人生はコーヒールンバだな。番外編1:ビジネスモデル

2004年07月27日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
【Log-in】
プラリと立ち寄った場末の部屋。扉には「まみの休憩部屋」とある。部屋の女の子と常連の会話をしばらく聞いてみる。

mami: 先日臨時収入で40万入りました. なので返済が終わりました
kon: まさかお別れ?
sonic: おめでとー
nanimono: えええええええ
nitti: ええええええええええええええ
master: えーーーーーーーーーー
mami: すぐにお別れではないけど。いえいえ。お店にもお世話になっているので すぐにやめるわけにはいきません
kon: えらいぞ!
mami: 一応お店にはかなり貢献しているので 店側もすぐに辞められると困るとの事ですし・・。

店?この部屋は店になっているのか?しかし、ココは入場無料だし、部屋の子にお金を払う仕組みもないようだが。事実、mamiなる子の姿をみながら、こうやってみんなの会話を聞いているではないか。
私は近くの人に直接きいてみた。

poco :この子はプロの方のようですが、なんで、ここにいるんですか?
misterx:あ、そそ。mamiはプロですよ、壁の向こうではね。あちらは、ちゃんとした店で、会員制・時間単価制の二人きりの部屋です。あなたは行ったことはない?
poco :はい、残念ながらw
misterx:そうですか。あちらの店で,お客さんが帰ってしまったり、少し疲れたりするとこちら側に来て、一息つくのです。

ほう、それで、「休憩部屋」・・か。

mami: まみは前職で 会社の役員でした。自社株を二つもたされてました。 一つ40万円
sonic: (一応きのうの夜に聞いてたけどね・・・イヒッ)
nitti: すごい
sonic: 役員さんか^^
nanimono: へぇぇぇ
nanimono: ああああ それでか。。。
mami: 退職したときに両方売ったつもりだったんですけど 片方が残ってました。先日会社から連絡があり 現金に戻したのです。 なので実家への返済は終わり、ここで働く必要もなくなってしまいました。
nitti: そうだね おめでとー
mami: ますたー・・・・. www www. ありがとう
master: (; ;)ホロホロ
kon: でもまみたんと会えなくなるのは寂しいな・・・
mami: OLだけでまあ食べてはいけます
nanimono: ほんと さみしい限りだ
master: ごめん。 実はまみのことが好きだったんだ>なにもの
mami: たださっきも話したとおりに、お店をすぐ辞めるのは迷惑かかります
sonic: しばらくは続けるのね^^
master: 辞めたあとは、もう会えないの?>まみ
jiro: やめちゃうんですかあ?
mami: とりあえず来週から土日月の3日間のみになります
kon: のみかぁ・・・
jiro: ほほう
nanimono: そっかぁ
mami: ここまでの通勤で2時間近くかかるのもあるので
nanimono: わかったよ~
master: その後は?
mami: 在宅の方で進めてもらえるそうです
sonic: 無理しないでね^^
kon: よかったじゃん!
nanimono: おおおお. そっかw
sonic: 在宅かぁ^^

私はここまで聞いて一つのビジネスモデルを思いついたので、先程の人に聞いてみた。

poco :あ、わかりました。彼女はこちらに来て、営業しているんですね。こちらでお客さんを見つけて向こうのお店に連れて行く。そういう構造なんだ。
misterx:んむ。そういう見方もありますね。でも、彼女はあくまで休息に来ていると、言っていますがね。

確かに、同様の部屋がここには幾つかある。部屋名の横に、ここでないどこかの住所が書かれているものだ。いわばここはストリート。道に面した店から女の子が出てきて客引きをしているという図なのだ。

