tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』…はばたけ、戦う乙女

2023-03-25 18:36:01 | 映画-は行

 阪元裕吾監督・脚本、2023年、101分、日本。アクション監督、園村健介。

 伊澤彩織、高石あかり、水石亜飛夢(あとむ)、中井友望、丞威(岩永ジョーイ)、濱田龍臣。

 前作で高校を卒業した主人公二人による、「最強殺し屋稼業」と「ゆるゆる同居生活」。相変わらずな二人を引き続き描く、シリーズ2作目。

 

 「シリーズ」と言ってしまったけど、実際まだまだ続きそうな感じ。

 メイン・キャラクターも揃った(揃えた)感じがあるし、今作は、今後のシリーズ化に向けての橋渡し的作品か?

 

 監督は、フェイクドキュメンタリー『最強殺し屋伝説国岡』(2019年)の阪元裕吾さん。今作から登場の『少女は卒業しない』の中井友望さんは最初気づかなかった。今後メインキャラの一人として定着するのかな。

 前作『ベイビーわるきゅーれ』(2021年)の設定を引き継いでいるが、ストーリーは特に繋がっていないので、前作未見でも大丈夫。見ておいた方が、しょっぱなから共鳴、同調しやすいかもしれないけれど。

 

 

 さて主人公、「まひろ」と「ちさと」。この映画のヒットの核は、やっぱりこの二人なんだろう。

 この二人、実に良いコンビで、ストーリー上も、戦闘パフォーマンスから日常生活まで「阿吽の呼吸」の親友同士。小ネタで挟まれる二人の喧嘩は、殺し屋だけあってレベルが違う。

 一歩引いた観客目線で見ても、口下手でマイペースな努力家まひると、口が立ち向こう見ずな開拓者ちさとのやり取りは、コミカルで楽しく、二人でなくてはならない気持ちにさせてくれる。

 か弱そうな女の子が実は凄腕の殺し屋という、ありがちな設定ではあるが、スタントパフォーマー・伊澤彩織のリアルアクションはお腹にずしんと来るし、高石あかりのガン・アクション、七変化演技もパワーアップして心臓にずきゅん。(言い方が古い…)見所はやっぱり真剣シーンだ。

 

 実際はまひろ役の伊澤さんが6歳年上だそう。そうは感じさせず、うまくキャラクターの雰囲気にマッチして、個性となってるのも良いところ。

 

 

 今後作品のファンがもっともっと増えて、B級枠を一息に飛び越え、隅田川の橋を次々に爆破するサイコパス殺し屋集団(何ソレ)に立ち向かう二人。なんて大掛かりなアクション・シーンも是非見たい。

 よっしゃ、どかんと花火を上げてくれ!楽しみにしてる!

 

 

いかにもな二人の同居部屋↓ところどころに女子っぽくないトレーニンググッズも。

伊澤さんの肉弾戦はかっこよくてキレッキレ!↓前作よりさらにアクションが楽しい。

「殺し屋協会」に所属している二人↓武器は協会を通して買うのかな?どうでも良いか!

 

 

 


『ファーザー』…毎日目覚め、毎日眠る

2023-03-18 21:25:36 | 映画-は行

 ロンドン。認知症を患う81歳の父アンソニーと、父を助ける娘のアン。

 

 認知症患者の視点で構成されたストーリーは、そのまま心理サスペンスとなって観る者に迫ってくる。状況はもちろん、人の顔や名前もその場ごとに変化する。

 認知が先か、思考が先か。

 

 アンソニー・ホプキンスが、アカデミー賞主演男優賞を最年長の83歳で受賞した作品。娘役のオリビア・コールマンも、助演女優賞にノミネートされた。

 

 このある意味支離滅裂な世界に釘付けになってしまうのは、やはり俳優の演技の切実さに因るのだろう。

 私は整合性に欠けた世界に戸惑いながら、反応する登場人物の確かな感情を見ている。

 目の前の現実(と認知される世界)に、アンソニーは疑問を投げかける。わずかずつ、巧妙にずらされた世界に戸惑い、苛立ち、怒りながら、心の奥底に残るとある愛着も見えてくる。

 苛立ちは介護者のアンにも向けられ、またアンの妹ルーシーの不在が、繰り返し言及される。

 ラストシーンは目覚めであり、ほっとすると同時に酷でもある。我々は目覚めても、アンソニーは毎日目覚め、また眠るのだから。

 

 

 「父」である必要はないと思うが、自尊心を保ちながら、世界と繋がって行くにはどうしたら良いのだろうと、考えさせられた。

 認知のズレは「老い」だけの問題ではなく、もっと一般化出来る。人間は多くの場合、解釈を先にして世界を認知しているようだから。

 

