tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

『行き止まりの世界に生まれて』…僕らが出来ることは、ジャッジを減らし愛することを増やすこと。

2023-04-29 23:59:37 | 映画-あ行

 『行き止まりの世界に生まれて』、ビン・リュー監督、2018年、93分、アメリカ。原題は、『Minding the Gap』。

 第91回アカデミー賞/長編ドキュメンタリー部門、第71回エミー賞/ドキュメンタリー&ノンフィクション特別番組賞、ノミネート。オバマ元大統領が2018年の年間ベストムービーに選出。

 

 

 アメリカ、イリノイ州ロックフォード。

 ラストベルト(錆びついた工業地帯)に位置するこの町で生まれ育った青年、キアーとザック。二人を追うビン・リュー監督もロックフォード育ち。三人の共通点はスケートボードだ。

 自由そのもののようなスケートビデオから始まるこのドキュメンタリーは、キアーへのインタヴューと、ザックへの視線を通して、彼ら自身を取り囲む問題、主に家庭内暴力とその連鎖をあぶり出す。

 「初めて撮ったのは14歳の時」という仲間達のスケートビデオに始まり、12年の歳月が、約1時間半の作品に収められている。

 

 カメラの前で青年達は打ち解けている。「この撮影をどう思う?」と尋ねられたキアーは、笑って「無料セラピーだ」と答える。

 対して、中々本心を見せなかったザックは、完成した作品を見て、涙したという。

 「ザックは、人生で生まれて初めて自分自身をしっかり`見てもらえた’と感じたと思う」と監督は言う。

 

 自分自身や、自分の好きなことを、受け入れられたと感じる経験を持たなかったザックだが、撮影を通して、また完成した作品に、その孤独を共有する他者を見た。それは、自分に向けられたカメラであり、同じような孤独を語る友人の姿であり、そしてまた作品を観る自分自身だったかもしれない。

 

 自らも継父の気まぐれな暴力にさらされ、「世界を因果関係に欠けるものとして認識していた」と語る監督は、仲間の青年達が(年齢的に)大人になる段階において、つまづき、薬物の犠牲になり、刑務所行きになり、または「それ以上のひどいこと」になってしまう現実を、無視できなかったと語る。

 

 物言わず、仲間に寄り添っていたカメラは、後半、ザックの暴力問題から動揺を見せ始める。監督自身を捉え、家族を捉え、これまで語られることのなかった自らの家族内の暴力について、切り込んで行く。

 このドキュメンタリーは、監督を含めた三人の青年の、心の歪みを解きほぐす作業そのものである。

 それはまた観る者の心を解きほぐす。身体的、心理的な暴力とその負の連鎖は、ロックフォードという町だけで起きるわけではない。

 

 (暴力をなくすために)「個人レベルでは、暴力が起きた時に、それをきっちりと指摘するということ。全体としては、ただ暴力を罰するのではなく、暴力が起きる前に止める方法を見つけていかなければいけないと思います。その唯一の方法は、そもそも社会の中で暴力が生まれるきっかけが何なのかを見つめていくこと。(略)」

 (リュー監督インタヴューより抜粋)

 

 少なくともこの作品は、蒙昧な世界に風穴を空け、世界が「行き止まり」ではないことを証明した。仲間を撮った個人的なドキュメンタリーであると共に、社会の問題、人間の心理に深く光を差し込んだドキュメンタリーだった。

 

****

 生き生きとしたスケートビデオでもあり、また幾つもの社会問題、課題を内包する本作。リュー監督の明晰で柔らかい言葉で、様々な問題についての考察から、本作制作のきっかけや、撮影方法、編集、ご自身について等、興味深く読ませてもらいました。

 映画配給会社ビターズ・エンドさんの「note」より、オンライントーク全文のリンクを自分への備忘録として。

https://note.com/bittersend/n/ne2ad829654b0?magazine_key=mfae213ec899e

(2020.9.6 新宿シネマカリテ)

https://note.com/bittersend/n/nc44e51ea6a84?magazine_key=mfae213ec899e

(2020.9.12 ヒューマントラストシネマ渋谷)

 

 

左から、キアー、リュー監督、ザック↓「スケーター仲間は僕にとっての家族だった。」

This device cures heartache.(このデバイスは心の傷を癒やしてくれる。)↓キアーがボードの裏に書いた言葉。

米中西部。古くから製造業、重工業の中心的役割を担うが、1970年代以降主要産業が衰退。町には廃墟となった建物も。

 

 

 

 


『エゴイスト』…勲章だと思う

2023-03-11 02:08:35 | 映画-あ行

 不思議な映画だった。

 この映画を、どんな形で自分の中に残しておきたいのか、何だか良く分からなかった。

 

 所々で、おそらくストーリーと関係なく、ふっと頬が緩んでしまう場面がある。多幸感と言えば良いのだろうか。

 その反面、人間であることを、心を、冷徹に観察する目が付いてまわる。

 