mami: この街の方なんだけど
sonic: うん^^
mami: 先日ショックな事を聞きまして
sonic: なになに?
nanimono: ん?
master: ?
kon: ショック?
mami: なんか私を撮っている人がいたらしく。 ここの他のメンバーさんに「撮ったよ」と言ってそれを送信したらしい。ちょっと怖いです。
nanimono: ええええええええええええええええ?
mami: 顔も事故で出ちゃってるし
nanimono: なにそれ!
sonic: ひでぇことするねぇ^^
kon: 怖いな・・・
master: 事故ででちゃったの?
mami: まさか 私も自分の許可なしに撮れるとは思ってなかったから、、事故った時に丁度撮ってたかなんかで・・・。
nanimono: 最悪やんかぁ
sonic: マジで気をつけてね^^
nanimono: ひどいよね
nitti: ひどすぎだ
mami: まあこんな仕事なので危険は伴うと思うし、のこのこ入ってきた私の責任なので それについては何も言えません。まあ考えてみればプリントスクリーンで撮れば取れちゃうんだろうし。
sonic: それにしてもひどいよね^^
nanimono: ひどすぎる
nitti: そだそだ
mami: 肌見せの件なんだけど。私は元々「顔出しなし、脱ぎなし」でこの店に入りました。
sonic: そだったんだ^^
jiro: ふーん
mami: ハッキリ言って。名前を名乗らずに「脱げ」といってくる人に脱ぎたくないというのが私の 意見です
kon: そうだね
jiro: うんうん
nanimono: うんうん
mami: 店側としては 私が続けるのに あたっては、 話中心として進めていけばそれでいい、という事になりました
kon: ほうほう:
nanimono: うんうん
sonic: そっか^^話中心なら安心だね^^
mami: 脱ぐ子もいれば脱がない子もいるし、それは本当に女の子の自由なので、最近 私のお客さんは本当にお話中心になってきているのです。
jiro: ふーん
jiro: ほう
mami: 昨日も4時間35分様がいました
kon: いい事だ。
sonic: いいお客さんがいっぱいでよかったね^^
mami: 一切脱ぎなしです
jiro: おお
master: ほほー
mami: 店の人も喜んでくれました
jiro: うーん・・
nanimono: それはまみちゃんの魅力のなせる技だね
master: そそ
kon: だな
mami: なので今後はなるべく脱ぎ要求の高まるここは少し避けます。そんで脱ぎ要求のひどい人は 他の脱ぎ専門の女のこを紹介するようにします。
nanimono: 了解ですw
nanimono: なるほど
kon: いいかもw
nanimono: いいねw それ
mami: お試しでおっぱいとパンツは見せてるけどね.w。 うーん。 私 身体にあざがあるから、 知ってる人見たらすぐバレルw
kon: でもセキュアだと新規開拓できないし・・・
sonic: もう新規開拓しなくてもいいじゃん(w
kon: いいかもw
nitti: そうおもう
nanimono: まみちゃんは十分にやったよw
mami: 要するに、無理して稼ぐ必要が少なくなったので. 無理して脱ぐこともしません
sonic: そだね^^
kon: そだね
nanimono: そだそだ
sonic: それがいいよ^^
nanimono: 激しく納得した!
kon: 脱がなくてもまみちゃんはまみちゃんなんだしw
nanimono: そういうことw
master: いつまでも、ぼくのまみちゃん
sonic: ほんとーによかったね^^
nanimono: 俺は まみちゃんの雰囲気の良さでここに来てるんだしw
mami: とりあえず土日月だけ出て そのうちまた様子をミテ、時間を決めようと思います。
kon: そうだね。. それがいいよ。
mami: 本当はすぐ引退してもいいんだけど みなさんにもお世話になってるので、バイバイというわけにはいかないし、私もみんなと別れるのは辛いからね。
kon: 引退はしてほしくない!
nanimono: まみたん しっかりしてるなぁ
master: まみに会えなくなると、すんごく悲しいのはぼくだけ?
mami: まあ 家からでもアクセスできるのでw
master: そだそだ
nanimono: 俺もだよ
kon: 俺もだよ>ますた
sonic: チャットはいつでもできるし^^
mami: ネットはアクセスしないと完全に切れちゃうからね
master: (;>_<;)ビェェン

「アクセスしないと完全に切れちゃう」
私の心の中にはしばらくこの言葉が空虚に響き渡っていた。

【Log-out】

人生はコーヒールンバだな 11

2004年07月25日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
「さて、春田さん。SanMateoAkyukiとの取引について、もう少しお聞きしたくて今日はこちらに足を運んでいただいた、というわけです。」

素留警部補は、紳士的に話を切り出した。しかし、その目は鷹の目の輝きを失ってはいない。

ここは、兵庫県警14階。港の見える応接室である。春田星平は部屋の扉を入ってすぐ、窓に面した側の席に座っている。素留警部補とにむ刑事は窓を背にすわっている。春田からは二人の顔は影になって、その表情を読み取ることは難しい。

「取引といっても、取引らしい取引はやっておりませんのです。」

春田は、どこか言葉を選ぶように、話をし始める。

「中国進出で煎餅を作って売ろうと思ったときに、私は中国には知り合いはいませんでした。まあ、編集長でいたときに、取材先や、ニュースソースの関係で中国につながりのある人はいました。私は、そんな何人かの人に相談をした。でも、だれも私の話をまともに聞いてくれる人なんかいなかった。

