アレンテージョの小さな町を通り過ぎようとするあたりで、ちょっと気になる看板を見かけた。
「Quinta da buruceira、Aguricultura Biolojica」
有機栽培をしているキンタ(農園)で、レストランをやっているらしい。
ちょうどお昼も2時過ぎだし、ちょっとのぞいて見ることにした。
数人の人々が門から出てきたのと入れ違いに入ると、「あれ」という感じ。
テーブル席のひとつぐらいは空いているだろうと入ったのだが、レストランの食堂が見当たらないし、お客の姿も何処にもない。庭の奥の畑の横にテントが張られ、その下にプラスティックの椅子テーブルがたくさんあるが、使われている様子がない。
広い庭の真ん中に薪が燃え上がり、大きな壷が焚き木に寄りかかるように立てかけられている。壷は大小4個、それとは別に大きなアルミの鍋もかけてある。
そこにいたおばさんと、その息子達が二人、私たちに手招きして、壷の蓋を取って、大きなしゃもじでかき回して見せてくれた。それは豆の煮込みで、ぐつぐつと良く煮込まれておいしそうだ。
そこに近所から来たらしい女性が、持参の鍋をおばさんに手渡すと、おばさんはその鍋にどっしりパンを数枚敷き詰めて、その上に壷から大しゃもじで豆の煮込みをバサバサと入れた。近所の女性はいつもここに買いにきているらしく、おばさんと世間話をしてから帰っていった。
息子達は30代と20代に見える。
年上の息子が「ここは普通の店とは違って、オリジナルなんだよ。60年ほど前から町の結婚式の披露宴はこのキンタでやっていて、今日の料理も昔から村人たちが披露宴でいつも食べていた伝統的なものだ」と言いながら、屋根だけ付いた小屋に並べられた長方形のステンレス容器のふたを取って見せてくれた。中には豚肉の煮込んだものが入っている。
どうやらメニューはこれしかないようだ。レストラン感覚で入ってきた私たちは面食らってしまう。
おばさんともう一人の女性がテーブルの支度をするようだ。
私設博物館の建物
その間、年上の息子が「こっちに来てください」と、門の脇にある一戸建ちの家の玄関を開けて、中を案内してくれた。そこは私設の博物館だそうだ。
入ってすぐは暖炉のある食堂で、壁には絵皿や銅鍋、そして村の昔の結婚式の白黒写真が額縁に入れて何枚も掛けてある。人々の服装からすると、60年前の披露宴の様子だ。庭で焚き木を燃やし、豆の煮込みを作っている写真もあった。今日の光景と同じことが60年前の写真に写っている。
奥の部屋には糸紡ぎ機が置かれ、テーブルには細かいレースの布が掛けてある。それはレース糸で編んだものではなく、一枚の布を切っては糸を引き抜きながら、布全体をレース状にしたもの。一年がかりで仕上げるそうだ。結婚する花嫁に持たせるために、母親がせっせと作ったのだろう。ひょっとしたら花嫁自身が作ったのかもしれない。
一年がかりで出来上がったレース
二階には寝室があり、年代物のベッドには手作りのベッドカバーが掛けてある。これも作るのに日数がそうとうかかったような感じだ。
「結婚式の当日は新郎新婦はここに泊まったのですよ」と年上の息子は説明してくれる。ということは、このキンタでの披露宴が終った後、この家に泊まって新婚初夜をすごす慣例になっていたのだろうか。
この家は使っている様子はなく、完全に博物館として保存しているようだ。
新婚のベッド
外に出ると、どんよりと曇った空。
奥のほうにある畑を見に行くと、ポルトゲーサ(ポルトガルキャベツ)やアルファス(レタス)やインゲン豆など数種類以上の野菜を栽培している。店で使っている野菜はほとんどここの畑で取れたものだという。
焚火で料理をするおばさん
テーブルの用意ができたという。屋根つきの小屋のテーブルの一部を片付けてあり、そこで食べるらしい。
まず、自家製どっしりパンとアゼイテ(これも自家製塩漬けオリーヴ)、飲物ももちろん自家製赤ワイン。畑で摘んできたレタスとトマトのサラダ。
次に出てきたのが、庭の焚火で炊いた壷の中の豆スープ。お皿にはどっしりパンが敷いてあり、その上にたっぷりの豆スープ。どっしりパンがとろとろになって、パン粥豆スープといったところ。スープというより、煮込みシチューに近い。薄味だが、コクがあって美味しい。小皿に盛った揚げ物は豚の脂身。これを豆のスープに混ぜて食べたらもっと美味しいという。
庭の焚火で炊き上がった豆のスープ
赤がわらに盛られた御飯とポテトチップス
ほろりと美味しい豚ロース
メインは先ほど見た、豚ロースの煮込み。付け合せにご飯とポテトチップス。自家製のポテトチップスだ。それを屋根の赤瓦に盛り付けてある。肉はほろりと柔らかくジューシーだ。
デザートはテーブルの上の大皿にごろごろといれてあるりんごとオレンジ。どちらもごつごつと無愛想。
でも、たぶん庭で取れた物だろうが、見た目は悪くても味は抜群に美味、とビトシは言う。私はフルーツは普段あまり食べないので、戸惑っていると、おばさんがやってきてりんごを手のひらに乗せて、あれよという間に皮をむき、食べやすいように割ってくれた。なるほどしゃきっとした美味しいりんごだ。
70人分のアロスドウスを仕込み中。
私たちが食べている間、おばさんはガスコンロにかかった大鍋をかき回し、ぐつぐつ煮ている。
それはデザート用のアロスドウス(ライスプディン)を作っている最中だった。
今日の夜に、70人の予約が入っているので、急いで作っているとのこと。
60年前から結婚式の披露宴を引き受けているキンタは今でも、今日も披露宴がここであるのだ。
そうしているうちに、5~6人の老人たちが入ってきた。身なりの良い、町の有力者達と言った感じの人々だ。
おばさんに挨拶して、あちこちを見回ってから帰っていった。
今夜の披露宴の下見に来た様子だった。
私たちもそろそろ、この風変わりな農家食堂においとまをしよう。
MUZ