 分からないけど、信頼出来る誰かさえ忘れてしまうのだとしたら、もうそこには「自分」もいないのかもしれないな。

 

 

 フロリアン・ゼレール監督、2020年、97分。英・仏合作。原題は、『The Father』。

 第93回アカデミー賞、主演男優賞(ホプキンス)、脚色賞(クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール)受賞。

 劇作家であるゼレール監督の戯曲『Le Pere(父)』(モリエール賞最優秀脚本賞受賞)の映画化であり、監督デビュー作。「家族三部作」の第一弾目。第二弾、『The Son 息子』は現在公開中。こちらも観たい。

 

 

アンソニーが大切にしていて何度も聴き入る曲。心の深くに刻まれているようだ。↓

「耳に残るは君の歌声」(原題“Je crois entendre encore“オペラ「真珠採り」より:ビゼー)

The Father - Les pêcheurs de perles

サリー・ポッター監督に同名映画があり(原題は『The Man Who Cried』)、この曲が使われている。哀愁漂う旋律に、アンソニーは何を聞いていたのだろう。

 

 

家のインテリアも少しずつ変化して行く↓変わらないのは、出ることのない玄関のドア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『フェイブルマンズ』…スピルバーグの自伝的作品

2023-03-16 00:35:57 | 映画-は行

 笑いあり、涙あり。

 郷愁と、喜び、不安、喪失、再生。成長、夢、希望。

 

 映画らしい要素が沢山詰まって、スピルバーグ監督らしい作品だったと思う。

 

 スピルバーグ監督らしい作品って、何だろう。

 

 スピルバーグ作品で、一番好きなものは何ですか?(全て見た訳じゃないけど)私はやっぱり子供の頃見た、『インディー・ジョーンズ』シリーズかな。

 テレビでも繰り返し放映され、何回見ても面白くて、釘付けになった。

 あと『太陽の帝国』も忘れられない。クリスチャン・ベールのかすれた声が耳に残っている。

 『ジョーズ』をテレビで、友人ときゃあきゃあ言いながら見たような記憶もある。ん?あれは『13日の金曜日』だったかな。

 

 何故か、子供の頃の記憶ばかり出てくるなぁ。この映画が、少年の頃の話だったからかな。

 それはともかく、スピルバーグ少年にとって、家族と映画、これがほぼ全てだったんだなと思った。

 

 

 サミーに対して、父親の助手であり親友のベニーが「映画を撮るのをやめるなよ。お母さんを悲しませるな。」と言う場面があった。

 その字幕を読んだ時、少し鼻白んでしまった。

 「お母さんを悲しませるな。」

 大人は度々そう言う事で、自分の感情を子供に負わせる事がある。それは愛情だったり、罪悪感だったり、色々だが、自分の感情を肩代わりさせようとするのだ。もちろん、「お父さんを悲しませるな。」でもいいし、「親御さんを悲しませるな。」でもいい。

 ベニーが、サミーの母であるミッツィを幸せに出来ない自分の感情を、サミーに預けたような気がして、「そんな理不尽な」と突然鼻白む私だった。鼻白む場面じゃなかったとは思うけど(汗)

 

 それでもサミーが映画を選んだのは、誰かの期待に応える為でも、誰かを悲しませない為でもなく、ただ自分がそうしたかったから。そう描かれていた気がするので、良かったと思った。

 

 映像を撮ることの、光と影も描かれていた。

 楽しい記憶、美しい記憶。それらと同時に、見てはいけなかったもの、隠されていたものも写し出される。また、撮影側の意図的な撮り方、編集により、誇張された「作られた真実」を創り上げることも可能なのだと語っていた。それは無意識に誰かを傷つけることにもなりかねない。

 そして、自分や他人の人生を、「撮影の対象」として観察すること。それはサミーの特技なのか、身につけたものなのか分からないけど。

 

 

 スピルバーグ監督らしい作品とは、私にとっては、配慮された映画という印象だ。

 心揺さぶられるけれど、どこか安心して観ていられる。驚かされるけれど、人への信頼も思い出させてくれる。

 その基盤となったのは、どこにでもいそうな、とあるユダヤ人の家族。スピルバーグ監督は1947年生まれと言うことなので、1950年代から1970年代頃のお話だ。

 

 ラストシーンが粋でしたね。

 

 

 スティーブン・スピルバーグ監督・脚本、2022年、151分、アメリカ。原題は、『The Fabelmans』(フェイブルマン家の人々、の意)。トニー・クシュナー共同脚本。

 ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュ。

 第80回ゴールデングローブ賞、最優秀作品賞、最優秀監督賞受賞。

 

 音楽は、ジョン・ウィリアムズ。御年91歳で、「引退の仕事を一緒に出来て良かった」みたいな事をスピルバーグ監督が言っていたけど、どうなんだろう。インタヴュー映像では、まだまだ現役で出来そうだったけど。

 

 

初めての映画鑑賞↓入館前にビビりまくる少年サミー。

ベニーおじさんは笑わせてくれる↓撮影し甲斐がありそうな家族!