「そりゃそうでしょう、今まで文章を書くことしかしてなかったんだ。日本の製造業の行き末なんて記事を書いたところで、実際の現場で働いていたわけじゃない。」

「知り合いの企業からしても、編集長なんて、記事を載せる雑誌があっての編集長ですからね。その雑誌がなくなってしまったら、元編集長なんて何の価値もない人物ですからねえ。そんなやつに何かしてやっても見返りは期待できません。
ましてや、商売を始めるのに今や世界一ゲインも高ければリスクも高い中国。」

「そして、煎餅。煎餅ですよ、たかが煎餅。世界一グルメな国に煎餅なんて売りに行っても、誰も買っちゃくれないと、けんもほろろでした。
途方にくれましたね。」

「そんなある日に、私は、前お話しした渋谷の『ば~だるもあ』に立ち寄っていました。いえ、何かを期待したわけでなくなんとなく行ってみたんです。」

応接室に、小太りの女性警官がコーヒーを三つ、お盆に入れて入ってきた。星平は目の前に置かれたそれを、勧められるままに一口すする。

「Akyukiのことは、思い出していましたよ、いろんな人に断られ続けた間には。名刺も持っていたし。でもねえ、渋谷の場末のバーで出会った、わけわからんアジア人ですよ。『コマタコトアタラ、ココニレンラクスガイイ』なんていわれても、あんな怪しい東南アジア人に相談するなんて思いもよらなかった。それこそ、リスクが高すぎますからねえ。」

にむは大きくうなずく。
「そりゃそうでしょうねえ、アイツは、中古自動車部品の輸出なんていいながら、実際はなんと、密輸・・・」
と言いかけたので、素留はにむのふくらはぎを思いっきり蹴りいれる。
にむの持っていたカップからコーヒーが少しあふれ出て、にむのズボンを濡らす。

「あ~ぁ、このズボン今日、県庁生協のクリーニングから戻ってきたばっかりなのにぃ。また、出さなきゃ。高いんですよ、ズボンだけなら250円もするんだから。背広上下ならセットで400円なのに。まったくなにするんですか、ぷんぷん。」

素留はにむをまったく無視をして。
「春田さん、お続けください」

「あ、そですね。その日、久しぶりにば~だるもあの扉を開けると、なんとそこにAkyukiがいたんですよ『ヒサシブリヤノオトミサン』なんて、訳わからん事を言うんだ、あいつは。」

ふふっと、口元を緩ませて春田はつづける。

「あいつに見つめられるとね。なんだか、私は心の中のことをみんな話しちゃうんだな。中国で煎餅を作って売りたいこと。知り合いに相談しても、うまくいかないこと。どんな煎餅を作りたいかから、相談をした企業や人の名前なんかみんな話してしまったんですよ。」

「するとね、Akyukiの目つきが少し変わったと思ったら、そこから30分間、携帯電話のかけっぱなしですよ。中国語、英語、日本語それや私の知らない言葉。あれはタガログ語でしょうねえ。10本以上の電話をしていたなあ。最後の電話が一番長くて、でも5分くらいだったか。」

「電話が終わったときにはすべての話が出来ていました。原料の仕入れから、製造装置メーカーから、当面の販売店まで。それが判ったのは、私がAkyukiに連れられて上海へ行ったときでした。」

「彼はアイデアマンでした。中国人に受け入れられる煎餅の形、焼き具合、もちろん味まで、いろいろアドバイスしてくれた。多くは日本の物をそのまま入れてOKでしたね。最大のヒットは意外と『ごませんべい』でした。中国ってゴマの国だったんですね、そういえば。あ、そうそう、いくらか持ってきましたのでよろしければ味見してください。」

春田は足元に置いたバッグから一袋のゴマ煎餅を取り出して、二人の前においた。
すかさずにむが袋を開けて一枚、ゴマ煎餅を口に持っていき、パリっとほおばる。

「お、これは、うまいっすよ。私、ゴマ煎餅には目が無くてねえ。ゴマ煎餅といっても幾つか種類がありましてね。草加煎餅のような普通の醤油味の煎餅にゴマつぶを練りこんだものや、油であげたものなんかが一般的だけど、私はやっぱこれみたいに肌色のやつがいいですね。これって、いわゆる南部煎餅ですよねえ。塩味が薄くってゴマの香がきいてますね。白い生地に黒ゴマが模様を描いていていいですよ、ぱりぱり」

