うので紹介はしないでおくね。
かなり前に吉永小百合さんが原爆の詩を朗読しているのを
ラジオで聞いて、さすがに違うと感心しつつ感動した。
趣向を変えて、
島津亜矢 「望郷酒場」
この唄のオリジナルが隣に座る千昌夫さん、
その千氏の顔が見ものww さすが亜矢ちやん!
おやじみたいなヨー 酒呑みなどに
ならぬつもりが なっていた
酔えば恋しい 牛追い唄が
口にでるのさ こんな夜は ハーヤイ
田舎なれどもサー
南部の国はヨー
酒に溺れてヨー やつれてやせた
故里(くに)へ土産の 夢ひとつ
北はみぞれか しぐれる頃か
やけにおふくろ 気に架かる ハーヤイ
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これは沁みる。
在りし日の母との会話がぶわっとよみがえり、号泣した。
島津亜矢 「帰らんちゃよか」 宇都宮公演
そらぁときどきゃ 俺たちも
淋しか夜ば過ごすこつも あるばってん
二人きりの 暮らしも長うなって
これがあたりまえのごつ 思うよ
どこかの誰かれが 結婚したとか
かわいか孫ができたて聞くとも もう慣れた
ぜいたくば言うたら きりんなか
元気でおるだけ 幸せと思わんなら
それでどうかい うまくいきよっとかい
自分のやりたかこつば
少しはしよっとかい
心配せんでよか 心配せんでよか
けっこう二人で
けんかばしながら暮らしとるけん
帰らんちゃよか 帰らんちゃよか
母ちゃんもおまえのこつは わかっとるけん
そらぁときどきゃ 帰ってきたり
ちょこちょこ電話ばかけてくるとは うれしかよ
それにしたって 近頃やさしゅなったね
なんか弱気になっとっとじゃ なかつかい
田舎があるけん だめなら戻るけん
逃げ道にしとるだけなら 悲しかよ
親のためとか 年のせいとか
そぎゃんこつば 言訳にすんなよ
それでどうかい 都会は楽しかかい
今頃後悔しとっとじゃ なかっかい
心配せんでよか 心配せんでよか
父ちゃんたちゃ
二人でなんとか暮らしてゆけるけん
帰らんちゃよか 帰らんちゃよか
今度みかんばいっぱい 送るけん
心配せんでよか 心配せんでよか
親のために おまえの生き方かえんでよか
どうせおれたちゃ 先に逝くとやけん
おまえの思うたとうりに 生きたらよか
今日の夕焼け西の空
17時57分
また明日。
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