誰が日本の広告を変えていくのか?【広告の本質:広告の希少性】

2008年03月02日 | 誰が日本の広告を変えていくのか
写真はNationalブランドのコンセント


2008/02/25にCnetJAPANで株式会社オプト 代表取締役CEO 海老根智仁氏が「Googleの危うさと広告の本質」と題してオピニオンを発表した

それに対して、業界人間ベム氏(この方は某インターネットメディアレップの創始者の一人であり、現在某大手代理店系インタラクティブエージェンシーの社長である)と、medialogicタカヒロノリヒコ氏が噛み付いた。というのは不適切な言い方かもしれないが、私にはそう感じました。

海老根氏の文章はgoogleのビジネスを題材に広告の本質を述べられていますし、幾つかの話題が含まれるので、色々と議論があるだろうけど、私はベム氏の論点と同じ視線を持ちました。

海老根氏はオピニオンで下のように書かれてます。

「元来、広告というものは有限であり希少性があるからこそユーザーにとって価値があるのです。」

この一文における"ユーザー"が誰を指すのか、広告系bloggerの一人としての私は、かなり理解に苦しむところなのですが、ここでは、ベム氏の理解(広告の受け手)をとることとします。

ベム氏はこの文に対して下のように書かれています
「広告に希少価値があるからユーザーにとって価値があるのではなく、広告がユーザーにとって有益な情報になっているから価値があるのである。」

そして、タカヒロ氏はこのように(過激に?)書かれています
「過去に作られてきた「本質」だけにとらわれるなんてまったくもってインサイト無し。」

私も広告の希少性についてこちらの駄blogにエントリーがあります。
広告のクラッタリング、ないし広告クラッター

「少なくともテレビ放送においては、10%ルールがあり、それが実効性があるのかどうかは別にしても、少なくとも広告チャンスの希少性をベースに広告料金を維持するというビジネスモデルが成り立っています。」

ここで、広告の希少価値について改めて考えると、"希少"なのは、"広告そのもの"ではなく"広告を流す媒体(メディア)"のことです。
広告の受け手は、(あたりまえだけど)だれも広告を探しているわけでなく、ましてや"希少な広告"を見つけて喜んだりする人はほとんどいない。(除くネット広告業界で、広告掲載確認をしている人)。

タカヒロ氏が指摘している『過去に作られてきた「本質」』はまさにここにいう【広告メディアの希少性】という本質だと言えます。ただしこの希少性という"本質"も、実はテレビ媒体が広告業界に圧倒的な力を持ってからたかだか50年ほどの"過去"のものであるということであり、それはメディア爆発の現代においてほとんど幻になりつつあるのだという認識をタカヒロ氏は指摘しているのだと理解します。

したがって、希少性を価値ありと考えるユーザーは広告主であっても、受け手でないことは間違いないことです。ですから、海老根氏のおっしゃることは、私には理解できないことであります。

しか~~~~し、ヒガシ。

だからといってタカヒロ氏のように"インサイト無し"と言い切っても良いものでしょうか?

ここにきてgoogleの株価が冴えない。

japan.internet.com の記事によりますと
「オンライン調査会社 comScore が発表した最新の市場分析結果によれば、Google が掲載したクリック課金 (PPC) 型広告が、1月に米国内で得たクリック回数は5億3200万回で、前年同期と比べて0.3%減少したという。」
そして、このニュースの影響でgoogleの株価が下落しているといいます。

クリック数の増減が(googleが望むと望まざるとによらず)業績評価の指標になっている google が安定的に事業を伸ばしていく(株価を上昇していく)ためには、googleがクリック課金モデルから脱却して、次のモデルにならないといけないと思います。

では、クリックの先、すなわちコンバージョン課金モデルになるというのでしょうか?
それは、広告を通じて広告主の商品売り上げにコミットすることであり、ひいては、その企業の業績そのもの、ビジネスモデルの成否に対してコミットしていく(左右される)ということでもあります。

それができないのであれば、

クリック課金モデルから、単に、表示課金(CPM)モデルになることしか取るべき道は無く(他にあるのかもしれませんが)、事実googleは"サイトターゲット(CPMモデル)"に力を入れているふしがあります。
サイトターゲットは広告媒体向けには"アドマーケットプレイス"と表記している通り、単に広告スペースの流通業でしかなくなる、ということです。

それこそは、極めてレガシーな広告モデルである"希少性"をベースとした広告事業になる危険性をはらんでいます。なぜなら、多くのメディアは希少性広告モデルを基本としたレガシーメディアであり、それは早々変わらないからです。

希少性をベースにしない広告モデルを作り上げた企業が次の広告業界を作り上げていくのだろうな、と思います。

そう考えると近田智昌氏のblogエントリーにある。

「そもそも広告の本質って、「広く伝える」ことだという認識です。」

という言葉を、広告業界にいる者は心を白くして、傾聴すべきだと思いますが、、、、いかがでしょうか?


ドラゴンフルーツふるさとに帰る

2008年03月01日 | ドラゴンフルーツを育てる。
僕は、ドラゴンフルーツの子供のドラフル。去年の夏沖縄で取れたお母さんの種の一粒として生まれたんだ。一粒種でないのは少し不満だけど、まあドラゴンフルーツの種って大量にあるからね。

普通、ドラゴンフルーツの種は果肉と一緒に口に放り込まれてプチプチとつぶされてしまうか、それを免れても、ウンコになって流されてしまう運命にあるんだ。
でも、もらわれてきたお家のおぢさんは、いくつかの種を鉢にまいて、こうやって育ててくれたというわけなんだ。

僕らは一つ鉢に生まれて、仲良くすくすくと大きくなってきたのだけれど、ある日おぢさんが僕だけを小さな鉢に移し替えたんだ。

"おぢさんどうして僕だけ一人ぼっちにするの?"と聞いたらおぢさんは答えた。

"君はみんなと離れて一人、ふるさとに帰るんだよ"

ふるさと?それは、沖縄の名護市というところなんだって。僕はまだ種だったのでそこがどんなところか知るはずも無いけど。「帰る」って聞いたときに胸の端に暖かい、そして懐かしい南国の風がさわさわと流れたような気がしたんだ。

僕を入れた小さな鉢は、少し大きめのかごに入れられて、旅の準備を整えてくれた。これなら、旅行中に揺られても僕が倒れることが無いだろうからね。

僕たちは神戸空港から飛行機に乗って沖縄に向かったんだ。


こうやって、僕は名護に帰ってきた。

お母さんを送ってくれた、名護のおぢさんは驚きながらも、僕を歓迎してくれた。
これからここで育って、立派な実をつけるんだと、少し不安に思いながらも、すこし誇らしくおぢさんの手にだかれた鉢の中で僕は胸をはって、大きく暖かな空気をすったんだ。