「南部煎餅の由来はいくつかあるんですけど、代表的な説は、『600余年前(建徳年間)、長慶天皇が南部地方を巡幸の際、家臣が近くの農家から手に入れたそば粉を練り、丸い形に焼いて、ごまを上からふりかけ、天皇に差しあげたところ、風味があってたいへん喜ばれた。』というやつですね。その後、南部藩の領民が、主にそばや大麦を主原料としてそれぞれの家で鍋を使い、かまどやいろりで平たく焼いて、主食やおやつとして食べていたんですって。地域的には、八戸や三戸地方が歴史的にも古くて、盛んにつくられていた、と。水分が少なく保存がきくんで、南部藩の野戦食としても用いられたたんですって。わたし、本庁にいたときに、視察旅行で岩手県南部煎餅協同組合へ行って教えてもらったんです。」

素留は、ゴマ煎餅談義には耳を貸さずにつづける。

「恐縮ながら、春田さんのその後のご活躍は調べさせていただいています。原料仕入先、製造工場と製造装置メーカー、現在の販売ルートと、おおよその年商。
私が聞きたいのは一連のAkyukiとのビジネスで、なにか、特別な取引をしなかったかということなんです。」

「いいえ、特に。今の仕事も、ビジネス全体に商社がかんでいますので、煎餅を作って売ることに関わること以外の取引は一切していません。 Akyuki個人とも、会社立ち上げ時に幾ばくかのコンサルタント料を払って、あとは、株をいくらか持ってもらいましたからその配当くらいでしょうか。ま、これは彼に対する感謝の気持ちを越えるものは無いですが。この辺の情報は素留さんもお調べでしょう?」

「はい、調べています。でも、仕事を始めるに当たってAkyukiがなにか特別に指示したりしたことはありませんか?」

「う~む。そうですねえ、特別には・・あ、そう。あえて言えばですが、そのゴマね。そのゴマの仕入先の指定だけはあったな。東京にある食品専門商社なんですが、小さな会社でね。ちょっと心配だったけどこちらのほうで調べても問題はないし、ま、私と同じようにAkyukiに縁のある会社なんだろうと思って取引をしています。」

「そうですか」と素留

「しかし、このゴマ煎餅はちょっといただけないですねえ」
とにむが話に割り込んでくる。

「わたしは、ゴマ煎餅についているゴマは全部前歯で一粒一粒つぶして食べるほうなんですよ」

「え”そんなんできるの?」
と素留が目をむく。にむは得意げに

「できますよお。一粒一粒からはじけ出るごま油の味の差を確かめながら食べるというのが、ゴマ煎餅の醍醐味じゃないですか。ねえ春田さん」

「いえ、わたしは、そのような趣味は・・」と腰をひく春田。

素留はほとほとあきれて にむ にいう
「お前はほんまに変なやっちゃなあ。人のやらない変な食べ方してて『いただけない』なんて、春田さんに失礼や無いか。謝らんか」

にむはむきになる。
「いやいや、これは見逃せられないです。欠陥といってもいいかもしれません。ここに練りこまれたゴマのいくつかが・・」

第十二話へ
人生はコーヒールンバだな 第一話へ

人生はコーヒールンバだな 10

2004年07月25日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
神戸中央区下山手通り・北長狭通り地区はJR東海道線の北側、神戸。三宮から元町に向けて東西につながる地区である。神戸への来客は2種類、買い物客と観光客である。

多くの買い物客は、JR三ノ宮駅から少し南にさがり、センター街を西にとって神戸大丸百貨店、少し脚を伸ばして元町商店街までが一般的なルート。

観光客は同じく三ノ宮駅で降り、北野坂を山手に上り、異人館街へ。いくつかの異人館を巡りながら歩みを西へすすめ、トアロードを海に向かって下りてくるとそこが旧居留地。そのまま、南京街へなだれ込むというのがベーシックなルートである。

しかしながら、この下山手・北長狭地区は市民のための歓楽街である。一番東に位置する北野坂の一本西に通る「東門筋」は神戸屈指の飲み屋街。高級倶楽部やスナックが軒を並べる。東門筋から生田神社を挟んで西側、東急ハンズ北には、神戸を代表するライブハウスの老舗「チキンジョージ」がある。そこから西へつながる地区はスナック、風俗、ラーメン屋、パチンコ・マージャン屋など歓楽街に必須の店が並ぶが、その一角に暴力団事務所などもある。
元町駅東側を旧居留地(海側)から山に向かって続くのが鯉川筋。それを過ぎると兵庫県公館(旧県庁庁舎)。その西隣に兵庫県警察本部の高層ビルがそびえる。

