ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

134. バレイロ駅を久しぶりに訪れた

2017-02-01 | エッセイ

バレイロの駅を探し回った。バレイロは工場地帯だったので、ごたごたした住宅も多いし、町の規模も大きい。

昔はリスボンに行くのにセトゥーバルから電車に乗って終点のバレイロ駅でバルコ(渡し船)に乗り換えてリスボンに着いたものだ。バルコに乗ると、物売りが待ち構えていて小さな物を売っていた。なかでも印象的だったのが、コマ回し。狭い通路で口上をたれながら、手に持ったコマにぐるぐると紐を巻いていく。それは子供のころによく遊んだコマ回しとほとんど同じだったので、懐かしかった。口上がひとしきり終わると、客席のあちこちから声が上がって、コマは次々に売れていった。買った人たちは老人が多かったから、自分の子供のころを思い出して、孫たちへの土産に買い求めたようだ。

また盲目の老人がバンジョウを抱えてぼろぼろと素朴な音色を奏で、5~6歳ほどの女の子が老人の手を引いて通路を歩いて行く。するとあちこちから小銭を投げ入れる人々がいた。みんな身なりはあまり良くないが、自分より困っている人たちにほんの少しでも援助をする気持ちを持っているのだ。

リスボンからの帰り、バルコに乗ってバレイロ駅に着くと、駅の構内にはいろいろな店があってバルや食堂には船を降りた人々が群がっていた。家に帰る前にバルでビールやワインを一杯ひっかける男たちやカフェを飲む人々。私たちも時々、サンドウィッチとビールを買った。ある時、それを列車に持ち込み座席で食べ始めると、前の席に座った年配の女性がすごい形相で私たちを睨み付ける。その隣に座った若者がその様子を見て、笑いをこらえていた。私たちはその女性がどうして睨み付けるのか理解できなくて、そのまま食べ続けたのだが、あとで考えると、マナー違反をしていたに違いない。でも私たちの乗った電車は遠くのアルガルべまで行く長距離列車なので、サンドウィッチぐらいは食べてもよさそうだが、ひょっとしてビールを飲んだのがいけなかったのか、今となってはわからない。

昔よく乗った電車は車を買ってからはぜんぜん利用しなくなった。

このごろ駅の写真をコレクション始めたので、あちこちの駅を尋ねるようになった。今回もバレイロ駅を訪れた。といってもなかなか見つからなくて、路地をあちこち走り回ってようやくたどり着いた。

 

今はもう使われていない旧駅舎

 

そこにあったのは昔からの大きな駅舎だったが、もう見るからに痛々しい廃墟になっていた。

 

 

旧駅舎にはレトロな飾りが目につく。

 

廃墟にするにはもったいないアンチックな造りだが、傷みは激しい。屋根の一部は抜けおちているが、プラットフォームは立派に残っている。そこに列車が着き、大勢の乗客がひしめき合いながらバルコに乗ろうと急いでいた。その中に私たち二人の姿も混じっている。

今でも目に見えるようだ。20数年前の光景だ。

 

 

屋根が抜け落ちた旧駅舎のプラットフォーム

 

昔よく利用したバルや食堂もそのまま残っている。でもすべて空き家で、誰もいない。

 

旧駅舎の隣にモダンな駅舎が建っている。バレイロ駅は終着駅なので線路はここで終わり。頑丈な列車止めが目につく。乗客はここからバルコに乗り換えてリスボンに行く。でもバルコは高速艇に代わって、コマ売りの姿も今はないだろう。

 

 

バレイロ新駅舎の車止め。向うに見えるのは旧駅舎。

 

リスボンに行くには途中のピニャル・ノボ駅から新しい線路ができて、4月25日橋の道路の下にある線路を通ってリスボンの町中に直接行けるようになっている。橋は2階建て構造なのだ。もうバルコに乗り換える必要はなくなったのだ。

ポルトガルはこのごろ急速に観光客が増えているという。ポルトでは創立111年という古い書店が話題になり、店の前には長い行列ができている。観光客はレトロなものを求めてやってくる。リスボンの市電も観光客は目を輝かせて乗っている。ポルトガルの観光は太陽と、美味しい料理と、そしてレトロな乗り物と建物だと思う。しかし古いものをどんどん捨てて、超モダンだが、面白味のないものに入れ替えている。このままではせっかくのレトロな国も、なんの変哲もない普通のモダンな国になってしまう。MUZ

 

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