バンコクのテクノロジーのランゲージセンターで教えるチャナロン氏は30才で私とは6年来の親友である。タイに留学していた私の友人H君から彼を紹介してもらった時彼は故郷のラッチャブリー、バンポンの小学校で英語を教えていた。彼はその町から奨学金を受けて大学で学びそのために町で何年間の奉職義務があったのである。以来、彼が東北タイ、コンケンのコンケンゲルマンテクノー(テクニカルカレッジ)に転出し、英国留学、そしてバンコク校に転勤の間ずっとお互い文通も含めて交友を深めてきたのである。
だいたい年に一度は彼に会っているが私が彼を訪問するときはいつも多忙極まりない、のにである。そんな中で私の旅の趣旨を呑み込むと実に手際よくプランニング、アレンジングし、時間が許す限り同行もしてくれる。「俺はオペレーターだよ。」と明るく笑う。私には頼もしい限りである。彼の相手本位で骨身を削るエスコートぶりに全くもって感謝という言葉以上のものを感じている。と同時にどこからそのエネルギーが出てくるのかと感嘆してしまうのも事実である。そうして私に対する心遣いに私は甘えてばかりではすまない気がしているので今回は彼には予め来タイを知らせずにやって来たのである。とはいえ連絡せずにいること自体もっと彼には割り切れぬ感情を与えるであろう。
「今、タイに来ている。もし時間があれば会いたい。」と彼のオフィスに伝言したのは東北タイへ出発する前日のことである。彼は週末でありオフィスにはいなかった。「ハロウ!ヘイ、キムラ!本当に驚いたよ。あんたどうして黙ってタイに来たんだ。」と彼からホテルに電話が入ったのは東北タイからのバスを降りてマレーシアホテルにたどり着いて10分もたっていない朝7時半のことであった。「これで4回、あんたに電話してたんだ。」と声もはずんでいる。私は長旅の疲れと眠気がふっとんだ。彼とは夕方5時半にこのホテルで会うことに。異国の地で一人で旅をしている時に親しい友に会えるのは実に嬉しいことだ。
「あんたの行動予定は何だ。」とホテルに着くと彼はさっそく尋ねる。私は思いつくまま残りの日程の中でやりたいことを彼に告げると「わかった。こうしよう。」と実に手際よくプランを立ててくれる。5つか6つの私の願望をさらさらとものの見事に並び替え一本の線にしてみる。例えば、学校現場が見たい、昨年行ったバンポンの町をもう一度見たい、と告げた場合「オレが一緒に行くよ。バンポンに着けばそこの先生を紹介しよう。オレは勤めがあるから翌朝は帰らねばならないが、その先生に一日学校を案内してもらえばいいだろう。バンポンはオレの故郷だから夕食はおごる。マーケットの屋台で盛大にやろう。泊まるのも我が家でいい。他に何かあるかね。」さすが自分の国のことだ。他国者の私ならいろいろ考えあぐねるところをサッとオペレートしてくれる。本当に笑顔を絶やさず親切な男である。以後、彼のアレンジで行動することになる。
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