その日、小太りとは言いきれない肥満のサングラス男を乗せた赤い郵便バイクが、JR元町駅高架下を横切る鯉川筋を、大丸百貨店方面から中山手通りに向かって登ってくる。

彼の制服の前ボタンははちきれんばかりになっており、同じように後ろに積んだ郵便物を入れたボックスにかけられた網も伸びきっている。バイクのエキゾーストからはもうもうと白い煙が吐き出されている。
頭に載せられた、彼には小さすぎる、郵便マークのついた白いヘルメットのあご紐は、だらしなく垂れ下がり、剛毛のロングヘアとともに頼りなく揺れている。

郵便バイクは、県警の裏門から駐車場を抜け通用口前にとまる。配達員は、部署ごとに並べられた郵便受けに郵便物を振り分けていく。バイク後席のボックスの郵便の山は数分でほとんど無くなった。

郵便物を振り分け終わると、彼は「ビッビッ」とバイクのホーンを2度鳴らして今きた坂を降りていった。エキゾーストから白い煙は、ない。

しばらくすると、ビルの奥からキャスターつきの運搬具を押した小太りの女性警官がその郵便物を取りに現れた。慣れた手つきで郵便物を運搬具に載せられた大きなボックスに取り込み、守衛の老人に一言二言交わしてビルの奥に戻っていく。

今日も、昨日と同じような一日である。

「郵便です」

女性警官の声を聴くやいなや、にむは自席をたって、郵便物受けにされているカウンタ上の茶色い紙箱に近づく。いくつかの封筒(飲み屋の屋号と住所が印刷されている)をすばやくズボンの尻ポケットに突っ込むと席に戻ってくる。
席について、改めてはがきと封筒をチェックするにむ。

それは、5つ目の封筒であった。

「げっ。ほんまに来るかぁ。素留警部補っ、来ましたよっ!」

「なにがじゃ?」と素留

「請求書。網瞳からの・・。」

「えっ、そんなんできるの?」
素留はにむから請求書を取り上げると明細書を見る。

総額 1万7,896元
出精値引き 96元
合計請求額 1万7,800元

ときれいな筆文字で書かれていた。

「ほんまに送ってくるか。相当俺達のことは知れてるな。どれ、明細はどうなってる。」

と、請求書をにむに戻して、聞く素留。にむは中国語の請求明細を読み上げる。

彼は、請求書にはうるさい。すべての項目にチェックをかけなけなければ書類を回さないたちである。

「はい、警部補。では読み上げますね。え~まず北京ダック1匹230元」

素留は目をむく

「あほか!北京ダックを食べた店は網瞳と関係ない。お前が払って請求書もらってただろう!」
「あ、わかりましたか、こりゃこりゃ・・」とにむ

「遊んどらへんで、チャンと読み上げんかいっ」

「ラジャー」

「一枚目はジャズバンドの入っていた店の分ですね。チャージが2名様400元。ボウモア50元。青島ビール2本で60元。えっ、冷えたのをよこせといって換えさせたつもりが追加になってます。ボーイへのチップ100元。ちゃんと領収書に入ってますよ。なかなか良心的ですね。網瞳が注文したカクテル『上海』50元とサービス料が56元」

「カラオケ4名様800元。えっ、あの初老のオヤジの分もついてるますよ。オヤジの壊したマイクが一本で200元。私の突き破ったガラスが同じく200元・・と以上カラオケ屋からの請求一覧です。」

「次は車ですね。レンタカー代2000元。げっ、あのプジョー206CCってレンタカーだったんだぁ。ガソリン代が80元と保険料が500元。乗り捨て料が400元。アイツどこまで帰ったんだろう?以上がレンタカー屋からの明細です。」

「つぎに、飛行機のチャーター料10,000元。これ以外と安いですね。そうか、網瞳の組織の自前のようです。で、なに?ほぅ、うんうん、な~るほど」

「なんやねんっ?」と素留。

「あ、あの飛行機撃墜されたじゃないですか。その分は保険で処理しましたので、請求なしですって。」

「飛行機一機を保険で処理できるんだったらカラオケ屋代くらい経費で一緒に処理しとけ、ったく」

「後、人件費、接客サービス、チップ含めて〆て1万7,896元になってます。で値引きがあって、1万7,800元、と。日本円で・・っと」
と電卓をたたくにむ。

「23万1千400円ですね。どうしましょう?」

「昨日東門街でしょっぴィた中国人のブリーフの中にでも押し込んでおけ」

「そんな、むちゃな・・」


第十一話へ
人生はコーヒールンバだな 第一話へ

人生はコーヒールンバだな 9

2004年07月07日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
「知りすぎてしまったじゃないのって、言われたって、あんた。あの人、聞く前に自分から話しちゃったじゃないですかぁ」