 ファッション雑誌編集者でゲイの浩輔は、パーソナルトレーナーの龍太と出会う。惹かれ合い、幸せな時間を過ごす二人だが、龍太はとある秘密を抱えており、それが理由となって「あなたとはもう会えない」と別れを切り出す。

 

 前半はほぼ恋愛映画なのだが、しかし違和感がある。

 この作品はR15+指定が付いていて、おそらく性描写の為だろう。それもかなりしつこく(主観だけど)時間を割く。またその演出は(演技ではなく)、ロマンチックとはあまり言えず、むしろ淡々としていて即物的に感じた。幸せなストーリーとは相反するように。

 

 温かくて、大きな光が広がるような、そんな多幸感に癒やされながら、しかしロマンチックな恋愛に浸ることは許されない。

 

 そんな目線は後半、衝撃的に逆転する。(以下、ネタバレになるかもしれないので、お気を付けください。)

 

 非情であるかのごとく、自らの心を冷徹に観察し、そして赦した視線に、今度は心の底から救われる。

 浩輔や妙子(龍太の母)の自他に対するギリギリの立ち位置に、バランスをもたらすのがその視線だ。

 言い換えられるなら、それは優しさ、なんだろうか。愛、なんだろうか。

 

 優しさとか愛とかは、複雑すぎて私には難しい。けれど針の穴くらいでも、隙間があるなら、優しさとか愛とかで、その隙間から、誰かと繋がりたい。

 

 人と関わり多様性の中で生きて行く。そこで味わう孤独も多幸感も、もしかしたら一瞬の火花のようなものなのかもしれない。

 

 タイトルの「エゴイスト」は、むしろ勲章だ。

 原作者がどのような心境で自叙伝的小説にそのタイトルを付けたかは分からないが、それはもはや「身勝手」とは言い切れない。受け取った誰かがいるのだから。その誰かも、ギリギリの隙間を通したのだろう。

 

 

 松永大司監督、2023年、120分、日本。鈴木亮平、宮沢氷魚(ひお)、中村優子、ドリアン・ロロブリジータ、阿川佐和子、柄本明。

 原作は、エッセイストの高山真『エゴイスト』(2010、浅田マコト名義)。

 

 この映画は、ゲイ映画であって、ゲイ映画じゃなかった。

 

 

メインの役者さん、素晴らしい↓阿川さんの存在感。台本はあってないようなものだったそう。

最寄りのシネコンでは、裏返しで陳列されていたチラシ↓

何枚か直してみたら(笑)後日また裏返しになっていて、わざとだと知る。ごめん。

2022年に本名で再出版↓2020年に亡くなった著者。付けていた香水は、シャネルの`エゴイスト’だったそうだ。

 

 

 

 


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』…88点とは

2023-03-09 20:51:59 | 映画-あ行

 全編、バカバカしさを押し通しながら、普遍的なテーマを押さえ、共感を呼ぶ。絵面も凝っているし、見応え十分。ストーリーに破綻もなく(そもそものシチュエーションが破綻に近いカオスだけど)、役者が揃い、緻密で、色んなモノが仕込まれている(っぽい)。何回も観れば、その度に何か発見がありそう。

 でももう観ないかなぁ。

 なぜなら、単純にあまり好みじゃなかった。何だか、少し前に観た、デイミアン・チャゼル監督の『バビロン』への思いと似ている。

 

 監督・脚本を手掛けた「ダニエルズ」は、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートのコンビ。初長編作品は前作、『スイス・アーミー・マン』(2016、米)。同年のサンダンス映画祭で最優秀監督賞を受賞するなど話題となる。以降、それぞれ個人名義で長編作品、TV作品などを手掛け、長編第2作目が、こちら。通称『エブエブ』。

 

 『スイス・アーミー・マン』は、バカバカしさでは本作と肩を並べるけど、わりと好きだった。変な映画だけど、結構面白かった。設定自体が本当に素っ頓狂で、斬新だった。「ナニコレ」と思いつつ、引き込まれて、変な愛着が生まれ、最後には泣かされた。(心の中で)

 結構、楽しめた記憶がある。

 

 それはともかく、本作は、今年のアカデミー賞で10部門、11ノミネートされている。すごい。

 去年のゴールデングローブ賞では、最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門、ミシェル・ヨー)、最優秀助演男優賞(同部門、キー・ホイ・クァン)を受賞したことから、最多受賞の呼び声も高い。いつだっけ、アカデミー賞。3月12日(現地時間)。今、調べました。

 アカデミー賞に関して普段は割とどうでも良いのだけど、何故そんなに受けが良いのか、少し謎に思っていたら、岡田斗司夫氏の下のご意見が、腑に落ちた。

 

【エブエブ】この作品がアカデミー賞最多ノミネートした理由は●●だったから【岡田斗司夫/切り抜き】

 

