辛口の中にも愛を!!ビデオグラファー愛

赤ちゃんから皇室を撮るカメラマン
そんな自身の創意と意志を伝えるブログ

「異論を唱える」って悪いことなのかなぁーと考えてみる

2016-12-06 07:53:49 | 日本の情景
まぁ、「交通事故」にしろ「ドタンバキャンセル」にしろ「メガネの写り込み」にしろ
言い方が乱暴すぎたとあって、自分なりの考えをプログに綴ると
大抵、お叱りの文面を頂き、指南をいただくことになる。

自分としてこうありたい、というスタンスの意味合いが強いのだが
ついつい、書き記していく過程で、問題定義から直接、自分の見解へと
急転直下する表現が怒りの矛先となってしまう。

まったく、皆さんのおっしゃる通りだと思う。
表現方法を丁寧にしなければ、反省する瞬間でもある。

ただ、反感を緩和する表現を探すが
いい言葉が見つからないのであり、考える言葉=内なる言葉 の
組み立てが下手なんだと思う。

思考である内なる言葉
人と話す言葉=外なる言葉 とがあるが、

内から外へ繋がる言葉の過程で、
内なる言葉のボキャブラリーが少なく、深く考えていないのも
自分の欠点である。

「深く考えていない」、、、その通りだと思う。

日々、生活をする上で
「思ったこと」「感じたこと」「希望」とか思考がある中で
深く追求していないから、言葉も深くならないということになる。

性格的に、「オン」か「オフ」しかない、中間がなく
日々、迷うことを避ける性格なので
深く考えないのである。

分かりやすく言うと、欲しいものを買うときでも、
迷うことがないのである。「欲しい時はすぐに買うし」
「そうでなければ、もちろん買わない」

この「迷う」ということが「思考を深くして考える」という
ことなのかも、自分の場合そうかもしれない。

この二極のし考案で、話のネタにおいても結論が極端で、
「善」「悪」の二つしかない。。。

まぁ、せめてブログで表現するからには
もう少し、表現に深みが必要なところだと、徐々に分かってきた。

まぁ、ネタの信ぴょう性も含め
「異論」を唱える時の順序が明確になっていて、自分と他人の目線比較も
あれば怒られることも大分減るとは思うけど、
やっぱり、所詮、一般人が異論を唱えても唱えること自体、「悪」とされるのだろうか。。。。

ちょっと、この辺りを追求してみたい。

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