ユニバーサル・スタジオ(らしき場所)を颯爽と歩いて行く。↓

 

 

 


『BLUE GIANT』…雑念よ、サヨウナラ。

2023-03-05 02:07:20 | 映画-は行

 立川譲監督、2023年、120分、日本。山田裕貴、間宮祥太朗、岡山天音。音楽、上原ひろみ。演奏、馬場智章(TS)、上原ひろみ(P)、石若駿(D)。

 原作は、石塚真一『BLUE GIANT』(小学館ビックコミック連載、第一部2013-2016)。

 

 立川監督は、『名探偵コナン/ゼロの執行人』(2018)、『名探偵コナン/黒鉄の魚影』(2023.4月公開予定)を手掛ける気鋭の監督。音楽は、ジャズピアノ界のトップを走る上原ひろみさん。

 基本的には2Dアニメだが、演奏シーンは、ミュージシャンの動きをモーションキャプチャーし、3DCGにした映像も採用。

 

“「映画」にこだわったのは原作者の石塚真一。実際のジャズのライブのように大音量で、熱く激しいプレイを体感してもらえる場所は映画館しかない、との考えに基づいたものだ。原作の各エピソードが魅力的なことから、当初は「TVシリーズのほうが向いているのではないか?」と考えていた立川監督も、その理由を聞いて納得したという。”

(公式サイト、プロダクション・ノートより)

 

 「ライブシーンの体感」を最重要に考えて製作されたという、この映画。よし、それならと、「サイオン(SAION)」なる、109シネマのプレミアムサウンドシアターで観て来ました。

 

 それでどうだったかと言うと。

 いや~感動した! 小泉元首相もびっくりくらいに(古)

 

 これはあくまで自分の場合なんだけど、ライブハウスで演奏を聴いている時、実はそんなに集中していないんじゃないかと思う。誰かのふとした動きが気になったり、壁の何かが目に入ったり、コーヒーの匂いを嗅いでみたり。はたまた途中で何かを飲んでみたり、食べてみたり、隣の人と話してみたり。自らの音楽的能力の未熟さが為せる技か、何だか分からないけど、どうも気が散ったり、雑念が多いのだ。

 けれど、この時は違った。

 

 映画館という環境、人物の背景を盛り上げるストーリー、演奏中のミッキー・ファンタジアばりの映像、そして映画館の音響・・。

 

 体はそんなに動かせないけど(少しは動かせる)、もう全脳細胞が食いつくように集中した。

 ぶっ込まれた、この気持ちよさ。

 

 これは体感するしかないので、あまり説明できることもないのだが、いやぁ凄かった。最初の一音、次の一音と、祈るように聴いた。四方八方からお膳立てされ、身を委ね、何なら新しいシナプスが完成したと思う(笑)

 

 バンド「JASS」のオリジナル曲を作曲したのは、上原ひろみさん。奏者のお三方は、人物に合わせて演じるように演奏したらしい。例えば、全くの初心者から成長する過程を表現しなければならなかったドラマーの石若さんは、普段とはスティックの持ち方を変えたりして、工夫したということだった。

 原作ファンの中には、原作に比べ大分シンプルにまとめられたストーリーに物足りなさを感じた人もいたようだ。けれど原作を知らない私は、ストーリーも十分に楽しかった。三人に感情移入して、それぞれのシーンで涙ぐんだんだから!

 

 

 原作はその後、第二部『BLUE GIANT SUPREME』(同誌2016-2020)、第三部『BLUE GIANT EXPLORER』(同誌2020-連載中)と、ヨーロッパ、アメリカに舞台を移して続いているそう。ということは・・、と勝手に期待。

 実写ではなく、MVでもなく、アニメ映画。ここまで熱く聴かせるとは、なかなか希有な作品じゃないかと思う。

 何だか情報が多くなったのは、一人でも観に行く人が増えたらいいなと思ったからだ。原作を知らない人でも、ジャズに興味がない人でも、きっと楽しめるから。

 

 

上原ひろみさん、公式YouTubeより↓熱い時間を思い出しながら聴けます。

FIRST NOTE

自己肯定感のやたらと高い宮本大↑それもまた気分を盛り上げる。

「ジャズは感情の音楽だ。」by宮本大↓なるほど!!

