ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

123. サグレス岬

2015-12-01 | エッセイ

サグレス岬の手前にラポセイラという小さな村がある。そこにはかってのポルトガルの王子インファンテ・ドン・エンリケの隠れ家がある。

15世紀初めにサグレス岬に航海学校を開き、ポルトガルが世界の海に乗り出す基礎を作った人物。彼がラポセイラに一軒の家を持ち、ラーゴスとサグレスとの行き来の途中に使ったのだと言う。その家は当時の領主の隠れ家とはいえ、まったく普通の庶民の家だ。

今回久しぶりに訪ねたところ、驚いた。「VENDE SE」(売ります)という看板がかかっていた。

こんな由緒のある建物を、売りに出している。家の前の小道は「インファンテ・ドン・エンリケ通り」と名前が付いているから、この家がエンリケ王子の隠れ家で間違いないだろうと思うのだが。

裏に回ると、屋根がどさっと崩れ落ちて、残念なことに廃墟になっている。これをリメイクするのは大変なことだ。このごろ不景気で税金収入の乏しい地方自治体ではとても手が回らないのかもしれない。ポルトガルの半分国営航空だったTAPも、政府が持ち株を売り出して、民間人が買い取った。ポルトガル人の移民の末流のアメリカ人が経営に乗り出した。そういう人物が現れて、エンリケの隠れ家を買い取ってくれたらラポセイラも大きな観光資源を持つことになる。

ラポセイラからサグレス岬のフォッタレザ(要塞)に行き、入場料を払って久しぶりに中に入った。門をくぐると、大西洋に突き出した断崖の上には、教会と、エンリケ王子の航海学校の象徴である巨大な羅針盤(ローザ・ドス・ヴェントス)が地上に残っている。それは石を並べて作られたもので、要塞の上から全体の形が把握できる。

 

巨大な羅針盤(ローザ・ドス・ヴェントス)

 

大西洋に突き出た断崖の上は遊歩道があり、春になると様々な野の花が咲いている。今は11月半ばなので、残念なことにほとんど何も咲いていない。強風が吹き荒れるこの断崖も、今日は無風状態で、青い海と空が広がり、汗ばむほどだ。観光客はほとんどの人が、真夏の服装だ。イギリスやドイツなどからやって来たら、ここは真夏の天国だ。ロシア語やポーランド語も聞こえる。

断崖ぎりぎりの場所に陣取って、釣り糸をたらしている男たちが今日もいる。以前よりも数倍の人数がいるようだ。これも不景気で失業者が増えているせいだろうか。断崖絶壁の上から太い竿を出し、長い糸を垂らして魚がかかるのをじっと待っている。崖の下の岩場にはたぶん鯛などがかなりいるのだろうが、あまり釣れている様子はない。しばらく見ていると、どこからか歓声があがった。きらきら光る銀色の魚が勢い良くはねている。ドーラーダ(鼻のところに金色の模様がある鯛)が釣れたようだ。ドーラーダはこの頃は養殖物が多いが、こうやって苦労して獲った一本釣りの天然物は最高に美味しいに違いない。

 

恐ろしいような突端に座って釣をしている男たち。

 

岬の真ん中あたりに黒い塊が見えた。以前はなかったものだ。不思議に思って近づいてみると、ソーラーパネルがたくさん設置されていた。これで敷地内の建物の電気が補えるのだろう。

さて昼ごはんはどうしよう。サグレスの町は数軒のレストランがあるが、冬場は閉店している店が多い。数回入ったことのあるレストランも改装中で閉まっていた。道路脇の電柱に看板が見えた。漁港のあたりにレストランができているようだ。そこへ行ってみよう。

港に面して大きな建物がある。木作りの階段を上ると広いテラス席になっていて、黒板に今日のメニューが書いてある。テラス席は陽差しが強すぎるので、屋内に座った。カウンターがあり、食事のできるテーブル席も10数席ある。奥に面した窓からのぞくと、一階が見えた。魚のセリ市場らしい。この店はセリ市場に出入りする漁師相手のカフェレストランなのだ。そういえば、漁港の出入り口に検問場があった。でもゲートは開いているし、番人もいなかったし、どうやらフリーパスみたいだ。人件費を節約するためだろうか。おかげで部外者の観光客も出入りできる。

私たちのあとから4人連れのイギリス人観光客が入ってきた。彼らも短パンにTシャツの軽装だ。

彼らはまずサングリアを注文した。大ジョッキに数種類のフルーツを入れて、赤ワインと白ワインを注ぎ、さらに炭酸ソーダを入れる。このごろスーパーではパック入りのサングリアが売っているが、この店はすべて自家製だ。

そこにウェイターが数種類の生魚を並べた大皿を持ってきた。イギリス人たちはその中から選んで、焼魚を注文したようだ。

 二人のウェイターは20代前半、すらりと背が高く、身のこなしもすいすいと、笑顔がさわやかだ。だぼだぼのズボンをかっこよくはいている。このファッションはサーファーかもしれない。

サグレス岬のフォッタレザの下に、ちょっとしたビーチがある。そこにときどき大きな波が押し寄せ、数人のサーファーたちが海に浮び、大波が来るのを待ち構えている。二人のウェイターも、アルバイトが終るとそこに行ってサーフィンをするのだろう。大西洋に面したポルトガルはこのごろあっちでもこっちでもサーフィン大会が行われている。なかでもナザレやエリセイラなどが話題になっている。ニュースで見ると、ハワイの巨大な波に負けないような大波に乗って水のトンネルを潜り抜けるサーファーがいた。ポルトガルは世界各地からトップクラスのサーファーが来て大会が開かれているようだ。

私たちの注文した白身魚のフライとマグロのステーキが運ばれてきた。

食事の後、エンリケ王子の領地だったラーゴスへ行く予定だ。

(C)2015 MUZVIT

 

 

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