前席に座る網瞳とゾルの間に頭を突き出してにむは聞いた。
高速で走るオープンカーの巻き込む風で網瞳の長い髪がたなびき、にむの鼻をくすぐった。小さく、ライチの花の香りがした。

網瞳はまっすぐにハイウェイの先を見つめながら答える。

「あの人は、聞いている人が限られた閉鎖空間だと、話しちゃいけないことでもべらべらと話してしまう人なのよ!ったく、あなた達ったら日本に帰りなさいと言ったときに黙って部屋を出て行ったらよかったものの、カラオケ本なんか見ているから、彼は全部話しちゃったなじゃないの。」

「へっ?そんなこといわれてもなぁ」とにむ。

「だから、やっかいな事件に巻き込まれたんだと言っただろう」とゾル。

網瞳は覚悟を決めたように言う。

「仕方ないわ。私がなんとかします。」

と、胸ポケットから携帯電話を出し、耳にあててどこかに電話をする。
何事か、オンドゥル語で神経質に電話をしている。
話がついたのか、パタンと携帯電話を閉じて、

「虹橋空港じゃだめだわ。もう、あそこは閉まっている。蘇州の先の光福空港ならなんとかなるわ。」

というなり、急ブレーキをかけて路肩に車を止める。にむが後部座席前に転がり込んでいるうちに、プジョー206CCの電動ハードトップはほんの20秒で閉まり終える。

タイヤを軋ませて、発進する網瞳。目的地は光福空港だ。

光福空港は、蘇州と無錫の中間地点にあり、北京、福州、広州などの都市にローカルフライトがある。ただし、この空港は「蘇州連合航空」専用となっており、便数が少なく不便である。大方の時間は閑散とした飛行場である。

東の空が白み始めてきたなか、スモールランプだけをつけたプジョー206CCは滑走路端の機体倉庫脇に滑り込んでくる。倉庫の前には単発のセスナ機が一機息を潜めて止まっている。機長席には小太りとは言いきれない肥満のメガネ男が、皮のジャンパーを羽織って座っている。

車を横付けすると網瞳は、ゾル、にむの二人に言う。

「このセスナに乗りなさい。そして、北京空港まで運んでもらって。向こうにエージェントが待っているから、その指示にしたがって、日本に帰ってください。」

にむは、
「えぇ・・やだよぉ。こんな、ぼろ飛行機」とつぶやく。

機長席のメガネ男がにむをにらみつける。彼は、どうも日本語が判るらしい。

「とやかく言わずに早く乗って!」
という網瞳の言葉に背中を押されてセスナ機に乗り込む二人。
メガネ男はエンジンをかける。

キュルキュルキュルとスターターが軋んでエンジンが掛かる。
夜明け前の飛行場の静寂はセスナ機のエンジン音で切り裂かれる。

セスナ機はとろとろと、タクシングウェイに乗り出て10メートルほど走ったところで、エンジンを止めてしまう。
メガネ男は「ちっ」と舌打ちをして、外に出、エンジンカバーをあけて、スパナ-で何かをかきまわす。
程なく、機長席に戻って、エンジンを再起動したときに、空港のミニバンがセスナ機に横付けされる。

運転席には、網瞳がいる。

「あなた達、このバンに乗り移って!」

わけのわからないまま横付けになったバンのスライドドアから乗り移る二人。
二人が乗り移ったのを、知ってか知らずか、メガネ男はエンジンの回転数を上げて、タクシングウェイをそのまま、加速して朝日に向けて離陸した。

バンのフロントガラス越しにセスナ機の影を見送る3人。
空全体に、セスナ機のエンジンの音が遠く静かに響き渡っている。

ほどなく、右手方向から小さくとがった飛行機が高速で近づいてくるのが見えた。中国軍の最新鋭戦闘機「殲10甲」だ。
影のままのその機体から小さなつまようじほどのものが、煙を吐いて、セスナ機に向かって発射される。
つまようじはまっすぐにセスナ機に向かって飛んでいき見事にその、尾翼を突き抜ける。