 

 

 


『バイオレント・ナイト』…奥ゆかしき、赦しのセンス

2023-02-08 23:20:08 | 映画-は行

 立春に世間も沸き立つこの2月に、クリスマス映画ってどういう事?

 半分いぶかしがり、半分わくわくして、観に行った。

 

 これが、面白かった!

 

 話の筋は、

 「腑抜け親父キャラのサンタクロースが、とある大富豪の家にプレゼントを配りに立ち寄ると、なんと家は極悪強盗団に占拠され、家族は人質となっていた!」

 そして始まる、バイオレンス・アクション。

 そこに至るまでの描写も、既に相当面白い。

 

 R15指定なので子供は見ちゃいけないんですが、よく分かりました。「大人の悪趣味」を理解しないお子様は見たらいけないんですね。(たぶん)

 

 いやー、でもねぇー、何と言うか。

 素晴らしい。これは中々出来る芸当ではないのでは。この絶妙なバランスというか、ギトギトの愚痴りに、思わず眉をひそめる「あ、イタタタ」シーンも、その疾走感と笑いで目を離せない。しかもこれが、いい話なんですよ…。(泣)

 こんなバカバカしい暴力、わざわざ映画にしなくってもよいんじゃないの?と思う人もいるかもしれないけど、多分仕方ないのだ。

 だってそうしなかったら、ただのめっちゃいい話になってしまうから。

 だって大人だから…。クリスマスもサンタクロースもこそばゆいから。

 

 

 サンタクロースの不思議、①袋、②煙突、③その誕生と死なないこと(長生き)。これらへの言及の仕方にもグッと来た。

 説教臭くないけどアホくさくもない。グロいけど、愛しさに溢れている。色んなものをブレンドして、「サンタなんて信じてねーよっ」と高らかに宣言する小学生を前に、「ホッホッホッホ」(うちら信じてるんすよ、の意)と笑ってもいいんだ、と思わせる赦しのセンスに脱帽である。

 

 まじグッと来た。グッと来たので、毎年クリスマス・イヴには是非この映画を見て、ゲラゲラ笑い、そして心を垢を洗われたい。

 2月公開っていうのも、こうなって来ると、奥ゆかしさという美徳のように感じられてくるのだ。(本国アメリカでは12月公開だそう)

 

 

 そうそう、主演のデビッド・ハーバーが本当にはまり役で良かったけど、もう二十年前だったら、ブルース・ウィリスがやっていたかもしれないなあ。

 あと『ホームアローン』ね。大分痛さ増しだけども(汗)

 もう一つ。「クリスマス映画」じゃなくて、「サンタクロース映画」だったね。

 

 

 『バイオレント・ナイト』、トミー・ウィルコラ監督、2022年、112分、米。原題は、『Violent Night』。デビッド・ハーバー、ジョン・レグイザモ。

※なんと続編製作が決定したそう。これは楽しみ!

 

サンタの存在を信じていたのは、前列右の二人だけ。↓(うち一人は本人)

「子供なんてみなジャンキー」と嘯きながら、Amazonに負けじとプレゼントを配るリアルサンタ↓(闘いの後)

ちなみに、英エンパイア紙が選んだ「クリスマス映画の中の最高のサンタを演じた俳優10人」の第四位に、デビッド・ハーバーが今作で選ばれています。なんと!

10人はこちら↓(映画.com)

https://eiga.com/news/20221224/13/

 

 


『博士と狂人』…「私達の頭の中は空より広い」byマイナー

2023-01-09 01:15:03 | 映画-は行

 『博士と狂人』、P・B・シェムラン監督、2019年、124分。英・アイルランド・仏・アイスランド合作。原題は、『The Professor and the Madman』。

 メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマー、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガン。

 

 原作はベストセラー・ノンフィクション、サイモン・ウィンチェスター『博士と狂人_世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(1998)。

 

 

 実話もの。かのオックスフォード英語辞典(OED)の編纂に生涯を賭けた男と、初期のボランティアとして多大な貢献をした男の物語。

 

 タイトルからも分かる通り、辞典編纂という大事業は横糸で、縦糸で二人の男の肖像を描く。

 それぞれの人と為り、心情、境遇など、二大俳優の共演でなかなか見応えのある2時間だった。

 

