『はじまりへの旅』、マット・ロス監督、2016年。119分、アメリカ。原題は、『Captain Fantastic』。
キャプテン・ファンタスティック。
強権的に見える父親だけれど、実は言動のほとんどは、妻と子供達への愛が動機となっているのが分かる。
森の中で暮らし始めたのも、そもそもは妻の治療の為だった。妻は産後に統合失調症を患い、彼らが拒否しているかのように見える、「消費社会」の病院に入院中だ。
ある日、妻が病院で自殺をしてしまう。妻(母)を遺言に則って弔うために、一家は、アメリカ北西部、ワシントン州の森の中から、2400キロ離れたニューメキシコ州まで、水色のバス「スティーブ」に乗って旅に出る。
この映画は、その旅と顛末を描いたロード・ムービーになっている。
6人の子供達(上はおそらく18歳から下は5歳くらい?)の描写が素晴らしく、見ていて楽しかった。
いわゆるホームスクーリングで父親によって鍛えられた彼らは、あらゆる知識を本を読むことで吸収し、またその知識を「自分の言葉で」解釈し、説明できるように訓練されている。十代で量子力学の本を読み込み、また全員が6ヶ国語を操る。(驚!)
音楽教育も重視されているらしく、父親のギターに続き、子供達が次々にセッションに加わるシーンがある。この家族は音楽と親和性があるようで、音楽のシーンはとても温かい。
そして子供達は日々の鍛錬によって、アスリート並みの体力も備えている。自給自足のため、狩りもする。勿論(?)格闘技も学んでいる。
そんな、こちらの顎が外れるくらい人間としての強度を持った彼らだけれど、何と言うか、とても仲が良いのだ。
互助精神が行き届いていて、小さな子をいつも誰かが見ているし、誰かが一人になることもない。
映画は、四つの色合いに分かれていた。
冒頭の狩りのシーンから始まる一つ目は、子供達を守り育て、強く厳しく、慕われている父親のベン。
二つ目で、ベンの教えが相対化され始める。子供達にとって、初めての「下界」。子供達の前に魅力的な「何か」が現れると同時に、ベンの弱さが垣間見られる。
三つ目は、ベンの世界が、さらに無力で陳腐なものへと突き落とされる。祖父母という、古き良き伝統社会の台頭。
四つ目は、再びシャッフル。そして家族の団結。
ただしそこから、イデオロギー的なものはすっかり抜け落ちている。生き生きとした子供達を見ながら、ベンは静かにシリアルを食べている。
そう言えば、この作品の隠れたキー・パーソンは、アメリカの言語哲学者でアナーキストを自認する、ノーム・チョムスキーらしい。
クリスマスを祝う代わりに、チョムスキー氏の誕生日を家族で祝うシーンは面白かった。プレゼントにも笑った。
「アナーキスト」については、台湾のオードリー・タン氏が、易しい言葉で説明している。
__無政府主義とアナーキズムは、同じではありません。私が考える「アナーキスト」とは、決して政府の存在そのものに反対しているのではないのです。政府が脅迫や暴力といった方法を用いて人々を命令に従わせようとする仕組みに反対する。つまり、「権力に縛られない」という立場です。 (『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』より抜粋)
(タン氏もチョムスキーに大いに影響を受けたと言う。そして監督のマット・ロスもチョムスキーを敬愛しているらしい。ベンも大好き。大人気です(笑))
この映画は、決して何かを批判したり、優劣をつけたり総括する映画ではなくて、ただただ、家族と自分の自由と幸せを願う、頑固で愛に溢れた一人の父親の話だと思った。複雑な感情を静かな演技で(そして派手な衣装で)見せてくれた、主演のヴィゴ・モーテンセンに乾杯を!ありがとうございました。
ところでロス監督。全米たった4館の公開で始まったインディーズ映画が口コミにより、あっと言う間に世界へ広がり、アカデミー賞にノミネートされるまでに至ったのには、どんな気持ちだっただろう?
そんな事あるんですね。
第69回カンヌ映画祭、ある視点部門、及びある視点部門監督賞受賞。
第89回アカデミー賞主演男優賞、第74回ゴールデングローブ賞最優秀主演男優賞(ドラマ部門)、ノミネート(ヴィゴ・モーテンセン)。
6人の子供達と、父親のベン↓強面にヒッピーチックな衣装。
猛烈な訓練により、体力筋力はアスリート並みの一家↓医者のお墨付き。
子供達の娯楽は読書。↓がんがん読みます。
お母さんの好きな曲は、ガンズ・アンド・ローゼズの「Sweet Child o'Mine」(1987) (『ソー:ラブ&サンダー』でも使われてた曲)↓