 ビデオの内容は、前半は「88点の理由」。

 要するに、80点以上の私的映画リストに入っており、全然悪くない。どちらかと言うと良い。でも90点以上ではない。

 ・・・えー、同じ。(おこがましい)

 何故なら、「マルチバース」、「異界転生もの」は、日本人はアニメなどで見慣れているから、特に新鮮さもない。

 ・・・えーその通り。(おこがましいダブル)

 

 でも、本当にそう感じたのだ。マルチバース、パラレルワールド。ハリウッド映画だって結構使っているし、シチュエーションに目新しさがない分、バカバカしさが悪目立ちしてしまうのだ。いや、もう普通にさくっと移動したらいいじゃん、と投げやりな気分までせり上がってくる。テーマも共感は出来るが、特に新しくはない。

 ビデオ後半の内容は、タイトルの通り。要するに、本作は「ハリウッドにおける人種差別問題」への批判を内包している、その点が批評家達の心をつかんだのではないか。ということで、これは腑に落ちた。

 

 批評家は、そういうのを評価する責務があるのか知らんけど、私はあまり好みじゃなかった。

 「人種差別問題への批判」が嫌なのではなくて、どちらかと言えば、それならそれをストレートに語った映画が好きなのだ。語り口が好みじゃないと、何か90点以上は難しいわ。何を持ってして心を揺さぶられて良いのか、パスを受け止められなかった。

 

 例えば(唐突だけど)、クリント・イーストウッドが『クライ・マッチョ』で、簡素な小屋の中で、ただ奥さんとダンスをする。

 そういうシーンに、無限の何かを感じて、ぐっと来てしまう。投げられたかどうだか?なパスまで、自ら進んで受け取ってしまう。見えないボールが、ドストレートに胸を衝く。

 

 思えば、ダニエルズのお二人は36歳。デイミアン・チャゼル監督は38歳。

 まだ若いのだ。私の年齢は言えないけど(秘密めいた方がかっこいいと思ってる為・冗談です)、彼らより一回り位上である。年齢は関係ないとは言うけれど、年齢のせいで、目まぐるしさに乗っていけなかっただけなのか。体調が悪かっただけなのか。

 と言って、私は年齢差別をしているのか。それとも私が大人しい日本人だからか。人種差別か。ポリティカル・コレクトネスに引っ掛かりまくっているのか。カオスなのか。

 と、ダニエルズに言われちゃうのか。

 

 いや何だろう、そんなにファンタジーでなくちゃいけないのか?

 

 かと言って「無感動」「無共感」と思ってる訳でもないので、88点(笑)。『バビロン』と同じ。次回作も観よう。いや、エブエブももう一回観てみようかな。

 

 

 

 ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート、監督・脚本。2022年、139分、アメリカ。ミシェル・ヨー、ステファニー・スー、キー・ホイ・クァン。

 第80回ゴールデングローブ賞、最優秀主演女優賞(ヨー)、最優秀助演男優賞(クァン)、受賞。

 

主演のミシェル・ヨー↓色んな姿を見せてくれる。クァン氏と共に当たり役。

夫役のキー・ホイ・クァン↓『インディージョーンズ 魔宮の伝説』(1984)『グーニーズ』(1985)では子役。約30年振りに俳優復活。大好きだったな。

右(下)は前作。ポール・ダノ主演、ハリー・ポッターのダニエル・ラドクリフは死体役(!?)↓

  

 

 

 

 

 

 


『イニシェリン島の精霊』…仮面の下

2023-02-21 22:27:36 | 映画-あ行

 楽しみにしていたのに、何故かタイミングが合わず、昨日ようやく観ることが出来た。

 

 いや~面白かった。終始スリリングで、人間劇としてもとても面白かった。

 

 舞台も良かった。

 1923年、アイルランド本島の西側、アラン諸島のとある島(架空の島)。

 荒涼とした、何もない土地。海があるけれど、すぐ向こうに本島があり、内戦の音が聞こえ煙が見える。それくらいの海。

 しかしそこは近くて遠い、最果ての島。古代の匂いさえ感じさせる。うごめく人間以外は、古代ケルト人の頃から何も変わっていないんじゃないかとも思わせる。

 

 空々漠々とした景色の中、繰り広げられる人間模様は、まるで密室劇だ。

 ドミニクの言う通り、小学生のようでもある。でもそれが哀しくて、切なくて、ユーモラスで目が離せない。

(以下、ネタバレします。)

 

 前半は、どちらかと言うと絶縁を告げたコルムの方に、共感をしていた。指を切るなんて頭どうかしてるんじゃないの、と思いつつ、「お前に時間を奪われるのは、バイオリン弾きにとって大切な、指を失う事と同じくらい、苦痛なのだ。」と、その痛みを可視化して見せているのかなと解釈していた。

 ところが後半、ロバのジェニーが死んでから、様子が一変する。

 ナイスなだけでつまらない男のパードリックが、突如目覚めた。

 