「単語の定義はまず、最初に書かれた引用文で始めます。言葉の意味は年月と共に微妙に変わっていく。あるニュアンスを失ったりつけ加えたり、足跡を残しながら少しずつ変化するのです。英語という言語の壮大な多様性の中で、その全てを追い求め、見つけ出し、あらゆる言葉を網羅する。すべての世紀の本を読むことで、この偉業を成し遂げる。」

 

 膨大な作業の中で、「引用の募集」を始めたマレーは、出版される本という本に手紙を挟む。

「イギリス帝国全土とアメリカで__英語を話す人々へ。辞書作りのために本を読み、引用を送ってください。」

 

 刑事犯用精神病院に拘禁される中、マイナーはその手紙を見つける。

 

 私には、このシーンだけで十分だ。

 強迫的な妄想の中で自身を苦しめていたマイナーは、この手紙の文を足がかりに、現実世界へと戻ってくる。言葉の大海の無限の広がりと、生き生きとしたうねりをこの瞬間感じ取ったのはマイナーだけではなく、私もだ。

 色鮮やかに、生きた言葉が深呼吸をして、身振り豊かに一堂に会する。

 芽が育ち木となり、葉が空いっぱいに舞い上がるイメージが一気に頭に広がった。

 あらゆる人から発せられたあらゆる言葉の一片が、瞬間の感情とニュアンスを連れ、または手放して、永遠のシナプスとなり世界を構成する。

 クリスマスの食卓のシーンと同じように、何かとっても暖かかった。

 

 

 ところで、「オックスフォード英語辞典」をネット検索していたら、こんな本を見つけた。

 10歳で単語の収集に魅せられた「単語コレクター」の著者は、とうとうOEDを読むことにし、そして成し遂げたらしい。

 とりあえず、出版元による「内容紹介(一部抜粋)」(https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/oed_yonda/)を読んでみたところ、彼は1000冊の辞典を所有していて、10年前、初めてウェブスター新国際英語辞典第二版を完読した際には、

“結果、僕の頭は単語でいっぱいになってしまい、簡単な文さえ口に出すのが難しくなり、さらに、口から出る言葉は、聞き慣れない単語の変てこりんな組み合わせになってしまった。僕は、「ああ、なんて素晴らしいことなんだ!」と思い、早速その続き、『ウェブスターの第三版』(正式名称は、『ウェブスター新国際英語辞典第三版』Webster’s Third New International Dictionary of the English Language Unabridged)を買いに出かけた。”

 というから驚きである。

 

 作る人がいれば、読む人もいる。辞典の使い方も人それぞれなのだった。

 

 

メル・ギブソンとショーン・ペン↓メル・ギブソンの抑えた演技がショーンを引き立てた。

作中の編纂室。↓1857年に始め、完成したのは70年後の1928年。マレーは1915年に完成を待たず亡くなったそう。

この二人にもありがとうと言いたい。↓「言葉の翼があれば世界の果てまで行ける」byマイナー

イギリス帝国が世界で覇権を握っていた時代。時代背景も結構重要な要素です。

 

 

 


『バッド・ウェイヴ』…彼の犬は幸せの源

2022-11-22 00:08:25 | 映画-は行

 花粉が凄くて、しまい込んでいた空気清浄機を引っ張り出した。

 そんな良く晴れた11月のとある日に、dTVで観た映画。

 

 『バッド・ウェイヴ』、マーク・カレン監督。2017年、94分、米。

 ブルース・ウィリス、ジョン・グッドマン、ジェイソン・モモア。原題は、『Once Upon a Time In Venice』。

 

 「世界一ついてないあの男、完全復活!」とコピーが付いた邦題は、「バッド・ウェイヴ」。

 『ダイ・ハード』シリーズを彷彿とさせ、全盛期の飛ばしまくるブルース・ウィリスをイメージさせようとしたんだろう。

 

 

 でも残念ながら、これはそんな映画じゃない。

 カルフォルニアのヴェニスという、ビーチの有名な小さな町。とある何でもない日に、ちょっとしたドタバタが起きました。もう「ほんわかコメディ」と言った方がいいんじゃないかな。

 ブルース演じるスティーブを筆頭に、個性的なキャラクターが笑わせてくれるけれど、極端に良い人もいなければ、極端に悪い人もいない。

 大体スティーブ。

 運が悪いなんて、当人は多分そんな事は思ってもなさそうだ。良くもないけど、悪くもない。目の前で起こる「珍事」(と思ってそう)を咄嗟に「解決」しようとしているだけ。

 そこはいつも通り、後先考えない方法で。

 