煙を吐いて墜落するセスナ機。
機長をぶら下げた落下傘が朝日の中をくらげのように頼りなく漂っていった。

「命びろいしたな。」

と、ゾル。
にむは、横の席でがたがたと震えているのは、カラオケ屋の二階から飛び降りたときに痛めた足のせいか、死ぬかもしれない経験のせいか・・。

網瞳の運転するバンは静かに空港ターミナルへ向かう。

「さっき、確認したら、あなた達の持っているツアー切符はここから、北京経由で日本に帰ることになっていたじゃないの。このまま、予定の飛行機に乗れば何事も無かったように日本に帰れるのよ。無理すること無かったんだ。」

「え、でも、どうやって通関すればいいの?」とにむ

「大丈夫、私の方から手は回しているから、そのまま、待合ロビーに入ればいい。ここで待っていて。パスポートをお貸しなさい。」と網瞳

パスポートを渡す。
程なく、出国スタンプの押されたそれを手に二人は、ターミナルの螺旋階段を上る。

階段の下で、網瞳は二人を見上げながら

「あんたたち!ここであったことは誰にも話しちゃだめよ。それと、ここまでにかかった経費はきっちりと請求させてもらいますからね。」

ゾルは、網瞳の涼やかな眉間を眺めながらにむに耳打ちする。

「彼女は素敵だが、あの話っぷりは、きっとお袋さんの話し方だろうな。彼女のお袋さんには、会いたくないな・・。」

こうして、二人は光福空港発、北京空港経由で関西国際空港に舞い戻ることが出来たのである。

めでたし、めでたし

「事件はどうなるんだよぉぉぉっ!」

と、にむが叫ぶ


第十話へ
人生はコーヒールンバだな 第一話へ

人生はコーヒールンバだな 8

2004年07月07日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
「素留警部補、にむ警視。あなた達はここにいる方々ではありません。」

濃紺スリーピーススーツに身を包んだ、白髪交じりの初老といえる男は、あくまで優しい目つきと口元に微笑を浮かべながら静かに言った。

にむは目をむいて応える
「な、なぜ、あなたは私たちのことを知っているんだぁ。あなたはだれなんだぁ」

紳士はそれには応えずに、少し唇の端をゆがめる。目つきはあくまで優しい。

説明せねばなるまい。

彼こそ中国公安局から派遣されたフリーの捜査官「中草探」その人であった。在米中国移民の子として生まれ、大学で数理統計学を修め、卒業論文「全数検査とサンプル検査における誤差分散補正への自己相似形適用による高速化」が評価され、CIAに入る。極めて優秀な調査・分析員であった彼は、その情報分析力をかわれて、エシュロンシステムのプロトタイプ構築に関わったという。
CIAの特殊要員養成講座時代に、手裏剣、ライフル、ジャックナイフ、ダーツ、はては風車など飛び道具には無類の才能を発し、スナイパー養成学校の客員技術指導員を勤める。
同僚には、あの、ゴルゴ十三(じゅうそう)がいるといわれている。
彼の出た養成講座は卒業時の成績ランキング順にその後のコードが振られる。英国では001からはじまって、有名な007、009~~と続くのであるが、CIAの場合はゴルゴ1、2、3と続く。(そんなことは、誰も知らない)
草探は、59番したがって、彼のコードは本来はゴルゴ59であるのだが、非戦闘要員のコード0がついて、059、〆てゴルご059と呼ぶ。

ゴルご059はマイクを一つ取り上げて、右手にもつ。

「あなた方が上海にカラオケをしに来たのではない事は、わかっています。このまま、ここでいろいろ歩かれると、少々厄介なことになると思いますよ。今日はホテルにお戻りになって、明日の朝私どものほうからハイヤーを迎えにやりますから、それで日本にお帰りください。」

にむは
「なんだなんだぁ。なんでお前がそんなことを俺達に指示しなきゃならないんだ。お、俺達はただの観光客だ。それ、パスポートも見せてやる。うりゃうりゃ・・」

と、人生で初めて手に入れたパスポートをゴルご059の顔に押し付ける。

ゴルご059はウザそうにその手を払いのける。
顔から先ほどからの微笑みは消えていた。

「お聞き入れいただけなければ、あなた方の家族が悲しい目に会うことになります。ここは中国上海、隣町は蘇州。太湖の雷魚は腹を減らしている・・・。」

にむは、ぞぞっと後ずさりする。

ゴルご059は、カラオケモニターに映る「今日のリクエストランキング」を見ながらつづける。

「たしかに、SanMateoAkyukiの死は、残念なことです。実は彼は私の元部下でしてね。なかなかいい働きをしていた。中国から中古自動車をそのまま仕入れて、フィリピンで部品に分解し、ジープニーを作っていたのは、ご存知でしょう。最初はね、車のシートの裏側とか、ガソリンタンクとかに中国の高価な美術品や紹興酒なんかをこっそり忍ばせて出していた。ま、いわゆる密輸ってヤツですね。ここ3年ほどは彼も、自動車解体工場をこっちに作ったので、割と大掛かりに部品にいろいろなものを入れ込んでフィリピンに送っていた。」