 パードリックは、おそらくとても満足していたのだ。自分の人生と自分の生活に。なのに、妹が家を出て行き、コルムの指のせいで、可愛がっていたロバが死んだ。

 愛すべき平穏な日々を壊したのは、親友のはずだったコルム。お前だ!と言わんばかりに。

 

 そうなってくると今度は、「残りの人生を音楽に捧げたい。お前のくだらない話に付き合っている暇などない。」などと言っていた、コルムの生ぬるさが際立ってくる。

 いや、指を切っているから生ぬるくはないか。

 しかしシボーンのように、知らない土地へ、ドンパチ内戦をしている本島へと出て行く勇気もない。ナイスな男の仮面の裏も、見抜いていなかった。もしくは予測出来なかった。

 自分の指を切るなんて、言っちゃ悪いけど、何てロマンチックで、めめしいこと。

 

 

 マクドナー監督は、この映画の本意、観客へ伝えたかったことは絶対に言わない、と言っているそうだが、一つだけ、「恋愛の別れがテーマ」みたいな事を言ったそう。

 

 作品中でも、神父がコルムに尋ねている。「男を好きになったことはあるか?」コルムは険しい顔で否定した。

 でももし、そうだとしたら。コルムが「パードリックを思慕の対象として好きかもしれない」とふと思い、それを否定したかったのだとしたら。

 呑気で何も考えていないナイスなパードリックを遠ざけようとする理由の一つに、恋愛感情があるのだとしたら。

 

 それは、めめしくても仕方がないかな。仮面を付けていたのはコルムの方か。とは言え、やり過ぎだよね。メンヘラだわ。

 

 メンヘラ男とは別に、キーパーソンとして、精霊(バンシー)役とおぼしき、老婆が出て来る。

 ミセス・マコーミック。

 私は、要所要所に何故か出没するこの老婆が手招きをして、ドミニクを川に招き込んだんじゃないかと、踏んでいる(笑)

 

 ああ、もう一回観たいな。

 

 

 マーティン・マクドナー監督、2022年、イギリス。114分。原題は、『The Banshees of Inisherin』。

 コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン。

 第80回ゴールデングローブ賞、最優秀作品賞(ミュージカル/コメディ部門)、最優秀男優賞(ミュージカル/コメディ部門、ファレル)、最優秀脚本賞(マクドナー)受賞。第79回ベネチア国際映画祭、最優秀男優賞(ファレル)、最優秀脚本賞(マクドナー)受賞。

 第95回アカデミー賞、9部門ノミネート。

 

 

潮風と生ぬるいエールビールを呑む二人↓(美味しそう。)

懐いてくるドミニクは、バリー・コーガン↓名役者揃いの本作。

妹のシボーン↓兄も呼び寄せようとするけれど。

劇作家でもある監督の本領発揮?↓二人には仲直りして欲しい・・。

 

 

 

 


『あさがくるまえに』…均等性と対比

2023-02-13 01:07:24 | 映画-あ行

 『あさがくるまえに』、カテル・キレヴェレ監督、2016年、104分。フランス・ベルギー合作。

 原題は、『Reparer les vivants』(生きている人々を癒やす、の意。英題は『Heal the Living』)。

 

 17歳の青年の脳死と、家族による臓器提供の決断。関わる医師チーム、移植コーディネーター、そして移植を受ける女性とその家族と恋人を描いた物語。

 

 どのシーンに登場する人も、皆主役に思えてくる。

 関わる者一人一人の心象が描かれる事で、複雑で込み入った「人生」(というもの)に光が当てられる。たった一日の、ある夜明けから次の夜明けまで。複雑で多様な人生ストーリーが、画面に即物的に映し出される、一つの心臓に集約されて行く。

 (動悸を打つ心臓とはこういうものか。比喩ではなく。)

 

 複雑な人生と、シンプルな命。それぞれの事情、心と対比するように、心臓は淡々と運ばれ移植される。冒頭のサーフィンのシーンは、シンプルさに含まれるんだろう。ただ夢中になって、ただ生きていることの美しさ。ラストシーンは、複雑さの味わいかな。切なさと、喜び。

 監督インタヴューによると、原作ではシモン青年のストーリーに重心が置かれているそうだが、この映画では、シモンとクレール(被移植者の女性)を同じ分量で扱いたかった、ということだった。

 この作品の語り口、淡々としていて、それが故に余計胸にせまる余韻の理由は、そうした均等性にもあるのかもしれない。

 何かを声高に語らないように。だって本当はシンプルだから。

 

 

 分子生物学者福岡伸一さんの、「動的平衡」を思い出した。

 先生は仰る。「生命現象とは、動的平衡だ。動きながら平衡を保つ現象。生命は、変わらないために、変わり続けている。(エネルギーは循環しているが故に)私たちの細胞は、この風に揺れる葉っぱだったかもしれないし、死んだ後この葉っぱになる可能性もある。」