 結局スティーブは、盗まれたバディ(犬の名前で、相棒という意味)を取り戻し、どさくさで自分の生まれ育った両親の家(不動産屋のものになっていた)も取り戻す。

 そう。観客がふと気がついた時には、町で唯一の探偵である主人公が、自分の盗まれた飼い犬を、必死に取り戻そうとしているだけの話になってるのだった(笑)

 

 「俺の犬はどこだ。」

 いい台詞だなぁ。

 気がつくとこればっかり言ってる、ブルース・ウィリス。

 

 

 「とある何でもない日に、ちょっとしたドタバタが起きました。舞台はカルフォルニアのベニス・ビーチ。主人公の生まれ育ちもベニス・ビーチ。今は観光地として生まれ変わりつつあるけれど、ちょっと前はスラム化していて、安い家賃を目当てにおかしな芸術家が集まっていたという、ベニス・ビーチ。主演は、ブルース・ウィリスです。元警察官で、今は探偵です。」

 Once upon a time in Venice.

 

 いや、絶対観るでしょ。そんな事ない???

 

 いい話だなぁ。

 

 

 今年2022年の3月30日、失語症を理由にブルース・ウィリスが俳優を引退すると、奥さんと元奥さんから発表があった、という記事を読んだ。

 記事の中では、奥さんと元奥さんと、その子供達と、皆で並んで、仲良く写真に写っていた。

 

 ありがとう、ブルース・ウィリス。

 沢山ワクワクさせてもらった。あと、幸せな気分をありがとう。どうぞいつまでもお幸せに。

 

 

不祥事で警察官を退官し、町で唯一の探偵になったスティーブ。↓しょっぱなで警察の御用になりそうに。裸族はいかん(笑)

親友のデイヴと。↓子供の頃から同じように、サーフボードを持って並んで歩いていたんだろうなぁ。

親友役のジョン・グッドマン。この表情はハリウッドの至宝。↓

不動産屋と、バディ(犬)と、青い空。↓

   

日本とアメリカのポスターそれぞれ。↑ 米版の下部には、「男の犬に絶対手を出すな」と。いや、だから笑っちゃうから。笑っちゃって、ちょっと泣けた。

 

 

 

 


『はじまりへの旅』…少しコミカルで、切ない父の話

2022-10-17 02:26:01 | 映画-は行

 『はじまりへの旅』、マット・ロス監督、2016年。119分、アメリカ。原題は、『Captain Fantastic』。

 

 

 キャプテン・ファンタスティック。

 強権的に見える父親だけれど、実は言動のほとんどは、妻と子供達への愛が動機となっているのが分かる。

 

 森の中で暮らし始めたのも、そもそもは妻の治療の為だった。妻は産後に統合失調症を患い、彼らが拒否しているかのように見える、「消費社会」の病院に入院中だ。

 ある日、妻が病院で自殺をしてしまう。妻(母)を遺言に則って弔うために、一家は、アメリカ北西部、ワシントン州の森の中から、2400キロ離れたニューメキシコ州まで、水色のバス「スティーブ」に乗って旅に出る。

 この映画は、その旅と顛末を描いたロード・ムービーになっている。

 

 

 6人の子供達(上はおそらく18歳から下は5歳くらい?)の描写が素晴らしく、見ていて楽しかった。

 いわゆるホームスクーリングで父親によって鍛えられた彼らは、あらゆる知識を本を読むことで吸収し、またその知識を「自分の言葉で」解釈し、説明できるように訓練されている。十代で量子力学の本を読み込み、また全員が6ヶ国語を操る。(驚!)

 音楽教育も重視されているらしく、父親のギターに続き、子供達が次々にセッションに加わるシーンがある。この家族は音楽と親和性があるようで、音楽のシーンはとても温かい。

 そして子供達は日々の鍛錬によって、アスリート並みの体力も備えている。自給自足のため、狩りもする。勿論(?)格闘技も学んでいる。

 

 そんな、こちらの顎が外れるくらい人間としての強度を持った彼らだけれど、何と言うか、とても仲が良いのだ。

 互助精神が行き届いていて、小さな子をいつも誰かが見ているし、誰かが一人になることもない。

 

 

 映画は、四つの色合いに分かれていた。

 冒頭の狩りのシーンから始まる一つ目は、子供達を守り育て、強く厳しく、慕われている父親のベン。

 二つ目で、ベンの教えが相対化され始める。子供達にとって、初めての「下界」。子供達の前に魅力的な「何か」が現れると同時に、ベンの弱さが垣間見られる。

 三つ目は、ベンの世界が、さらに無力で陳腐なものへと突き落とされる。祖父母という、古き良き伝統社会の台頭。

 四つ目は、再びシャッフル。そして家族の団結。

 ただしそこから、イデオロギー的なものはすっかり抜け落ちている。生き生きとした子供達を見ながら、ベンは静かにシリアルを食べている。

 