「ところで、今の中国で国外に一番持ち出しにくいものは何だと思いますか?」

にむ は首を横に振る。ゴルご059は少し得意げに、

「金ですよ、カネ。中国は今、外貨をいかに国内に貯めるかにチカラを入れています。観光客や、企業の投資などで入ってくる外貨はwelcomeです。しかし、中国内で儲けた金を外に持ち出すのは難しい。もちろん元じゃないですよ、ドル、円、マルクといった外貨は札の形でも中国にたくさんある。おみやげ物屋やホテルの決済でも円でOKでしょう?女なんか円札のほうが喜ぶ。」

「実はわたしも、こう見えて契約先は中国公安だけじゃない。古巣のCIA、日本の商社、アラブのえらいお坊さん、いろんな人間と契約してましてね。マテオとの仕事はそんな外貨国外持ち出しというやつでした。マテオの殺された晩は、神戸にいるお客さんとの打ち合わせだった。その客に中華街でご馳走になり東門街のカラオケラウンジで深夜まで飲んで、山手幹線に出る角のラーメン屋で分かれてから、私はホテルに帰って寝たのだが、彼は夜景を見るといって、ラウンジから連れ出した女性と一緒に北野坂を上がっていった。それが最後だった。」

網瞳はメンソール煙草に火をつける。ゴルご059はさらに続ける。

「私は、つねづねマテオに言っていたんです。『女と酒、そして薬には気をつけろ』とね。彼は私の教えを守らなかったらしい。女か、酒か、薬か、どれかの件で殺されたんでしょう。」

ゾルと二人でカラオケ本めくっていた にむ がつぶやく。

「なんで、松たか子があって、浜崎あゆみが無いんでしょうねえ・・・・」

ゾルは頷く。ゴルご059は目をむく。

「あなた達!何も聞かずに日本にかえりなさい。」

ゾルがカラオケ本から目を上げて応える。
「で、私たちが、日本に帰ることを拒否すれば、どうなるんでしょう。」

ゴルご059は、マイクを持った右腕を肘で90度に折り曲げ、聖火リレーランナーのようにマイクを掲げる。そして天井を見上げ、スイッチをオンに倒して、静かに言った。

「あぼーん、ですよ。」

そりゃ「リボーンだろっ!」

と叫ぶやいなや、にむは横っ飛びに草探の足を蹴り上げる。草探はバランスを崩して小型テレビのついた譜面台をつかみ、キャスターのついたそれごと、部屋の奥の暗がりへと転がり込んだ。
ゾルが部屋のドアを蹴飛ばして外に走り出た。後に続くにむ。
薄暗い廊下を走りぬける2人。
突き当たりで二手に別れ、右手の非常口から階段を駆け下りるゾル。
左のボックスに突入したにむは、驚く客を横目に窓からママよと飛び降りる。

非常階段を下りきったところ、ビルの暗闇に息を整えているゾル。
右手から小型のオープンカーが走りこんできた。ゾルの隠れている暗闇の前で急停車すると
「ゾルさん、乗って!」
と叫ぶ声は女性。網瞳がハンドルを握っている。
ゾルが助手席に身を滑り込ませるとアクセルを一杯に踏み込んだプジョー206CCは細い路を駆け抜ける。
ビルの裏手を回って、反対側に出ようとする前で、足を引きづりながら歩いてくるにむを見つける。ゾルは身を乗り出してオープンカーの後ろ座席ににむを引きづりこむ。

車は、上海外灘の街の細い路を抜けて、表通りに出るさま右折し、その先の乗り口から高速に駆け上がり、西に向かってハイスピードで進んでいく。

地平線には、下弦の月が沈もうとしていた。

網瞳は涼しい目でフロントガラスの先を見つめ、黒い長い髪を風になびかせながら言った。

「あなた達、早くここから逃げ出さなきゃ、殺されるわ。」

「なんで?」 とゾル。

「あなた達、知りすぎてしまったじゃないの」


って、聞く前に自分から話しちゃってるんだものぉ・・・・
と にむ は痛い足をさすりながら、心の中で憤っていた。



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