 うろ覚えなのでもしかしたら、ちょっと違うかもしれない。そしたら、ごめんなさい。

 私が理解出来るかどうかは置いておいて、福岡先生の文章は、とても明快で、かつ詩的でもある。「動的平衡」論はもちろん科学なのだけど、そのイメージは、詩情にあふれる。分子がふるふる震えているだなんて!(理解出来てないだろう感。)

 ともかく、その詩情をストーリーにし映像にすると、この『あさがくるまえに』になるんじゃないかと、ふと思った。

 

190107 動的平衡ロゴmovie

 

 

 

 ちなみにキレヴェレ監督は、ガス・ヴァン・サント監督が好きらしい。

 確かに。

 ガス・ヴァン・サントの名前を覚えるのと同じくらいのポテンシャルで、カテル・キレヴェレ監督の名前を覚えよう。次作が楽しみ。そうそう、エンドロールのデヴィッド・ボウイ「Five years」も最高だった。

 

 原作は、メイリス・ド・ケランガル『Reparer les vivants(映画と同題)』(2014年、英題は『The Heart』)。

 

映画『あさがくるまえに』本編映像(オープニングシーン)

↑話題となった美しい冒頭シーン。映画を見終った後はさらに、生と死を繋ぐ一つの詩のようにも感じる。

 

秦 基博/朝が来る前に-Avant l’aube- (Réparer les vivants Ver.) 映画『あさがくるまえに』オフィシャルイメージソング

↑同タイトルという事から監督の希望によりイメージソングとなった、秦さんの「朝が来る前に」(2010年)。歌詞が映画の内容に不思議とシンクロしているのは何故。

 

よく分からないけど「ありがとう」と言いたくなった。↓

 

 

 

 


『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』…アンビバレントな私

2022-12-21 03:09:42 | 映画-あ行

  前作『アバター』(2009年)、から13年。

 何が行われるんだろうと興味津々。早速、IMAX/4Kレーザー、HFR、3Dにて観て来た。

 

 さて、何があったかと言うと。

 迫力の水、海のシーンにはびっくり。予告も見ていたし想像はしていたけど、ひねくれた私の心もあっさり童心に。手のひらで転がされるとは正にこのこと。いつまでも観ていたいと思ったし、自分も水の中で浮遊しているような感覚で、登場人物と一緒に深呼吸をしてしまった。

 見たことのない生物が、自由に浮力と重力を駆使して泳ぎ回る。優雅に光を反射するプランクトンに囲まれて、自分の周りで、水と空気が一体になったような気持ち良さだった。

 この星のこの海が、架空のものだなんて全く信じられない。それくらいのリアルさで、自分の中の水に対する愛着を思い出させられたような感じだった。

 それと同時に、水の怖さ、空気を失う怖さも体験する。

 

 私達はジェームズ・キャメロンに騙されているんじゃないか?

 私達はと言うより、私は、だけど。何故、現実ではいけないのか。私は現実世界で水に触れることが出来る。水の豊かな日本で、蛇口をひねれば手に感じられるし、川の流れに触れ、海に潜り、雨に濡れることも出来る。空中で水滴が光るのも、丸みを帯びて髪を濡らすことも知っているし、飲むことだって出来る。

 

 ジェームズ・キャメロンは、探検家でもあるそうだ。

 2012年、ディープシーチャレンジャー号に乗って、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵に着底した。単独での潜行は世界初で、1960年トリエステ号に次ぐ人類2番目の地球最深部到達だったそう。(Wikipediaより)

 

 少年の頃から水、海、潜水艦に心を奪われていたジェームズ・キャメロンは、映画作家としても、水、海を舞台とし、液体を使った作品を作ってきた。ただ彼の体を介した水の体験は、そうは言っても、私達のそれとそう乖離していないだろう。何故なら、同じ人間だから。

 でも彼の心が体験した水、憧れた水、想像し感じ取り、味わった水は、一味も、ふた味も違うようだ。

 作中のパンドラという架空の星の、架空の海を使って、彼の心が捉えた美しさや恐怖や畏怖を、観客に伝えようとする。そのこだわりと熱情が、このとんでもなく新しい水の世界を、私に体験させてくれたようだ。

 

 

 ただね。

 私の心は、アンビバレントに引き裂かれる。大げさに言わせてもらえば。

 単刀直入に、脚本をもっとどうにか出来なかったものか。急に現実的なこと言うけども。細かい設定など、分かりづらいところは頭の中ですっ飛ばして良い部分だとして(気にするな、という監督からの合図)、にわかに賛同しかねる展開や、もやっとする部分があることは否めない。う~ん。個人の感想です。

 

 まあ、いいか。ネタバレしたくないので細かく書かないし、この過剰さの前では、そんなことどうでも良い気もしてきた。これは極上の映像詩を伴ったファンタジー。老若男女が楽しめる最先端。3時間あるけれど(!)