 

 そう言えば、この作品の隠れたキー・パーソンは、アメリカの言語哲学者でアナーキストを自認する、ノーム・チョムスキーらしい。

 クリスマスを祝う代わりに、チョムスキー氏の誕生日を家族で祝うシーンは面白かった。プレゼントにも笑った。

 「アナーキスト」については、台湾のオードリー・タン氏が、易しい言葉で説明している。

__無政府主義とアナーキズムは、同じではありません。私が考える「アナーキスト」とは、決して政府の存在そのものに反対しているのではないのです。政府が脅迫や暴力といった方法を用いて人々を命令に従わせようとする仕組みに反対する。つまり、「権力に縛られない」という立場です。  (『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』より抜粋)

(タン氏もチョムスキーに大いに影響を受けたと言う。そして監督のマット・ロスもチョムスキーを敬愛しているらしい。ベンも大好き。大人気です(笑))

 

 

 この映画は、決して何かを批判したり、優劣をつけたり総括する映画ではなくて、ただただ、家族と自分の自由と幸せを願う、頑固で愛に溢れた一人の父親の話だと思った。複雑な感情を静かな演技で(そして派手な衣装で)見せてくれた、主演のヴィゴ・モーテンセンに乾杯を!ありがとうございました。

 ところでロス監督。全米たった4館の公開で始まったインディーズ映画が口コミにより、あっと言う間に世界へ広がり、アカデミー賞にノミネートされるまでに至ったのには、どんな気持ちだっただろう?

 そんな事あるんですね。

 

 

 第69回カンヌ映画祭、ある視点部門、及びある視点部門監督賞受賞。

 第89回アカデミー賞主演男優賞、第74回ゴールデングローブ賞最優秀主演男優賞(ドラマ部門)、ノミネート(ヴィゴ・モーテンセン)。

 

 

6人の子供達と、父親のベン↓強面にヒッピーチックな衣装。

猛烈な訓練により、体力筋力はアスリート並みの一家↓医者のお墨付き。

子供達の娯楽は読書。↓がんがん読みます。

お母さんの好きな曲は、ガンズ・アンド・ローゼズの「Sweet Child o'Mine」(1987) (『ソー:ラブ&サンダー』でも使われてた曲)↓


『ブレット・トレイン』…ハリウッドの質感、アクション映画

2022-09-20 14:27:55 | 映画-は行

 失敗したなと思うのは、原作作家の伊坂幸太郎さんが念頭に浮かびすぎたこと。また「日本が舞台」という言葉に惑わされてしまったこと。

 良かったなと思うのは、原作を読んでいなかったこと。

 

 昔、伊坂さんの小説が面白すぎて、はまっていた時期があった。コアなファンということではなかったけど。

 ばらばらだった謎や、偶然と思える出来事や魅力的なエピソードが、終盤が近づくにつれて、まるで魔法のように見事に集約されて行く様に夢中になった。丁寧に並べられた沢山の切手が、いつのまにか、最後にきれいな一枚の絵葉書になっているような感じ。

 この言い方が正しいのかどうか分からないけど、とにかくその読後感が好きだった。

 今回そして、変な期待をしてしまったような気がする。

 もちろん、この群像劇は終点の京都駅に近づくにつれ、庭木の不要な枝を一本一本落としていくように、きれいな形が出来上がっていく。

 そこにあの感覚が全く無いわけではない。ただ、目の前の約2時間の総合芸術作品ではなくて、過去に読んだ何かを、記憶の底から引っぱり出そうとしながら観てしまった感じがする。

 

 もう一つ失敗したこと。それは作品の舞台設定について。

 変なニッポンが出てきても、気にしないようにしよう。と思っていたけど、ちょっとそういう事では無かったなと、見終わってから思った。

 帰ってから調べてみると、実際の撮影は日本では行われていないらしい。そうだよね。聞いた話によれば、幾つか東京で背景用の画像もしくは映像の撮影をし、後はロサンゼルスのスタジオでそれらを元に作り込んだとのこと。新幹線の中はもちろんセット。だから厳密に言うと、「日本が舞台」という言い方は少し間違いだったというわけだ。

