☆安楽寺(あんらくじ)と履脱天神(くつぬぎてんじん)
昔、菅原道真が福岡県の大宰府へ流される途次、遭難して越智郡桜井の海岸に漂着し、陸路を西下してこの地に履を脱いで休まれたそうです。
また、蔵人頭三位中将紀久朝が勅使として下向し、道真に九州へ向かうよう伝えたということです。
それから、ここに神社を建てられ履脱天満宮
といい、
川に架かる橋を勅使橋
と呼ぶようになったそうです。
同じ敷地にある安楽寺
の十一観音(一木造り立像/写真なし)は、道真の守本尊であり、平安朝の作として認められ愛媛県指定文化財となっているそうです。
ひょっとして菅原道真は大宰府に行くのがいやで、この地に長く滞在し見かねた勅使が早く行くようにわざわざ言いにきたのかなと思ってしまいました。
裏を返せば、この地はとても居心地のいいところだったということでしょうか...
昔、菅原道真が福岡県の大宰府へ流される途次、遭難して越智郡桜井の海岸に漂着し、陸路を西下してこの地に履を脱いで休まれたそうです。
また、蔵人頭三位中将紀久朝が勅使として下向し、道真に九州へ向かうよう伝えたということです。
それから、ここに神社を建てられ履脱天満宮
といい、
川に架かる橋を勅使橋
と呼ぶようになったそうです。
同じ敷地にある安楽寺
の十一観音(一木造り立像/写真なし)は、道真の守本尊であり、平安朝の作として認められ愛媛県指定文化財となっているそうです。
ひょっとして菅原道真は大宰府に行くのがいやで、この地に長く滞在し見かねた勅使が早く行くようにわざわざ言いにきたのかなと思ってしまいました。
裏を返せば、この地はとても居心地のいいところだったということでしょうか...