 何にしても、パンドラの星を世界の民に周知し、頭に叩き込み、手に入れたジェームズ・キャメロンはもう無敵なのだ。

 企画済みという第3作、4作、5作目も楽しみだ!本当に。

 

 

探検家キャメロンはこちら(ドキュメンタリーの予告編)↓ DEEPSEA CHALLENGE 3D Trailer | National Geographic

 

 

 少し心配だった3Dメガネは、軽くて、記憶よりも掛け心地が良かった。視界も広く、個人的にはほぼストレスは無かった。

 

 

 『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』、ジェームズ・キャメロン監督、2022年、米。192分。

 サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーバー、スティーブン・ラング、ケイト・ウィンスレット。原題は、『Avatar : The Way of Water』。

 第80回ゴールデングローブ賞、最優秀作品賞(ドラマ部門)/最優秀監督賞、ノミネート。

 ちなみに製作費も第一級の約540億円。(『トップガン-マーヴェリック』は約230億円。)

 

予告でも公開されていたスーパーショット。↓人間もナヴィ族と手を繋ぎたいな。

役者さんは皆、パフォーマンス・キャプチャー撮影の為に、フリーダイビングを学んだそう。大変です。そしてケイト・ウィンスレットは何と、7分15秒息を止めることが出来るようになったらしい!(驚)

左側がケイトの演じたナヴィ族だけど、言われないと分からない。↓むしろ言われても分からない(笑)

森の民は豹のようで、海の民は魚のよう。↓ナヴィ族の耳の動きが好き。

前出のドキュメンタリー(2014、90分、米)。原題は『Deepsea Challenge 3D』↓

前作↓

 


『ある男』…しかし言葉は接着剤でもある。

2022-12-14 01:26:47 | 映画-あ行

 『ある男』、石川慶監督、121分、2022年。妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜々。原作は、平野啓一郎『ある男』(2018)。

 

 中々のオールキャスト作品。

 たっぷり2時間という長めの映画だけど、柄本明やでんでんなど、節々に登場する大御所がぐいっと引っ張ってくれて、飽きさせない。

 安藤サクラの息子役、坂元愛登(まなと)くんが、良かったな。ラスト近くのシーンで母親の安藤さんと話をするんだけど、この重要なシーンはとても記憶に残った。自分の中では、作品のメインとも言える大切な台詞だった。

 

 別人に成り代わって生きることを選んだ、ある男。

 その是非を問うているストーリーでないことは明らかだ。では何を軸に生きて行くのかと言うと、先述の残された妻と息子の会話が全てだと思える。

 二人は「ある男」のことが好きだったし、「ある男」も、二人のことが好きだった。こう書くとまるで童話の中の文みたいで、少し笑ってしまう。けれどそれ以上に何があるだろうか。私の中で、結論はとてもシンプルだ。

 ラストで一つ、また展開を向かえるのだが、それは私にはあまり心地のよいものではなかった。

 

 身体性や今ここの感覚に基づかない世界の中で、堂々巡りをしている。

 

 そういう側面が私達にあるなら、それはそれで別にいい。

 しかし私達がそもそも、言葉のない世界に、完全なものとして(精神的に)生まれてきたんだとしたらどうだろう?

 「おぎゃあ」と生まれたその瞬間、その世界に、制約するものとしての言葉は何も無かったはずだ。自他を分断するものは無かったはずだ。おそらく、全てに満ち足りて、最初のひと呼吸をしたに違いない。ああ、大満足である。

 

 こういう映画を見ると、時々はそんな瞬間に戻りたくなる。

 

 さあとりあえず布団に入って、ぬくぬくと寝よう。しかし布団って気持ちいいなあ。

 

 

柄本明が出てくると目が覚める。↓素晴らしい怪人っぷり。

清野菜々さん。↓もう一人の「ある男」と彼女の涙が、母子の会話と対を成す。↓

言葉での関係性を築くまで、彼は絵を描いていた。↓

 

 


『アムステルダム』…仮称でありつづける楽園

2022-11-13 21:23:48 | 映画-あ行

 実話を交えたサスペンスというけれど、夢の中にいるような気持ちになる。

 

 アムステルダム。バートとハロルドは第一次世界大戦で負傷兵となる。ヴァレリーも加わり、そのまま終戦後もオランダのアムステルダムで、三人は日々を過ごした。

 1918年の終戦から、1939年に第二次世界大戦が勃発するまでの21年間の物語。

 

 戦後の混沌とバブル、戦争の英雄と復員兵。仕事に就けない負傷兵たち。

 そしてとある政治的陰謀。

 

 史実の要素に、コミカルなフィクションを織り込んだ。いや、逆かな。フィクションに史実の要素を織り込んだ。何だか境目が分からない。

 

