作品作りにせいをだしてたら
しかし今日この時間までで
母から悲壮な声で電話
「どーしたの?」
「あんたの仕事場を、知らない男の人たちが破壊してはるねん。どないしよ」
あらあら。警察でも呼ばれそうな気配。
一応見てもらってるのですけど
母は何度説明しても忘れてしまいますから
朝から同じ事を5回くらいは繰り返してます。
その度納得して電話切るのです。
私の工房だった所の組み立てた棚等を
私は全部外せなかったので
不用品処分と、棚の解体もしてもらってスッキリしてもらうのですけど
母は昔から
私が不用品をまとめると明くる日その中からいろんなものをもったいないもったいないとだしてしまい
いつまで経っても処分できない事態になったりしてました。
今回も母がいる日なのでちょっと心配してたら案の定
「使えるものをゴミにしてはるねん」
と、何回も何回も電話して来ます。
「それはもう使わないものなんよ」
と、いちいち説明しても
「あんた、バチ当たるよ。もったいない。残しときなさい」
いやいや、残せないよ。
そもそも残して誰が使うの?(笑)
その結果が母の一人暮らしとは到底思えない実家の有様です。
その不用品処分頼まれてますけど
私のは大したこと無くても
母の不用品処分は恐ろしい予算がかかるわけです。
普段から不要な物を少しずつ処分して生活していたらこんなにお金かからないのよと言った所で無駄でして。
私が小学校の時に使ってた水筒がまだ保管してあるんです。
他にも本当に昭和の遺物。
50年以上前の。(笑)
まだ使える。壊れてない。の一言。
捨てようよ
と、まとめてもまた袋から出して元の棚にしまう。
これは母が50代の頃からのせめぎ合いでしたが
喧嘩になるからもう言わないでいたら
なんとその処分費のお鉢がこちらに回ってくるという不条理。
私はどんなに集めてた漫画本とかでも
一定の期間過ぎたら
欲しい人がおられたら差し上げましたが
それ以外は古本屋さんに売ったりして一気に処分しました。
もう自分の中で消化したら要らないので。
思い出は物で残さず心の中に。
朝から大騒ぎして
私は作業の手を何度も止めなくてはならなくて。
何度言っても繰り返し。
ちょっとくたびれたお昼です。
仕方ないのですけど。
何もかもなくなってさっぱりしたら
また何か持ち出して来てそこに置こうとしないかそれが心配。
母は物で安心するタイプの人なので
いろんな物に囲まれてるときっと安心するのでしょう。
けれども不要な物はまた不要なものを引き付けてしまいます。
心もなかなか前向きにはなれないでしょう。
対して私はとても殺風景。
物が多いと整理整頓しにくいしどこにあるのかわからなくなるので嫌なんです。
ここにこれだけ。としておいたら
探さなくていいですから。
めんどくさがりなのかもしれませんね。
しかし今日この時間までで
こんなにスッキリしてくださいました。
よかった。
お願いしてないところまでサービスして色々処分してくださり
感謝しかありません。
ご紹介くださった警察関係の方は本当に親切な方で
ありがたい限りです。
床のコンパネも剥がしてもらった。
私の作った棚等も全て撤去。
ガランとしましたが
今の工房とは違い暗くて見えにくかったのですが
狭くても父が私のために作業できるようしてくれた場所でした。
ありがとうございます
と、言いました。
ここで頑張りました。
暑い夏にここで狭いのに
K先生とTさんが作業棚等を組んでくださいました。
忘れはしない。
サンダーバードの秘密基地みたいに
引っ張り出したり降ろしたりしたりしてました。
そのおかげで今があります
いろんな事が蘇りますが
私は言われた大切なことだけは忘れません。
要らない事はすぐに忘れますけど。
この場所は夏場涼しく
その代わり冬はストーブ付けても冷えました。
大屋根までは何メートルあるか。
大きな梁の通る大屋根の天窓から
光がスーッと差し込んで来てました。
100年以上の織屋町家です。
このあと
母の住む母屋の不用品を全て処分しますが
なかなか大変そうです。
しばらく大変。
頑張ります。