 少なくとも私のイメージした「日本が舞台」とは、違うスタイルだったと気がついたのである。

 「日本にインスパイアされた、どこか」。

 ブラッド・ピットがハチ公前で誰かを待っていたりするのかな。なんてハリウッドと日本の日常的光景の融合を素朴に想像していた私は、完全に間違えていた。ブラッド・ピットは新橋で焼き鳥を食べたりはしないし、清水寺の舞台から下を見下ろして微笑んだりはしない。東京駅の改札をくぐったりはしない。

 そういう事じゃない。そういうストーリーじゃないし映画じゃない。ということに気がついたのは、観終った後だった。

 

 もし、まだ観ていない、これから観に行くという方がいるのなら、余計な事を考えずに観ることをお勧めしたい。

 雑念は無用。

 色々な謎やアイテムや人物があなたの前に現れるので、キラキラとした目でそれを受け取ってほしい。流れる音楽をそばだてた耳で聴いてほしい。物質的で、明快に存在し、自信とユーモアに満ちた個性的な登場人物に笑ってほしい。

 そしてそれは、ハリウッドの質感なのである。

 

 監督のデヴィッド・リーチ氏は、元々スタントマンをしていたそうだ。スタントマンとして、『ファイト・クラブ』や『Mr.&Mrs スミス』等、ブラッド・ピットとも五つの作品で仕事したという。

 狭い車両内でのアクションも、流れるようにスムーズ。なるほど、これはアクション映画だった。

 

 

 そういえば伊坂作品の中の、「世界と少し距離感のある妙な人物」は健在なんだろうか。それぞれが生息する世界は鮮やかだ。そして、ぼんやりとした透明感のある重なりを見せて重なり合っている。穏やかできれいな凪の中で、ふと隣の誰かの鮮やかさを感じた時、ストーリーが展開する。

 原作を読んでいないので、これから読んでみようと思う。また出会えるのは幸運だな。

 

 『ブレット・トレイン』、デヴィッド・リーチ監督、2022年、126分。原題は、『Bullt Train』。原作は、伊坂幸太郎『マリアビートル』(2010)。

 

 

真田広之さんの迫力とキレのあるアクションも健在↓必見!(笑)

↓車内がめちゃくちゃになってる!けどギリギリセーフ!が見所。

 

 

 


『博士と彼女のセオリー』…映像美と軽快さ

2022-08-23 22:49:26 | 映画-は行

 『博士と彼女のセオリー』、ジェームズ・マーシュ監督、2014年、イギリス、124分。原題は、『The Theory of Everything』。

 

 天才理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士と、最初の妻ジェーンのストーリー。
 原作はジェーンによる手記、『Travelling to Infinity: My Life with Stephen』とのこと。

 

 言わずと知れた、「車椅子の物理学者」、ホーキング博士。

 21歳の時にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、余命2年と言われながら、76歳で亡くなるまで研究を続けた(1942-2018)。

 映画では二人の出会いから、発症、結婚、ホーキング博士の成功、そして家庭生活、ジェーンによる介護と子育てが描かれる。

 

 

 「時間の始まりを、シンプルでエレガントな一つの方程式で表したい」。

 

 宇宙が、ブラックホールが、どんな形状でどんな性質を持っていて、どんな仕組みで動いているのか。宇宙において、時間とは何なのか。

 

 方程式の解き方もほぼ忘れてしまった自分だけど、やっぱり宇宙にはワクワクする。

 世界の解釈は人それぞれで、隣の人が自分と同じ世界を共有しているかと言うと、それは怪しい。唯一共有しているのは、まだ見ぬもの、知られざるものへの探求心と解釈への想像力なのかもしれないなと思った。

 

 1991年、ジェーンと博士は離婚する。

 その後お互い再婚もしたけれど(博士は再び離婚)、博士が亡くなるまで、良い関係を続けていたという。それが信じられるのが、この作品の良いところ。

 

 「無限大の全てなるもの」。この映画のように、全てのラブロマンスがそこに集約されたら幸せですね。

 

 

 ちなみにこの映画は脚本の完成に10年掛かったそう。しかし公開は博士の存命中。博士のコメントも聞きたかった!

 

 第87回アカデミー賞主演男優賞、第72回ゴールデングローブ賞最優秀主演男優賞(ドラマ部門)、最優秀作曲賞受賞。

 (アカデミー賞では、作品賞・主演女優賞・作曲賞にもノミネート。ゴールデングローブ賞では、最優秀作品賞・最優秀主演女優賞にノミネート。)

 

主演のエディ・レッドメイン。↓ 筋肉の動かし方を研究し、また相当な練習を積んだとのこと。時期によって変わる筋肉の動きを見せる秀逸の演技。