 けれど一つ分かるのは、「アムステルダム」という楽園は、いつもどこかに確固として存在しているということだ。

 楽園だからこそ、それは仮称でありつづける。いや、逆かな。仮称であるからこそ、楽園なのだ。史実にも現実にも縛り付けられない、どこかの場所で。

 

 

 『アムステルダム』、デビッド・O・ラッセル監督。2022年、米、134分。原題は、『Amsterdam』。

 クリスチャン・ベール、マーゴット・ロビー、ジョン・デビッド・ワシントン。等々、豪華キャストが登場。テイラー・スウィフトもちょい役で。ロバート・デ・ニーロが観られたのも最高。

 

1920年代、三人の友情。「生涯お互いを守り合うこと」と誓う三人。↓

時は経ち、上流階級のパーティーにて。↓ボヘミアン・ラプソディのラミ・マレックは資産家役。

七変化のクリスチャン・ベール↓


『RRR』…観れば血流ナイアガラのごとし

2022-11-07 13:56:52 | 映画-あ行

 『RRR』、S・S・ラージャマウリ監督、2022年、179分、インド。N・T・ラーマ・ラオ・Jr、ラーム・チャラン。

 第88回ニューヨーク映画批評家協会賞、監督賞。第80回ゴールデングローブ賞、作品賞(非英語作品)ノミネート。オリジナル歌曲賞(「Naatu Naatu」)受賞。

 

 インドの超巨大アクション・エンターテインメント。

 『トップガン-マーヴェリック』同様、このジャンルは結構好き嫌いがあると思うけど、個人的には、いや~改めて好きだぁ!

 

 それで、この映画の何が凄いって、とにかく人間パワーとエネルギーが凄い。心身ともに。

 IT大国インドとは言え、そんなもん関係ねぇ!とばかりに、血をたぎらせる訳ですよ。いや、VFX技術とかも凄いんですよ、そりゃ。大金掛けてますし。インド映画史上最高額の、製作費約97億円。聞いた話では、今夏の『キングダム2』は約20億円。それでも日本映画破格の最大規模(プロデューサーによると「普通の映画の約7本分」)と言われるんだから、桁違いです。

 ちなみに『トップガン-マーヴェリック』は、約218億円。ハリウッドでは、まあ多い方かな?位だそうで、日本映画にももっとお金を掛けられたらなぁ・・と普通に感想が出ます。

 

 お金の話はさておき、さて、画面からほとばしるこの沸騰した人間力。

 大体主人公が、ひげ面のおっさん二人ですからね。映画の中では「分かったな、ヤングマン」とか呼びかけられてますが、まあ高校生ではないんですよ。幾つの設定か知らんけど、存在の説得力が凄い。(ちなみに主演の二人は、現在40歳と38歳なので、撮影時は30代後半ってところでしょうか。)

 そして冒頭しょっぱなから、がんがん差し込まれる群衆シーン。

 もうむやみやたらと人数が多い。もみくちゃにされたり、うわーっと寿司詰めで取り囲んでいたり、と思ったら、突然整然と組み体操みたいな、わーきれいだなーなんて(笑)

 動物力ももちろん爆発。

 良く見ると動物の毛並みがちょっと荒い?画もありましたが、もうそんなん関係ないんですよ。動きですから。動き。

 

 動きと言えば、ダンスです。

 インド映画と言えばダンス。

 このインド映画お決まりのダンスシーンには、「いや、急に?」と違和感を感じられる人もおられると思いますが、この映画では割と「急に」感は感じませんでした。没入しすぎて自分が気づかなかっただけかも知れませんが。

 ダンスシーンは、家に帰ってからYouTubeで何回も見てしまいました(楽しい!)。念の為(?)貼っておきますね↓

 (これだけ先に見ると、「急に」感が強まる可能性があるので、既に本作を観た人用でお願いします。)

 

Naacho Naacho (Full Video) RRR - NTR, Ram Charan | M M Kreem | SS Rajamouli | Vishal Mishra & Rahul

 

 ちなみにこの動画、半年で約1.8億回再生されています。うち何回かは私です(笑)

 主演のお二人は、インタヴュー映像を見る限り、とても奥ゆかしい物腰、また謙虚で静かな微笑みを絶やさない好紳士ですが、このシーンを見れば恐怖さえ覚える強靱ぶり。CGじゃないですよ(笑) ちなみにダンスシーンは、ウクライナはキーウのマリア宮殿にて、戦争前に撮影されたそうです。

 ついでに、もう一つ。

 こちらも既に観た人用なので、これから観るという方は目を瞑り、サムネイルも見ないようお願い申し上げます(汗)

 

映画『RRR』最強の肩車

 この足腰と体幹です。人知を更新した動くマッチョとはこの事。秒で入る(笑)スロー再生もぐっと来る!!インタヴューによると、監督は「動物たちの伸縮性、特に伸びる方」のイメージを取り込めたら、と良く考えるそうです。

 

 

 で、結局はどんな映画なの?

 という訳で・・舞台は1920年代の英国領インド。

 独立運動が高まり、ガンジーが表舞台に現れたのもこの頃。当時の、実在の抗英闘争の英雄のうち二人を下敷きに、インドの『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』という2大叙事詩の登場人物のイメージを重ね合わせたそう。最後はもう武神でほぼ神話になっちゃってます(これは個人の感想)。

 二人のキャラクターは、森の穏やかな少数民族出身のビームと、都会人で知識人のラーマ。

 名前も実在人物と同じだけど、実際にはこの二人は出会ってはいないそうです。そこを、架空の出会いと友情で繋げたらどうなるだろう、という発想から出来たストーリーとのこと。

 

 

 3時間と、上映時間も熱々です。インド本国では休憩があるようだけど、日本では無し。

 しかし想像をはるかに超えた怒濤のアクションと展開が、これでもかこれでもかと休むことなく繰り広げられ、3時間はあっという間でした。

 シーンごとの映像もきれいでした。

 

 一切泣かせに来ない、感動巨編。いや~、これは。

 3時間あるのに、もうまた観たい(笑)次はIMAXで観たいなぁ。これは、今年の1,2を争う傑作かも。

 

 

これだけ見ると、どうなっちゃってんの?というカットだけど大丈夫です。(何が)↓

果てしなく期待が膨らむ冒頭シーン↓

ほのぼのシーンもあります↓

「RRR(アールアールアール)」とは、監督と主演二人の頭文字。仮称だった呼び名がそのままタイトルに。英語圏では「Rise(蜂起)Roar(咆哮)Revolt(反乱)」、本国テルグ語、タミール語等では「怒り、戦争、血」の意味のRの入った語が、サブタイトルに付いているそう。↓

気になった方、まだ映画館でやってますよ!(笑)大画面でぜひ。


『おもかげ』…「息子を思い出すから?」という台詞

2022-07-19 22:30:11 | 映画-あ行

 冒頭15分、ロドリゴ・ソロゴイェン監督の短編(2017年製作)が、そのまま流される。

 第19回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされたこの短編は、元夫とフランスを旅行中の6歳の息子から、母親が電話を受けるシーン。

 海辺に一人きりだと言う息子イヴァンを母親は保護しようとするが、電話は切れてしまう。そしてそれきり、息子は消息を絶ってしまう。

 電話の向こう側は見えないが、画面が切り替わると、今度はそこに広大な海辺が映し出される。

 見ていると、母親の目の奥に吸い込まれたような気がする。

 

 フランスの海辺で、大西洋なんだろう。荒い波と、薄茶色に広がる砂浜。雲のかかる空と海の色が、とても似ている。

 何もない景色の中に人々がくつろいでいる。

 海辺の観光客向けのレストランで、エレナは働いている。波打ち際を歩くのが日課。

 事件から10年後、エレナが一人で砂の上を歩く姿は、何かを探しているようで、探してもいないような感じがする。

 

 ある日息子のイヴァンに似ている16歳の少年、ジャンと出会い、エレナとジャンは不思議な親交を深めて行くのだ。

 恋愛でもなく、親子でもなく、友情でもない。いや、その全てであるのかな。16歳という年齢、子供でもなく大人でもない年頃の危うさと曖昧さが、エレナの、今ここにない、行き場を失った透明な感情と見事にシンクロする。

 

 説明的な描写がほぼないので、登場人物が自らの意思で動いているように見えてくる。

 エレナを支える恋人のヨセバがそうであるように、登場人物の意思に任せて、観ている者はただ見守るだけ。ただ、いかにエレナの言動が非理性的だったとしても、私は引き込まれた。エレナとジャンの二人が出会ってから、私はずっと少し微笑んでいたし、目の裏側には、ずっと涙が溜まっていた。

 

 子供を失った母親の、再生の物語。

 ソロゴイェン監督は、自分の作り出した、息が止まり全身が固くなるようなサスペンス短編の続きを、母親の心に託して描き出した。

 たとえ失踪事件が解決しても、解決しなくても、目指すところはここだったのだろうと思う。その一点を決して見失わないという、強い意志を感じた。

 

 最後の最後、ジャンがぽつりと言う。  

「息子を思い出すから?」

 不思議な事にそれまで誰も口にしなかったこの台詞を引き金に、二人は既存の世界にとどまることを選んだ。それを口にした瞬間、ジャンはもう「大人」だったし、エレナは、そのジャンを通し、「今」に存在する自分自身を思い出したように思う。

 

 フランスの田舎の豊かな自然、海、森、空もとても良かった。何も答えない海は時に荒涼として見えたけど。

 

『おもかげ』、ロドリゴ・ソロゴイェン監督。2019年、スペイン・フランス合作、129分。原題は、『Madre』(スペイン語で母親の意)。

マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュール。

第26回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門、主演女優賞。